追憶の神竜族:1
紋章の謎 長編
*オリジナル要素があります。苦手な方は閲覧注意。 まずはこちらからどうぞ



 この大きな扉の前は来た事がある。
 扉には鍵穴が三つ。その鍵穴から察するにとても大きな鍵なのだろう。

「……」
 ファザードを見上げると聖人たちなのだろうか、詳しくはよく分からないがたくさんの人の像があって、それらを門の様な彫刻が守っている。
 見上げると、あれは零れて来るのではないかと心配になりそうな程大きい物――――、白色の石だけで描かれたレリーフが見下ろしてくる。
「ラーマン神殿…」


 チキはゆっくりと目を閉じて優しかった思い出を呼び起こす。

 それから目を開けると、小さな小さな手の自分が映った。




 追憶の神竜族:1未来と過去




 ――――遥か上から吊られている重いカーテンはかくれんぼには最適でよく包まった。
 そうだ、カーテンには太い組紐や金や銀…とにかくたくさんの綺麗な糸で刺繍がされていて、包まると頬をくすぐって思わず笑ってしまい、見つかったものだ。
 大きな窓から降り注ぐ光。キラキラと輝くプリズム。七色の光は梁の彫刻をゆらゆらと揺らす。
 その窓から見える庭は円柱の柱が規則正しく並んでいて、その上に乗る像は誇らしげに天を仰いでいる。
 柱を囲うように綺麗な緑色の絨毯と池、噴水の水。

 幼いチキにとって、記憶の向こうのアカネイア・パレスは全てが輝いて見えた――――。




「チキ、お前はいつかこの大陸を出て、色々な人を見て来い」
「えー、いつまでもいちゃダメなのー?」
 不満げな声を出しながら、チキはその心地の良い低い声の主に体重をかけた。
 突然の動作に椅子がゆら、ゆら、と大きく揺れる。
 チキは窓際のこの大きな椅子が好きだった。だが、一人で座ると大きすぎて窓の外が見えない。だから、この声の主――――ジョルジュが座っている時に膝に乗せてもらうのだ。
 見上げると、夕刻のオレンジ色の光に照らされるジョルジュの顔。その光とこの時間特有の闇、影に元々良い顔立ちがさらに引き立つ。
 瞳はアカネイア人の蒼色。そして彼の強さと厳しさを湛えた色。それの厳しさを残しながらも優しい目線が注がれていた。

「……ふ」
 その反応は分かりきっていたのだろう、ふ、と苦笑したような息を吐く。
「いや、好きなだけいればいいさ。…ただ」
「うーん?」
「まだ分からないか、まあいい。急ぐ事もなかろう」
 笑ったような息の流れ、それを頭に感じながらチキは連られて笑う。
「でもね!どっか行く時は一緒だよ!ジョルジュのお兄ちゃんも!エスナお姉ちゃんも!!チキ、たっくさんの人をね!見たいの!」
「ああ、……そうだな」

「あれ、二人して何の相談?」
 扉の音がして薄荷色の髪の司祭が現れる。脚まで届く長い髪とその先の金色の環を揺らしながら笑う。
 その司祭、エスナはこのパレスに来てだいぶ落ち着いた。明るい所は元々の性格だから変わっていないが、雰囲気が柔らかくなった。
「ひみつー」
「あは、意地悪ねーチキ。あとでくすぐっちゃうから」
「やーん!えへへ」
 チキは弾みをつけてジョルジュの膝から降りると、エスナが持ってきた盆の上を背伸びをして確かめる。
 この時間はきっとカダインから取り寄せた紅茶の筈だ。ウェンデル司祭お勧めのそれは、チキは最初の頃は苦いと思っていたが、マリクに蜂蜜とリンゴを入れる事を教えてもらってからは大好物になった。
 そして運が良ければミディアのお菓子がある。
 チキ専用、とノルダで買ってもらった可愛いカップに淹れて貰い、椅子に就く。

 「熱いから気を付けて」と言われたカップ。ふぅふぅとその中身を吹きながら、二人を見上げた。
 自然な動作でジョルジュはエスナの肩や髪に触れ、彼女もそれをくすぐったそうに受け入れながら紅茶を二人分置く。それから今日あった出来事を交換するのだ。
 昼間、二人が共に過ごす時間は少ない。ジョルジュは自由騎士団や家の仕事があり、エスナはマリクの魔道学院を手伝っているからだ。

 この夕刻からの時間は、ほぼ毎日の出来事なのだが、チキは「その日の二人」の話を聞くのが大好きだった。
 そして、「まるで玩具箱を開けている子」のような顔をしながら話に聞き入るチキを見るのも二人は嬉しかった。

 話の途中で眠ってしまい、気が付くと彼らのベッドの上で目を覚ますこともしばしば。
 それから夕食に呼ばれて、今度はマリクやリンダに魔法を教えてもらうついでに構ってもらうのだ――――。



*



 白いこの神殿は、昔々、とても寒くて怖かった場所。

 森に囲まれたそこはどんなに声を上げても誰にも聞こえない。
 おじいちゃまとさっきまで町を見ていたのに、何処なの!?と、大声を上げたのに、…誰も来てくれなかった。黒い司祭が目の前にいただけだった。
「……」
 だからか「神殿」と名の付く所は幼い頃は苦手だった。見下ろしている竜やら天使やらの像も怖い表情はしていないのに。

「……変わったわね、あんなに怖かったのになんともない」
 ざり、と音がして足元を見ると、モザイクの床に砂が入り込んでいる。
 三つの鍵が必要だった扉は錆付き崩れかけ、あっさりと開いた。守りの魔力の残骸を感じてはいたが、「その程度」のものだった。
 見上げると天井から窓以外の光が差している。
 目を細めたり開いたりして遥か遠くに焦点を合わせると、蔦や草木が入り込んでいるようだ。人が恐れ、ありがたがった彫刻にも像にも、そんな事は関係なく絡んでいる。

「ああ…」
 チキは光とその葉の緑は自分の髪の色のようだと思った。
 そうだ、今、優しく見下ろしている光と淡くも深い碧の色は。
「ふふ、お姉ちゃんみたい」

「………」
 目をく、と細め。

 この神殿――――ラーマン神殿はチキにとってかつての重さはなかった。
 身の丈も成長し、もう、あの頃の少女ではない。
「…どこ?」
 小さく呟いて身廊を進んでいく。





大きくなったチキとその回想の話。短めの話になる予定です。
覚醒チキの個人戦績かどこかで「追憶の神竜族」と出ていたらしいのでそれ使わせていただきました。
口調違うとかだったらすみません。
…とまぁ、そんなわけなのでこちらの話は他の話と違って以前のファイルの修正ではないです。


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