この世界を守る


 エッカルトが乗っているロケット飛行機に追いつく為に足場を錬成出来る場所を探す。
 その僅かな間にも彼女の攻撃の手は緩まず、町はどんどん破壊されていく。エドワードは目を逸らしたい現実をそれでも目を逸らさずに走った。唇を噛みながら、手をぎゅっと握り締めながら。
「……く」

 その時ふと、『もう、見たくない…』ぽつりと言う、栗毛の彼女が脳裏に浮かんだ。

「!」
「兄さん!?」
「あ…いや。…なんでもない」
 突然走る速度が落ちたエドワードをアルが気にする。
「……。行くぞ、アル!!」


*


「エドワードさん、…今は、…ぼくもどうしたらいいかわからないから…」
 言いながら、顔を伏せるアルフォンス。傍にいても聞き取れないような弱々しい声だった。
「ぼくは、経験がないし。…身体も丈夫な方じゃないからそういう場所にかり出されたこともない…」
 テーブルの上には新聞があった。
 アルフォンスが改造したラジオは電源が入っていた。二人には聞き取れない内容、言語だったが先程のサエナの様子を見れば何が放送されていたのか大体分かる。
 先程、泣きたいような顔をして出て行ってしまった。
「サエナに言われた事があるんです…」
「ん?」
 立ち尽くしたままのアルフォンスをとりあえず座らせ、その目の前に椅子を持ってきて腰掛けて聞く。
「機械なんて大嫌い、って」
「…へえ」
「そうじゃない、って言ったんです。あの時はサエナ、納得してくれたみたいだったけど」
「…簡単には、な」
 エドワードの言葉に小さく頷き、
「でも、…必ず、なんてありえないから。…ぼくの、していることも、いつか…そういう力に、なることが、あるの、かな…って」
 途切れ途切れに話している理由は多分、自分のやっていることを否定したくないから。
「…戦争か?」
「!」
 今まで「そういう」と言葉を伏せてきたが、言われてぴくんと反応する。
「……」

 がちゃり。
 予期せず、扉が開いて。そこにはまるでお化けのようにぼさぼさになった前髪のせいで顔が見えないサエナ。
 まさかここで現れるとは思っていなかった二人は声をかけそびれて固まってしまったが。

「もう、見たくない…」
 ぎゅっ。
 走り寄って来たかと思うと、二人いっぺんに抱きしめるように肩に腕を回して。
「「!」」
「でも…アルとエドのロケットは見たい…同じ機械だって、当たり前の別物だって分かってる。…でも!新聞でもラジオでも戦争の道具だって言うんだもん!…ねえ、そんな事ないでしょ!?アル、こないだそう言ったよね!」
「…ああ…」
「じゃあ、なんで!なんでこういうのばっか!?絶対違うんだからってエライ人に言って来てよ!」
「サエナ…」
「私、…私が見たやつ……出来ればアルとエドにはあんなの見せたくない。見なくていいことじゃない〜…。普通に生きてれば…!」
「何を、見た?」
「!…エドワー…」
 「何を言わせる!?」と言う顔をするアルフォンスを止めて。
「知らない、あんなの、私の記憶じゃない……!さっきのラジオだって!空の上に行くのが下に降ってくるわけないのに!…それが、あんな…の」
「だろ?お前、アルフォンスのロケット見たことあるか?」
「? 赤い、の」
 腕を放して、エドワードを見る。
 エドワードは「すげえ顔だな」と苦笑しながら、
「ああ、アレにどんなヤバイ力がある?サエナが嫌いな武器が付いてたか?」


*


「…お前が…門を抜けてこちら側に来ていて」
 手を打ち鳴らすその、前。
 これから戦いになる。
「錬金術の力になっているんだとしたら、見ちまったかな…この…戦争みたいなの…」
 ――――あの後、やっぱりわんわん泣くのが治まらないサエナを二人でなだめたような気がする。
 その日の新聞とラジオは少し過激な事を言い過ぎたのか、サエナの想像力が勝手に成長したのか。
 でも、アルフォンスは結果としてロケットの開発をやめなかったし、サエナだってやめてくれとは言わなかった。ある意味、嫌な所を見て、見なかった振りをしていたのに近かったのかもしれない。

「……――――でも、守るための力を、貸してくれ……」
 一度目を閉じてから、
 パンッ…!
 祈るように手を合わせる。







「――――…もし」

 エドワードは天を見上げる。
 全て終わった後、破壊された門。今、光が消えそうになるそれを見上げながら。

「オレが乗ってきた赤いヤツ、調べる事があったら……直ぐじゃなくてもいいから、…いつか、笑ってくれないか。…難しい事だって分かってる、けどお前にしか頼めないんだ」
 唇を噛み締めるが、目は門から逸らさず。
「…つーか、お前だからこそ、アレを見て絶望だって、泣いて欲しくないんだ」
 それから機械鎧の腕を天に伸ばして。
「そうだ、お前のコレ見せて、機械も悪くないぞって宣伝しておく」

「……―――お前の幸せ、誰よりも願ってるから…ありがとうな」
 言葉の最後に、ウィンリィ、と小さく呼んで。
 届かない私信が言い終わると同時に光と風が同時にやむ。




『…ね、じゃあさ…』
『?』
『笑って打ち上げてよ。笑えたら、きっと悪いモンじゃないよね!』





ハイデリヒの「あの時は納得してくれたみたいだけど」はこちら
まぁ、また同じ話ってことですが。
原作のイシュヴァールの戦争話を読み返して書いたりなんだり。
サエナは自分が村を出なければならない結果になった戦いみたいなのはもう
見たくないし、自分の知っている人たちにもそんなのは見せたくない。

何も知らないウィンリィに「分かってくれ」って言うのは大変だけど、
泣かないで欲しいってだけ。

「無力だった」のはみんなだねえ。

01.04.2008

挿絵

TOP