2:連れ出す
かたん。 ――――異変に気がついたのは彼が先だった。続いて何かの音。 「ち、…こういうのは何処にでも現れるんだな」 腰に佩いている矢筒に指を置き、見据える。 金の髪が揺れ、その間から覗く蒼い瞳がそちらを捕らえた。 段々と音が大きくなり、なにやら声も聞こえてくる。 「やれやれ、ここは神殿だぜ、本気かよ。…ま、あちらさんには関係ないのか、そういうのは」 無意識に言葉が多くなる。それはこの雰囲気を少しでも吹き飛ばしたい、という願いがあってのことかもしれない。 矢をゆっくりと引き出し、 「ッ …――――ッ!?」 弓に手をかけ、射る所で突然異変に襲われる。 腕が動かない。他人の身体になってしまったかのように。 「…!」 続いて、ゆらり、今まで微動だにしなかったエスナの身体が動く。見開かれた瞳は竜の瞳。 操られたような――そう、操り人形のような手つきで魔法の構えをする。 「(…動きを封じられたか…!)エスナ!! ―――――…?」 その姿を見、違和感を感じる。「何故、自らの意思で動かないんだ」とジョルジュは目を細めた。
手が届く程の距離に在る彼の声も聞こえていない。届かない。 威嚇の魔法、それにうまく動かない身体に恐怖し、盗賊たちは適わないと判断したのだろう、その姿もこちらへ見せぬまま転げるように去って行った。 わあわあと騒ぐ声が段々と遠く。 先までの止まったような空気、神殿中にそれが戻ると、エスナは何もなかったかのように手を下ろし、その法陣の元の場所に膝を付く。 「っ! エスナ!!」 「!? ――――は ッ!?」 その声にびくりと弾かれたように肩がすくむ。立ち上がっても床に着くほどの長い髪がその急な動作で大きくうねる。 今まで見せなかった反応だ。 「ぁ…?」 そうして、名前を呼ばれた方をゆっくりと振り向き――――――。 「………は」 再度開かれた瞳は同じ薄荷色。しかし、先程までの竜の瞳ではなかった。 「随分とゆっくりだったな」 安堵し、苦笑しながら言う。 「……?」 見上げられたその顔は確かにあの司祭のものだった。 「ああ、大丈夫そうだな」 手を貸し起こさせると、エスナの身体の下に敷かれていたマントがしゅるりと音を立ててその身体から滑り落ちた。 「――っ?」 瞳が目の前の人物を捉えると、ふわあっと大きく見開かれ、ゆら、と瞳孔が揺れる。 「!?」 「? …エスナ?」 「…〜っ」 頬は上気し、それを隠すように両手で押さえ。 「っ……!? …ぁー……?」 それから手は口元、それから喉に。何度か開けた口から出た声は空気の流れのようにも聞こえる小さなもの。声がうまく出ないことが解ると困ったように笑った。 「! まさか、声が?」 「…っ」 こくり、小さく頷く。 思わず険しい表情になる彼―――、ジョルジュに、「心配ないの!」とでも言うように手をパタパタと振りながら笑う。 その笑顔は以前のまま。 それから案内された小部屋。簡素ながら神殿の作りのままのどこか神秘的な部屋だった。 ランプに魔道で灯りを点ける。 エスナはきょろきょろとあたりを見回し、何かを思い出すような仕草の次、ぽんと手を叩きパタパタ小走りで棚に向かった。そこから布を出して来てジョルジュに渡す。 「? …ああ、拭けって?」 そう雨にやられたわけではない。すでに乾き始めているのだが。相当妙な顔をしたのだろうか、エスナはそれを見て「ダメ」と言わんばかりの表情でまたそれを押し付ける。 少し落ち着いた後、今度は近くの引き出しから紙を出してきて先ずはこう、書いた。 まず、会えて嬉しいということ。それから、この「盾を守る術」を使うようになってから、不必要となった言葉は恐らく殆ど失ったのではないかという事。ただ、今まで喋ろうとしなかったから詳しい原因は分からない、と。 「………」 どうしたの? 黙ったジョルジュにエスナが問う。 「いや、なんでもない」 「…?」 腕を組み、考え込んだまま、なかなか自分から話題を出さないジョルジュにさらに続ける。 チキは元気? みんなは? 全部、人の事を並べてゆく。 ジョルジュはエスナが問いかけた事については、言葉を思い出すよう、それらに丁寧に答えた。 それから。 「………?」 どうして来たの? 「!」 その問いに一瞬顔をこわばらせる。 紙から視線を移し、エスナを見ると瞳を伏せていた。長い耳は心を表すかのように、少し下がって。 「……」 「も、……もう……わた、…し。………戻……から………帰っ……」 深呼吸し、やっとのように途切れ途切れに出た小さい声。それは以前の張りのある声ではなく、掠れたとてもエスナの物とは思えない声。喉の奥からひゅうひゅうと空気だけが流れてくる。 「……また術を使う気か。直ぐにパレスに来い。こんな状態を見せられて、はいはいって帰れるかよ」 「!」 「声を失ってまでやることか。…いや、声もカダインあたりで診てもらえ」 「っ!?」 何かを抗議する顔。息使いが荒くなり、紙を引き寄せる。 だが、その紙までエスナの手が届くことはなかった。ジョルジュが取り上げてしまったから。 「! っあ!」 「何するかって…?簡単なことだ。こうまでしてやることか?」 「ッ……―――いッ!!」 勢い任せていった言葉は殆ど空気の流れになって、最後だけしか聞こえなかった。 「ん……な…!」 「エスナ!!」 睨むような視線を投げかけ、それから後悔したように伏せ――――…。部屋を飛び出していく。 「っ……、は………」 先程の封印の法陣まで来ると、杖を取り出し直ぐに詠唱を始めた。不思議なもので、この詠唱だけは言葉になる。 途端、身体が何かに引っ張られ均衡を失う。 「ひ…ッ!?」 目の前の景色がめまぐるしく変わる。続いて、背に温かい感触。 「やらせるか、そんなこと」 「―――〜ッ!」 振り向いた瞳は魔法を使う前の竜の瞳。 恐らく、竜を知らぬ普通の者が見たならば「恐ろしい」と感じるであろう瞳。しかし、ジョルジュはこの瞳がどんなに優しいか、知っている。 「この先数百年だと?こんなところで、馬鹿を言うなよ」 「や………。……」 ―――エスナ、もう竜として暮らさなくていいんだよ。チキと一緒に笑ってお過ごし。 ―――どうして?だって、私は、ずるいくらい全部忘れてて! …助けて、兄様ッ…。 「…兄… さ…。助……て」 竜の瞳がふれて、大粒の涙がぼろぼろと零れる。 「そんなに…使命が大事か。いや、それは「お前の」使命なのか?俺には無理やりやっているように見えるぜ」 「…………」 「エスナ」 目を閉じ、小さく息をついて、ジョルジュの視線から逃れるように一歩踏み出す。 それはあの魔法陣への道。 「まぁ、聞けよ」 「?」 「質問くらいさせてくれ。…それを聞いてから判断しても遅くはないだろう?」 今度は触れず、言葉でエスナを止める。 「……」 「…ふ」 振り向きはしなかったが、歩みが止まった事に口角を上げ。続けた。 「ここには結界が張ってあるんじゃなかったのか?何、お前の兄に聞いたんだ。…「簡単には入れない」と」 「! …っ!」 ぴくり、身体が揺れる。 やはり、背を向けたまま、顔が見えないままだが、その反応は十分だった。 「ま、百歩譲って神殿を犯す意思のない俺が入れた、のはいいだろう。 だがどうだ、さっきのは盗賊だ」 数ヶ月前にチェイニーが開けた扉。 ジョルジュはまずそこで目を疑った。マルスから聞いていた扉の様子とまるで違っていたからだった。 魔道の力のようなもので開けたらしい。それが出来なければ鍵は三本必要らしい――――…扉を開けるだけでそれなりの苦労はするのだろう、それでもとりあえずは偵察をするか…と思って来たのだが。 いざ、扉に触れてみると扉はあっけなくジョルジュを招き入れた。どうか、入ってください、とでも言うように。 「何度かあったのか?こういう事が…。盗賊なんぞお前の力でも制圧できるんだろうが…これじゃ、結界も泣くぜ」 「………」 下ろされていた腕が胸の前で組まれる。 縮こまる肩は千年も生きてきた者の姿には見えない程、弱々しく。 「なぁ、エスナ。一人で気を張ってここを守っていてもお前のチキは喜びやしないんじゃないのか」 「……―――〜ッ」 「(我ながら…。うまい言い方がないな。チキを武器にしてまで…か。……いや、この際、何でも使わせてもらう)」 こんな説得などした事がないしな、とジョルジュは息をついた。 「……キ」 「…何も、寂しい思いをしているのはお前だけじゃないぜ」 「は………っ」 ゆっくりと振り向く。口が何かを紡ぐように何度か動いた後、続いて顔を伏せる。 柔らかい薄荷色の髪がさらり、と零れた。 「………―――――ああ、俺が連れて行ってやる」 |
かなり無理がある気がするのは、多分気のせいではありません(笑)。 パーソナルリアリティですよ。 …意味不明。 無理やり連れ出したのは、さて、幸せなのでしょうかね? 筆談、と言えば…言葉が通じない人(つまり外国人)と絵で筆談した事があります(笑)。 言葉を交えつつ、難しい数字や、地図は絵にして。結構使えるんですよー。 NEXT TOP |