1:竜の神殿
紋章の謎ED後〜
*オリジナル要素があります。苦手な方は閲覧注意。 まずはこちらからどうぞ
また、スマホからの閲覧は、文字が一部縮小されてしまうなど、多少見辛くなるようです。
「ねえ、チェイニー兄様」 「うん?」 ちゃり、杖先の飾りが音を立てたから、チェイニーはそちらに目をやった。 音の正体は、恐らく杖を握っている手が力を増したからだろう。証拠に小さく杖が震えている。 「……無理ならやめれば?こんなのお前がやることないよ。ラーマンには術使ってそのままでも大丈夫だってガトーが言ってたしさ?」 「! こんなの、って!」 「事実だよ。…こんな急にさ。そうそう、人間の「段取り」でも見習えって」 「……」 「おっと、怖い顔。……で、何?お前が言いたいの、それじゃないだろ」 「……。わ、 私―――…好…… ッ」 「………」 「でも、…でも、いいんだ。 だって泣くのは私だもん。……。 ねえ!兄様?…100年経ったら、一緒に暮らそう?昔みたいに、さ」 「ねえ」と呼びかけた顔は今までと打って変わって笑顔。薄荷色の髪を持つ司祭はくるり、とその場で廻って、確かに笑いながらそう言った。 その様子にチェイニーは苦笑しながら。 「生きてる?そんなに」 「ふふ、どうかなぁ」 分かっている、二人とも竜の力は消えてはいない。きっと、この先、人より何倍も生き続ける。 「ん、その頃にはもう、………みんな、いないから」
英雄戦争と呼ばれたあの戦から1年。 マルス王子はニーナ王女から託されたこのアカネイア全土の回復に全力を注いでいた。 その甲斐あって、各国の復興はゆっくりだが順調に進んでいた。 ――――ラーマン神殿。 薄暗いその神殿に一人佇む姿があった。 外界の復興の騒がしさ、喜びなど全く届いていない。まるで、時が止まったか、世界が違うかのように。 しん、と静まり返っている。 かつてここには「竜の女神」と呼ばれる少女がいた。神竜王ナーガの娘・チキ。 現在、チキは聖都パレスでたくさんの人たちに囲まれ、幸せに暮らしている。 そして今、ここには一人の司祭が居る。竜の時代、チェイニーらと生活を共にし、ナーガの元で育ったエスナだ。 数百年、孤独に苛まれたチキに少しでもむくうため。これからずっと平和が彼女の元に在るように。 それが、彼女にできる精一杯の主君ナーガへの忠誠だった。 ―――薄荷色の髪の、金と銀の飾りはその少しも揺れない。 あれから伸びた髪。床に静かな滝のように流れる。 「やめた方がいいと思うけど?」 赤い髪の青年は息を一つついてもう一度確認するように言った。 「ここまで来て帰る訳にはいかないよ」 「でも、チェイニー。どうしてそこまでして止めるの?ただ会いに来てるだけなのよ」 「そこまで」と、シーダに言わせるくらいチェイニーは何度も確認していた。道中で何度も。 「…………。 ――――別に、…ま、見ないとわからないよね。入りなよ」 青銅製の大きな扉には上・中・下と三つの大きな鍵が付いている。鍵穴は大きく、指を入れてもまだ余りあるほどだ。その鍵穴から無数のパイプのようなものが伸び、歯車と直結している。 マルスは首を傾げた。彼の手にはそんな大きな鍵が三本も握られていなかったからだ。視線を受け、チェイニーはひらひらと手を振る。 手を当て、何か唱える。一瞬扉が光を発すると、意思を持った生物のようにパイプが動き、歯車がごりごりと音を立てて廻る。廻る毎にパイプが紋様を描く。それから、魔法陣のような丸い形を形成すると止まった。 続いて、ごう、と言う重い音を立てて扉が左右に開いた。 「!?」 「…家族の所に来るのに鍵なんて不要だろ?あはは、鍵を探す手間を考えたらこっちの方が楽ってだけさ」 案内されて身廊を進む。 それはあっけないほど簡単に現れた。 「…――――!!」 マルスたちはそこで、会いたかった人に会えなかった。 それからまた数ヶ月。 外は大雨のようだ。 この時季にグルニアに訪れる雨の季節。建物に当たる雨の音で神殿の静けさが際立つ。 蒼の窓、ステンドグラスに淡い光が辿り、落ちてゆく。 撫でる様に流れるそれは確かに時を刻んでいるというのに、神殿の中は何もかも止まったかのように空気の流れさえ感じられない。 神竜のクラウスが造ったという杖の水晶。 髪の色と同じ深い薄荷色。その水晶の中は、魔道の流れが絶えない。 微動だにしないその腕に大事そうに抱かれている。ナーガ神のタペストリーの前。 ――――彼の前に現れたその姿は「彼女」でありながら「彼女」ではなかったかのように見えた。 「……!」 思わず蒼い目を見開き、生きている証を探すように動かす。 名前を呼ぶことも許されない気がした。いや、声も出せなかった。 意識せず、手が震える程に弓を握りしめていた。 蒼白い、柔らかい光の中。 この世のものではないような雰囲気。 「……(本当に…)」 足を進める度に、どくん、どくんと胸が打つ。呼吸は何故か少し荒くなる。 目の前の「ソレ」と、自分の記憶の彼女があまりにも違っているのだ。焦りもする。 数ヶ月前にマルスがこの場所を尋ねた時、「あまりの変わりよう」に言葉を失ったと言う。 「(確かにな…。これはそう思っても可笑しくないぜ…)」 近付くほどに、普通なら感じる命の息吹は感じられず、不安になってくる。 「エスナ…?」 一度深く呼吸をし、漸く口に出せた名。 ただ名前を呼ぶだけなのに、こんなに覚悟しなきゃならないのか?――――彼の頭の中にそんな言葉が浮かんできた。
「…これ、は…?」 「エスナ。 見れば分かるでしょ」 「チェイニー! だって、これ…」 薄く開かれた目はこの世を捉えていない。 しかし、表情はとても柔らかく、微笑んでいるかにも見える。 微動だにしない体、両手は胸の前で魔道の杖と共にしっかりと組まれ、終わることのない祈りを捧げている。 薄荷色の髪はあれから随分伸びたのか、床まで着き、流れている。 足元に敷かれた魔法陣は蒼白い淡い光を放っており、その光が余計に肌の色を人有らざる者のように映す。 「………。 マルス。 「これ」が、司祭エスナが選んだ道だ。この数先百年、意識を止めて封印の盾を守るってね。それこそ封印の盾の事を誰も知らなくなるまで」 「すっ…ひゃく…年」 「そ。人間はさ、寿命が短いから時間さえ流れればこれを忘れるんだ。盾の在処を語る人間がいなくなるまで待つよ。…僕らの百年は、長くはないから」 「! ……そんな…」 「今のエスナは」 言いながらチェイニーは持っていた剣を首筋に当てた。 しかしそのまま動かない。 「本当に攻撃する意思があるものにしか反応しない。…その時は元に戻るんだろうけど、危険が去ったらまたこうして自分を封印する。…ま、ラーマン自体に結界が張られているんだ。そう易々と入っては来れないけどね」 「ねえ、元に戻して、チェイニー。これじゃエスナがかわいそうよ」 「かわいそう…? ……はは。中途半端に目覚めさせて、寂しい思いさせる気かい?僕はあまりそーゆーの感じない方だけど。チキやエスナは人との繋がり気にしそうだろ?」 「………」 「そんな顔するなって。 …マルスがそう気にする事ないさ。結局はエスナも自己防衛してるんだし」 「!」 そう、数百年後に出てきてもいい。ああ、別に、出たければ今すぐ出てもいいんだよ。 「(…そう思える時が来るといいね、エスナ)」
「………」 数ヶ月経った今でも、恐らくそのままなのだろう。 彼がマルスから聞いたままの姿。 そう、蒼白い光の中で、いつ終わるとも知れない祈りを捧げている。 彫刻のように微動だにしない。美しい女神像だ、と言われば信じる者もあるかもしれない。 「…は…」 目の前のそれは全くこちらには意識を向けていない。確かにここからは見えているのに。 「(なぁ、これがお前の望みなのか…?)」 あの戦争中、共に過ごした時の事を思い出す。 明るい声、少しおせっかいな所、 ――――それに。 こつ、と床と靴の音をさせ、目の前まで。 ステンドグラスを通して落ちる光は、屈折し、床にまるで小さな花のような模様を描く。外の雨の所為もあってか、床に落ちた花はゆらゆらと踊っていた。 その光の花は分け隔てなく竜の司祭と弓騎士にも降り注ぎ、髪、服や、肌の上を撫でてゆく。 金と紅い宝玉で作られたサークレットに胸元の竜の司祭のペンダント。その石が対象を守るように、ゆら、ゆらと光を受け、妖しくも美しく光を反射していた。 ステンドグラスなど何処でも見られる。なのに、この静まり返った蒼白い空間の中にあると。何故、このように感じるのだろう。 神聖と感じる心を通り越して、畏怖。だろうか。 「はぁ…っ」 この雰囲気に呑まれそうになる自分を切り替えるように、息をつき、金色の長い前髪をかきあげた。 ぽた、とその髪から水滴が落ちる。 雨の対策はしていたが、この神殿に入る前、それでも少し濡れてしまっていたのだ。 だから、この寒気に似た感覚は雨によるものであって、この空気の所為ではない…。弓騎士――――ジョルジュはそう自分に言い聞かせ、不敵な笑みを無理やり作った。 「……ッ」 思い出せ、この姿は違う。この姿で笑ってくれるのならそれでいい。だが、笑えないのならば――それは本当の姿とは言えない。 そうして手を伸ばす。 「…お前の口から望みを聞いてやるよ、エスナ―――」 |
1話目。 前提 1)箱田FEのクラウスが実はチェイニーたちと同じだった。 2)チェイニーとクラウスとエスナ、で昔、ナーガの元で暮らしていた。 この小説はかなり前にタイプ練習を兼ねて書いていた物です。 今更あげた理由は、某所に1話ずつ上げたら、新しい話が一番上にくるから、です(ブログみたいだねえ)。 あと、絵だけ増えてもねーキャラの意味が分からないじゃない、と思ったので。 …まぁお気軽に御付き合いいただけると嬉しいです。 というわけで、キャラ紹介的に長編ともならない中編。 挿絵 NEXT TOP |