石畳と夕暮れと
「げ…。――――やっちまったなぁ…」 とある夕方。エドワードは息をついた。 「?…エドワードさん?」 「いや、…あいつに頼むわ」 「………?」 「サエナ」 「ん?…あ、何、びっこ引いてんの?…そっち義足だよね、壊れた?」 一階、グレイシアの店先。いつものように店の手伝いの最中だ。 しかし、この刻限。食料品を中心に扱っているわけではない店は暇な時間になってきていた。 「ああ…これなんだよ。靴、ダメになっちまってさ…。あまり負担かけると壊れるから。靴、買ってきてくれないか?」 「サイズは…それ持って行けばいいかな」 「…覚えてけよ、そのくらい」 「んもう。…でも、なんで片方だけダメになるんだろ」 「さあな、足の固さが違うからじゃねえの?…とにかく、明日日曜だろ、店やらねえじゃねえか」 「ん、わかった。……!―――あ〜、私もなんか見てこようかな〜…なんて」 「………。オレに払えってか」 にやー。と笑うからエドワードはひくひくと顔を引きつらせながら答える。 「だって靴屋さん、遠いじゃない!今からダッシュで行ってくるんでしょ?」 壁の時計を指差し。 「……走らなくても早足で行けばいいだろ」 「そういう問題じゃないってば!…ね、アウトレットでもいいから〜。私だって向こうからずっと履いてるんだもん〜」 「オレにたかる所はウィンリィみたいだな…。…ったく」 ぽん。 「っ!」 …と、財布を投げて。 「……これで買えるだけにしとけよ」 「サエナに頼む、なんて言うから何かと思ったら」 二階へ続く廊下のソファのところにアルフォンスはいた。 「あ?だってお前、そんなヒマでもないだろ?オレ、自分じゃ行けないし」 複数あるとはいえ、悪い靴を使って義足を悪くしたくないのだろう。 「ぼく、付いていきますよ」 「お前も靴悪いのか?」 「ぼくのはまだ――…。…もう直ぐ暗くなりますからね、あまり一人で歩かせられない」 「ああ、そうだな。悪ィ、アルフォンス」 「いえ、行ってきます」 その時、「シア姉、ちょっと行って来るから!」と店先で声がしたから、アルフォンスはその背を追いかけた。 「迷うとでも思ってるんだ」 「…それもあるよ、現に前、迷ってた」 「んもう、信用ないなぁ。どうにか戻れるってのに。…でも直ぐ暗くなるから――…」 喋っている間にもどんどん陽は落ちる。ぽつぽつ、と街灯もつき始めた。 「早く行こ!」 「ああ」 「おじさん、…ええと、私くらいの年齢の男用の靴出して。サイズは―――…」 店じまいの時間ギリギリに辿り着き、いくつか出してもらう。 「で、私のも」 棚に向かう店主の背にそう付け加えた。 「あはは、しっかりしてるなぁ、サエナ」 「だってエドが買ってもいいって言ったんだもん。ふふ」 「じゃあ、エドワードさんのは選んでるから。サエナは自分のを見てなよ」 「明日休みだからね。ゆっくり選びな。兄ちゃんが見立ててやってもいいんじゃないのかい」 「ええ?ぼくが?」 「ふふ」 「おうよ」 気のいい店主はサイズがあるだけ革靴を並べて、そう笑いながら言った。 「……足、痛いんでしょ?」 「!!…あ――〜…、だ、大丈夫」 「かばって歩いてるの分かるよ。……。だから、慣らさなきゃダメだって言ったのに。店の人も言ってたろ?」 夜道、アルフォンスは苦笑した。 ――――そう、店を出る前のこと。今から数十分前。 「それ履いて行っていい?」 会計を済ませ、袋に入れているところでサエナは店主の手を止めた。 「あんたたち、歩きで来たんだろう?…――ああ、そこからだと結構遠いんじゃないか。どの靴もそうだけど…硬いから少し慣らした方がいい。ここらはまだ石畳も多いから」 「大丈夫、私、石畳ばっかりんトコの育ちだから。…ね、ちょっとだけ、ちょっと慣らしたら履きかえるから〜」 「仕方ないねえ」 「石畳は慣れてたんだけどなぁ」 街灯に寄りかかって片方靴を脱いで。 真上から落ちる光で、足の一部が赤くなっていることがわかって、うわ、と顔をしかめる。 「ホントに硬いんだ…」 「柔らかくなるまではちょっと時間かかるかな」 「でも、悪いものじゃないから、慣らせば毎日だって履けるよねー。……―――アル?」 地面の片方の靴を持って、屈んで背を向ける。 「ほら」 「……何」 「おぶってくよ」 「いいよ」 「こんな足じゃ前の靴だって痛いだろ。…まだ距離があるしさ」 「……」 「サーエナ?」 「………」 ゆっくり、ゆっくり歩く。 イザー川の橋は大きいから、橋の両端に見える建物の明かりを比較しながら渡る。 「サエナ、…この橋のこっち側と向こう側、どっちが明るいと思う?」 「えー。…どっちかなぁ…大きい建物があるのはこっちだから〜、こっちの方じゃない?」 「ああ。町の中心はそうだね、…結構覚えたんだ?ミュンヘンの町」 「あ、バカにしてるでしょ」 「してないよ」 先程まで「やっぱり降ろせー」やら「重いでしょ!?言われる前に降りる!」などと騒いでいたサエナも今ではおとなしくなって、いつもより数十センチ目線が高い世界を楽しんでいるようだ。 「アル。靴慣らしたら、また歩きに行こ」 「無理しないようにね。…あと、エドワードさんに買ってもらったんだろ、ちゃんと見せてあげないと」 「じゃあ、三人で行きたいなー」 「…ごめん。…せっかく、選んでくれたのに。でもすぐ履いてみたかったんだ」 「はは、人の忠告聞かないから、サエナは。……でも、嬉しいかな、ぼくは」 「…ふふ、だって気に入っちゃったもんね〜」 「サエナ、そういう感じの靴、好きそうだろ」 「へへ…」 腕を首に回して。 そうすると近くに来たサエナの髪がアルフォンスの頬にふわりと当たる。 「……」 「あ、今日は…いっぱい星が見える…」 「で?…何処まで靴買いに行ってたんだ?随分おせーじゃねえか」 「…じゃーん。ほらほら、これ、エドのお金で買ったヤツ!ごちそうさまでした〜。ねえ、かーわいいでしょー」 「いいから早くオレの靴出せ!!」 「……もう、どうせただの革靴なクセに」 「お前のだってそうだろうが」 「違うよ!選んだの私じゃないし!」 「はぁ?何ワケの分からないこと…!」 「…なんで、こんな騒々しいんだろ…」 |
『こちら』のおまけ風味。 遠出の必須アイテム「履きなれた靴」(遠足か) 私はローファー履きなれるまでにかなり時間がかかりました。 高校入るまで革靴を履いた事がなく、泣く思いでした。しかもサイズもないし硬いしィ。 ちょっと長く歩くと痛くなるんだ…。慣れてないせいで。 でも、それ履いて全力疾走できるようになるんだから、おもしろいわなぁ(思い出話)。 イタリアの…特にローマの石畳は路地に行けば行くほどすごい事になってます。 馬車に削られてボコボコしてて、歩きにくい。でもいいんだよねー。 気に入ったものとか、新しいものってワクワクして直ぐ使いたい。そんな感じ。…迷惑かけてますがね。 とある店で2〜3ユーロで靴が売ってましたが、あれってどうなんだろ…(笑)。 続き TOP |