続・履きなれた靴
*「石畳と夕暮れと」の続き
「…出かけるの?」 その日は風の音がうるさくて目が覚めた。 どうせなら水でも飲もうかと起きて来たとき、リビングと廊下の明かりがついていたから、サエナはストールをかけながらそちらに顔を向けた。 「制服…。お仕事?」 そこには制服姿の父と、昼間の服のままの母がいた。二人とも少し表情が硬かったが、サエナの声を聞くとそれでも微笑んだ。 「サエナ、起きたのか…。…ああ、そうだよ」 「そっか。でも直ぐ帰ってくるよね」 「ああ。お前ももう子供じゃないから――理解できるね?」 「うん…大丈夫」 「よし、次に帰って来たらラツィオ…ローマに行こう。ちょうど、向こうにも用があるんだ」 「!トスカに出てくる所、見てみたい!」 「それと、お前が好きだったベファーナ市で好きなもの買ってやるから、……リザと待っているんだよ。うまいピッツエリアを見つけたんだ。連れて行こう」 「うん…」 「おいで、サエナ」 ぎゅっと抱きしめて、それから黒いコートをサエナの頭からかぶせた。 「ぶっ、な…何!」 「――――サエナ殿。父からの大事な預かり物として、責任持って保管しておくように」 「!…はい!」 「……」 笑い、それからサエナの隣のリザも抱きしめる。 「留守を頼む」 「はい。……せっかく起きて来たのなら、あれを渡してあげて」 「!…そうだな」 そう、とある箱を差し出して。 「これ慣らしておきなさい。ローマは石畳ばかりだ」 「…?」 「開けていいわよ」 母にコートを持っていてもらい、その箱のリボンを解く。
「…はー。…トスカのなんとかーってお城…連れて行ってもらってないのに…」 膝の上の袋、包みを指でつつきながらぼやく。 「ベファーナ市だって、ピッツエリアだって行ってないのに。―――コートだって返してないのに」 のに、のに、のに…と、過去を悔やむような言葉。 「お仕事、どうなったんだろ…」 ばさっと包みを開けると、中には相当使い込んだ靴。底は磨り減ってつるつるだし、靴底と側面の縫い目も今にも解けそうだ(場所によっては解れている)。 「…はぁ…」 「サエ…?……――――っと」 こういう表情をしているときは、声をかけないようにしているアルフォンス。顔を見て慌てて言葉を止めた。 普通の靴を目の前にして、ぶつぶつ何か言ってて、しかも泣きそうな顔。靴を目の前にして泣きそうなのかよく分からないが、おそらく、両親か故郷のことだ。 「……?あ、アル。いたんだ」 「うわ!?……あ、うん。ごめん」 「なんで謝ってんの?」 「……え、ああ。いや、なんと、なく?」 「はぁ…?ヘンなの」 気が付かれる前に離れて、今はとりあえずそっとしておこう、というアルフォンスの考えは無駄に終わってしまった。 ふと目線を落とすと、包みから出された靴を持っている。 「あ、これ?…ほら、こないだエドに靴買ってもらったでしょ。…やっと慣れたと思ったら今度はこっちが寿命みたいで」 ひょこ、と上げてみせる。あは、と苦笑しながら。 「あはは。あの時買ってもらって良かった。靴、なくなっちゃうもん」 「…そっ…か……」 「アル?」 「え?」 「どっか、痛い?」 「なんで?…―――違うよ。なんでもない」 「ふーん。ならいいけど…。…!…うわ、もうこんな時間なんだ、やっば、2時から店番頼まれてたんだ!行って来るね!」 「はは、…ああ」 床の隅に包みごと靴を置いて、階段を駆け下りていく。アルフォンスはそれを確認してから、床に膝を付いてその靴を眺めた。 「……イタリア製。…やっぱり向こうのか。…プレゼントだったのかな…」 靴の内側に押された工房の名前の焼印。名前と一緒に地域の名前。 普通に使っていれば、他の靴と使い回しをしていれば何年ももったのだろう。しかし、サエナの場合は使った距離と時間が違う。 「……何か…できない、かな」 サエナは、例え、何も出来なくてもアルフォンスの具合が悪い時は側にいる。 何か失うのが怖いのだろう。泣きそうな顔をしているときは大体、国の両親のことか、アルフォンスの病気のこと、だ。 「……」 その日の晩。 そわそわと視線を動かし、たまに何か思い出すように天井を見上げてはいろいろなところをひっくり返している。 「サエナ!…何、うろうろしてんだよ」 リビングを行ったり来たりしているから、流石に気になってエドワードはぼそっと聞いた。 「探し物してんの」 「はぁ?」 「っあー〜…何処置いたっけなぁ……部屋…?だっけ」 がっくりと肩を落としてリビングから出て行く。今度は部屋を探すつもりらしい。アルフォンスはそれを追いかけて、部屋に入る寸前に…、 「サエナ」 「ん?…あ!アル、私の〜…」 「靴でしょ、昼間の」 「!…あ。うん!何処置いたか忘れちゃって…あはは、もう、履けないんだけど、でも、ね」 「来て」 「ええ!?…って、下の階には持って行ってないし!だって、店番行く時はこの階に…」 腕を引かれた先は階段の方だから、サエナは思わず声を上げる。 「いいから」 「……何…?」 何だかんだと言いながらも、引きずられるように連れて来られた先はアパートの近くのとある革製品の工房だった。靴屋ではないが、鞄などを扱っている。 この刻限、もう閉店しているが、かすかに見える店の中の奥の方、明かりがついているのが見えた。 「なんで外まで…!」 「ここの主人、ぼくの知ってる人なんだ」 「はあ…」 「……あの靴、修理に頼んでる」 「え!」 「やっぱりいいものなんだってね。アレ、―――縫い直したり…その辺はよくわからないけど、とにかくまだ使えるってさ」 「へ!?……バカ、なんで…!こんな事にお金かけて…」 「はは、バカはないでしょ」 「だって、あんなボロボロ…もう…」 「お父さんに履いた所見せてあげてないんじゃない?それとも一緒に出かけてない?ああ、その辺は…知らないけど…さ」 「!」 ―――かしゃん。 ショーウィンドーのパイプのシャッターに手をかけて、ずるずると座り込む。 「仕事から、帰って、…来たら。旅行の約束してた…。パパがラツィオに用があるから、それについてくって話で。…それまでに、慣らしておきなさいって…。イナカで、あまりお店ないから…、トスカーナの大きい町から取り寄せたって…。誕生日のプレゼントで貰ったんだ…」 「……」 隣に、膝を付いて、そのまま黙って聞く。 「でも慣らすの通り越して、あんなになっちゃって…。今まで、そんな…忘れてたのに。…ダメになるといきなり……ッ」 「修理、一週間くらいだって。…戻ってきたら、この前エドワードさんが買ってくれたのと交互に使っていれば、また暫く大丈夫だよ」 「アル…」 涙がぼろぼろと零れているけど、笑って。 「ありがとう…」 |
『こちら』の続き? こちらもネタとして本田さんからいただいたもの(笑)。 「エドに買ってもらった靴がダメになってしまって、しょげているのを見て見たいけど、 時間軸としてハイデリヒとサエナの「数年先」がありえないので…、 前から履いていた靴がダメになってしまった話を。実がアレは誕生日とかで貰ったもので――」 …と、そんな感じ。 いかがでしょうか? なんか、ハイデリヒ…。面倒見いいですね。 イタリアは靴高いよね(オーダーメイドが ←イタリアじゃなくても何処でも高いわー!)。 死ぬまでにオーダーメイド靴ってのをやってみたい。 でもトスカーナの某店で一度本気でやろうと思っていた。安くても10万(円)。…できなかった。 いい物って、それなりのメンテも必要なんだよね…多分。 トスカーナのでかい町:…おそらくフィレンツェ(安直)。 ラツィオ:ローマがある州の名前。 ロイの口調がワカリマセン。エセっぽい。 トスカの話はたまたまガンスリ読んでて、ジャンさんとヘンリエッタの会話に出てきたから(笑)。 TOP |