5:過去と現在



――――確か、最初はいつもの観察癖のようなものからだった、ように思う。


 良くも悪くも観察癖、としか言いようがない。
 まぁ、それでも良く言えば、先見の識か。観察し、見通す。どう取っても好きにはなれないが。
 いつからだったか、自分はそのように他人を見ていた。何処か客観的に、コマのように。気が付くと頭の中で策を組み立てていた。こうすれば人はこう動く、進む――――…などと。
 癖にしては嫌な癖だ、と自分も思っていたのだが止められない。そして、どうやらこれは遺伝らしい、とため息をついたものだ。


 そんな風に、ある時一人のシスターに目を留めた。
 軍には二人(いや、マケドニアの姫を加えたら三人か)のシスターが存在した。マケドニアのとある家の出身だという。しかし、これが見た目も性格も全く違う「姉妹か?」と思ったものだ(結局は血縁関係ではなかったわけだが)。
 赤髪の方はシスターを絵に描いたような女性。
 そして、もう一方の緑髪――――エスナは、天幕で大人しく軍の帰りを待つなんて出来ないと杖と傷薬引っさげて飛び回る、そんな「破天荒」に近いシスターだった。
 無理矢理、英傑さん達(つまりオグマやナバール)に傷薬を押し付けていた姿や、「治療に来ないから出張した!」と頬を膨らませて怒っている姿を何度も見た。
 目立つ部類の魔道士組とも一緒に居た事も多かったからか、「随分と活動的なシスターだな」と自然、目に入った。

 とある日。
 異変に気が付いたのは恐らく自分だけだったから、と手を差し伸べた。…いや、気が付いたら話しかけていた。珍しい事だ。


『…―――私、あの時一人だったら、……追ってたかもしれない。うんん、追ってた。責任を取る方法なんて、これくらいしかない気がしてたから。…でも、ジョルジュが居てくれたから、止まれた』
『……。そんなに過大評価してくれるなよ』
 やれやれと言いたげに眉をく、と上げ。
『ふふ、でも、誰でも出来ることじゃないよ』
 自分がどう思っていようが知っても、素直に笑った。

 そんな事が何度かあって、いつからか、気にかけるようになった――――。



*



「…それに気が付いたのはラーマンかグルニアあたりか…」
「…………」

 ――――どくんっ。
 耳に触れる声音に、胸が痛いほど鳴る。

「二度目の戦の時だ。グルニアでもカダインでも…諦めようともした。シスターになんて手出しできない、ってな…。は、それこそ体裁だ。笑っちまうぜ…」
 は、と自嘲気味に笑い。
「あ、だってニーナ様が…」
「あん?何故ここでニーナ様が…」
 思いも寄らない名前が出てきて、思わず眉が、く、と吊り上った。
「え、そう、聞いて…たんだけど」
「…ま、確かにニーナ様に憧れてはいた。馬鹿な話だぜ、…忠誠とこれが同じなものか…」
 そこで言葉を止めた。それから。
「……」
 次には身体が温かくなって、互いの頬に金と薄荷色の髪が触れて、混ざる。布が擦れる音が耳のかなり近くで聞こえ、遅れてその布が耳を、頬を覆っていく。
「え?」
 今更、背に逞しい腕が廻っている事に気が付く。
「別物だよ…。…それより今は…」
「ひゃ!? ジョル…ジュ?」
 驚いて身じろぎするも、生じた少しの隙間を埋めるように、腕は強くなった。
「ん…ッ! あ…?」
「そんな顔するな、何時だってそうだった。…竜の事がわかった時からか?いや、もっと前からだ…。馬鹿みたいに騒いでいても、何処か虚ろだった」
「なんでっ…!? そんな虚ろなヤツの事なんて!」
「は、なんで、か……」



*



『でも、そうやってジョルジュはたくさんの人の事、見てるんでしょ?』


 暗黒戦争のアリティア攻略戦最中。
 アリティアでドルーアの悪魔と呼ばれた魔道士・クラウスが倒れた。
 その直前、エスナは彼と「きょうだい」だったのだと思い出した。何故、忘れていたのかと自分を責めた。
 もし、わかっていたらこんな悲劇は生まなかったのではないかと。

 戦いの後、アリティア開放の宴で盛り上がる城を一人抜け出し。
 クラウスと共に崩壊した砦にふらふらと向かった時、何も言わずに同行してくれたのはジョルジュだったのだ。


『? ――――ああ、あの時の話しか。何しでかすかわからない顔してたからな。…俺のは他人を見ているだけだ、あまり褒められたもんじゃないぜ』
 そんな話しになったのは、アリティアを出て、暫くしてからだったか。
『(でも、私は…)』
『……お前もあまり俺とこうして関らない方がいいんじゃないのか。腹ん中じゃ何考えてるか分からないぜ?自分でも冷たい人間だと思うくらいだ。俺のコマにはなりたくないだろ?』

 この頃の二人は戦以外の話もし始め、お互い軽口を叩ける仲程度になっていた。
 それは元々、エスナが話好きであったことも手伝っての事なのだが、その話を受け入れ、会話を楽しむようになっていたのはジョルジュも同じだ。
 つまり、それは近くに居る時間が少しずつでも増えてきたという事。
 やがて会話がなくとも「ただ、近くに居るだけで良い」とも思うようになってしまった。
 だから、少し突き放したのだ。これから共に居て、傷つけるような事態にはしたくないと。
 しかし、

『えー?なんでそうなるのかな。今言ったでしょ。たくさんの人を見てるって。…でも、見てただけじゃないよ……言ってくれたじゃない』
『……?』
『あの日、砦に行く時について来てくれてホント、嬉しかった。今思えば普通の人なら止めてたと思う。まだあの辺は危なかったし、それこそ何かあったら面倒でしょ。…でも!そんなの関係なく、ついて来てくれたよね』
『………』
『冷たくなんてない、少なくとも私は嬉しかったんだから。だから、今でもここに居られる…。ほんとに…ありがと。うれしかった』
『っ…。 ……は、…よせよ。……どうするんだ?そう言わせているのも計算だったらさ』
『あは、だったらすごいねえ』



*



「今更…なんで、やら、…そうなのどうでもいいぜ…」
 頬を流れ落ちる涙を拭い、耳元で囁くように、言った。
「ち、…お前は言わないと分からんだろうから、あえて言ってやるよ」
「え…」
「……愛している。ずっと…前から。…エスナ」
「っ…!」
 びくん、と身体が揺れて空気を求めるように口が動く。それだけで何も言葉にならなかった。

 ―――――どくん どくん、
 速さを増した胸の音は、息継ぎさえも満足にさせない程。

「声を失ったことが解った時、 …いや、戦の後にラーマンにやったことを後悔した。もう、あんな目には遭わせない」
「……。ね?もう一度聞くから…。答えて」
「…?」
 息を大きく吐いて。瞳を閉じて、それからゆっくりと開いた。

「この目が、怖いでしょ…?」
 髪と同じ薄荷色。それをもっと深くしたような瞳。
 だが、よくよく覗き込むと分かる。人のそれとはやはり違う、竜の瞳。それは魔道の力を呼び出す時には顕著に現れる。
 竜族であることを忘れていたつい最近まで。この瞳のせいで周りから気味悪がられたと言う。
 だから、一人は慣れている。と、思っていた。
「馬鹿が、何処を恐ろしがる必要がある」
「私はそうじゃなかったよ。鏡を見るのが怖かった。…でも本当は目じゃなくて、気味悪がられるのが怖かったんだ…、だって、よく見なきゃわからないでしょ。だから、噂してる人の目が怖かった」

「…………」
「でも、軍の人はみんな優しくて。私やチェイニーが人じゃないってわかっても今までと同じにしてくれて。チキの事も大事にしてくれて、パレスに置いてくれた。 ――あ、…あの戦争の時も…ジョルジュは………」
「(俺…?)」
「……私――〜! だから!怒りの材料が増えればって…ッ!!私はっ!アカネイアが嫌いなんだよ…!?」
 両手をジョルジュの胸に突っ張るようにして、それからどんどんと叩く。
「嫌い…!! 大…きら…い!」
「…――――もう、言わなくていい。少し落ち着け。嫌いでもいい」
「っく…!」
 叩く腕は段々力をなくし、服を掴む。

「………。 私、ジョルジュには嫌われてると思ったんだよ。だから、こないだラーマンに来た時、なんでって思った。有り得ない、って」
「は?」
「私、氷竜神殿で酷い事言ったから…、だから、……嫌われたと思ってた。…アカネイアの人が…そんな歴史聞きたい訳ないじゃない…。どこをとっても…良い事じゃない歴史だよ…」
「……」
 否定の言葉でも言ってやろうと思ったジョルジュであったが、何か言えば続きを言わなくなる、そんな気がして、先の言葉を促すようにベッドに零れる髪に触れただけだった。
「だから、私が す、好き……って思っても、…無駄だと思ってた…」
「…!」
「…ッ。…だから、あ〜…!ほんとは会いたく なかったんだよ…!」
 小さくぽつりと。
 会いたくない、の言葉はまるで感情とは正反対。涙で揺れる瞳を隠すように目を細めながら顔を逸らす。
「………」
 そ、と、ジョルジュは頬を流れる髪を指でのけた。



「……。あのね、パルティアの今の主人がジョルジュで良かったって思ってる」
 頬に触れる指の感触に目を閉じ、それに触れたいとエスナは自らの指を伸ばすが、…触れず。
「私が見ていない間、何人くらいがあれを使えたか知らないけど、今使える人がジョルジュで良かった。…ね、どのくらいの人が使えたのかな」
「……。俺が知っている限りではいないな」
「え、そうなんだ…?」
「…ま、王家の宝だから普段触れないが。それでもメリクルソードやグラディウスと違ってパルティアはもう殆ど飾りみたいなものだった。…あれには合う弦がないと気が付くまでかなりかかったな」
「ふふ…。そうなんだ。苦労した?」
「……。どうだろうな、覚えてない」
 苦笑しながら、頬から、髪へと手を滑らせる。それは妙な位置で手が浮くエスナの手に少しだけ近づいた。


「…………――――ね。アカネイアに通じる道が見たい」
 漸く、指をジョルジュの指に絡めて。きゅ、と握りしめた。





どうやらこれは遺伝らしい、の最初の数行のみ、「新」のネタを追記した気でいるのですが、
いかんせん1度しかやってないのでよく覚えていないです(汗)。でもそのくらいがいいかな、…とかなんとか。

でも、ジョルジュ、結構人見てるのは漫画の時から変わってません。
だって、何処からともなく突然現れて世話焼いてくシーンが多かったですよね?(笑)
アカネイアクロニクル…でしたか、あれに「情けに薄いと囁かれる〜」とありましたが、
あの世話焼きさん、 そ ん な こ と な い よ (笑)


少し過去の話が多いのですが、砦がナントカって言ってるのは12巻のクラウスのあたり…
こちらも古い話で申し訳ないですが(汗) →「野望の末路」
でもって「グルニアかカダインあたりか」のカダインはこちらでグルニアは2部5章(ジョルジュ顔出しMAPですね)を
メインにした話を実はこの時書いていたそれの名残です。


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