その向こうへ続く道


 泣きそうな目で、ずっと傍にいて。彼の目が覚めた後も、変わらず傍にいた。
 医療の技術なんてないから、いてもきっと変わらないのに。

 ――――その姿を暫く見ていて、ちょっと寂しかったんだ。



「よかった、もう大丈夫。…でも、起きても平気?」
「うん、心配かけたね。ごめん」
 アルフォンスの身体には未だに痛々しいくらいの包帯が巻かれていたが、もう起き上がれるくらいに回復したらしく、リビングの椅子に掛けていた。
「エドワードさんたち、そろそろ発つんだってね。よかった、それまでに起きられるようになって」
「今日は旅に使うものの買出しに行くって、で。…もう明日にでも発つんだって」
「明日?そう…。全く、エドワードさんらしいね。一つの所にじっとしてないなんてさ」
「ふふ」
「いきなり来たと思ったら、向こうに帰るって言って、…でも、こっちに戻って来て…今度は何をする気なんだろ」
 苦笑しながら。
「でも、あの人なら、…きっと大丈夫、か」
「ねえ、アル。…私、楽しかったなって思うんだ。エドと、三人で暮らした時。…ちょっと、寂しくなっちゃうね」
「ああ、うん…」


 ――――11月8日のあの日。
 アルフォンスが受けた銃弾は急所を逸れ、命はどうにか取り留めた。
 それでも身体を起こすことが出来るまではかなり時間がかかり…。エドワードたちの旅立ちも少し遅れてしまったのだが。


 だだだだだ――――!!
「あ、帰ってきたかな」
 がばっ!
「!!?…あ」
「っと。アルくん」
「ねー!…かあ…。…―――サエナさんっ、買い物一緒に行かないっ!?」
「え、行ってきたんじゃないの?」
「ボクたちのは終わったけどね!グレイシアさんとかの分で行く用ないの?」

「………っ」

「まだアルの怪我よくないから、誰かいないと。買い物ならシア姉に頼んじゃうよ」
「そっかぁ」
「………う。……〜っ」
 まだ、エドワードより低い身長。長かった髪は短く切りそろえてますます活発な少年、アルフォンス・エルリック。
 一方、アルフォンス・ハイデリヒ。段々機嫌が悪そうな顔になって来ているのは――――。
「(なんでサエナに、抱きついて…ッ!もう、サエナもそのままでいるし〜…)」



「で、何してるんだよお前ら」
 エドワードの手には旅支度の荷物。
「兄さんっ」
「…何懐いてるんだか」
「えへへー。…あ!そうだ!!兄さんも帰ってきたんだからさ〜、サエナさんっ、一緒に出かけない!?ボクら明日には出発なんだもん、ミュンヘンの町、観てみたいよ!」
「………」
「あ。アルくんこっちに来てからあまり出てないよね」

 二人のアルフォンスは、ロンドンのエドワードのように同じ身体に二つの魂が入ることはなかった。
 アルの「魂が離れやすい」の性質からか。「離れやすい」ということは、つまり、そのあたりのコントロールが自在に出来るということだ。
 こんなことを研究している学者もいないから、詳しいことはわからないが『アル』のまま、こちらへやって来られた。


「お前、怒ってるだろ」
 アルフォンスの隣に掛け、ぽつりと。
「……ッ。どうしてそう思うんですか」
「いや、なんとなく。…短い付き合いじゃねえからな」
「サエナは…――――違いますよ」
「はは、分かってる。……つーかそれで怒ってるんじゃないだろ、お前」
「…それも分かってるなら…どうにかして欲しいんですけどね」
「自分でやれよ」
 にやり、笑ってアルフォンスの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「もう…」



「じゃあ、アル、エド。ちょっと出かけてくるよ」
 そんなことを言って二人は出かけてしまった。

「……で、怪我はどうなんだよ」
 飲み物をテーブルに並べながらそう聞く。
「もう大丈夫ですよ。…痛いことには変わりないですけどね」
「悪、かった…な。ホントに…」
「いいえ。…いいんです。ぼくも、いろいろ思うところがあったし。―――急ぎすぎたんだ。…ロケットは兵器とあまり変わりない。わかっていたのに。…一歩間違えば、ぼくは、…とてつもなく後悔していたことになった。……もう泣かせたくないのに…」
 言いながら、目を伏せる。それから小さく首を横に振った。
「………」
「……。エドワードさんがまたこっちに戻って来てくれるなんて思いませんでした。そういう選択肢もあったんですね」
「ああ」
「エドワードさん。あなたは、向こうで、…『知っている所』で暮らすことも出来た筈だ。……後悔、してないんですか」
 真っ直ぐにエドワードを見据える。
 「あれほど帰りたがっていたのに」というような否定的な目ではない。かと言って同情の目でもない。それは、エドワードの選択肢を聞く目だった。
「!」
 エドワードはその質問に目を見開き、それから、つい、と視線を落として笑う。
「なんで、戻ってきたかなんて……あの時は深く考えなかった。でも、直感だ。オレは戻らなきゃならないから戻って来たんだ。…はっ、オレが出来ることなんて、たかが知れてるけど。……後悔なんてしてねえよ、今はな。――これからするんだろうが、でも…決めた道だ」
「……そう、ですか」
「後悔って言えば、……母さんに挨拶できなかったこと。それと――――」
 服の上から腕を、機械鎧を掴んで笑う。
「ちゃんとオレの声で『ありがとう』って言いたかったな…あいつに」




「はー。元気だねえ、アルくん」

 ぺたんっ。銅像の台座に腰掛けて息をつく。半ば走り回るようにして町を巡ってきた。
「流石、エドの弟」
「ボクたち旅をして来たから。…兄さんを探していた時だってアメストリス中を一人で走り回ったんだよ、これくらい全然」
「……アルくんは、こっちに来て後悔してないの?」
「!」
「エド、この前まで寂しそうだった。でも、今はその時よりはそうでもないんだ。やっと元気になれたのかな。それとも、ちゃんと自分で選んだからかな」
「………」
「私は、アルとかエドみたいに頭が良くないから難しいこと分からないけど、……アルくんもちゃんと選んでこっちに来たんだよね。…ごめん、じゃあ後悔なんてしてないか?」
「うん、大丈夫だよ」

「ねえ、アルくん。またエドと戻って来てね。旅に出ても…『ここ』はそんなに遠くないから」
「!……。戻ってきていいの…?その、ハイデリヒさんと暮らしてるのに?」
「いいんじゃない?こないだまで居候のエドもいたしね、あはは。って言ったら私も居候だけど」
 それから仕切り直しのように息をついて。
「………。ね、アルくんも私のことトリシャさんだと思ってるでしょ」
「っ!」
 耳まで赤くなるのはそれが図星だったから。
「知らない人に甘えすぎ!あはは。でも、似てるのかな?……三人に間違えられたんだよね。エドと、エドのお父さんと、アルくん」
「え。ああ…ど、どうだろ…。……笑うとね、似てるかな。怒った顔もちょっとだけ」
「そっか。あ、私、そんなに怒ったー?」
「ねえ。ボクは、似てる?…その、ハイデリヒさんに」
「!………。んー。似てないよ」
「え…」
「…確かに顔は似てるのかもしれないけど。アルとアルくんは一緒じゃなくてもいいんだし。というか、一緒じゃイヤ」
 台座に座ったまま、宙に浮く足をちょっと揺らして。
「『こっちのアル』『向こうのアル』…ってなっているんだとしても、私には、…アルには関係ないよね。…そんな難しく生きているわけじゃないもん。……ごめんね、自分でも聞いておいて酷いけど、やっぱり「似てる?」ってそんなこと聞くのダメかな、思ってるってことだし」
 難しいね、と笑って。
「…うん」
「ね、ちゃんとこの世界を見て。『ここ』は『向こう』より悪い所ばかりかもしれないけど…それだけじゃないと思う。それ、分かったら…――――そしたら、帰って来て。きっとその頃には誰に似てるとか、そんなこと思わなくなってるよ、きっと」
「……」
「私も、エドがいなかったらこんな風に世界を考えることなんてなかったかもね…。二つを知っているエドとアルくんは多分すごいと思うから」
「……」

 ――――あの姿を見ていてちょっと寂しかったんだ。

 若い頃の母さんに似ている顔で、ちょっと年齢が上がったボクの顔をしているハイデリヒさんの看病をしている姿。その目には彼しか映ってなくて。
 記憶の中の母さんは、ボクたちをみてくれていたのに、違う。
 兄さんから『この世界』と『向こうの世界』の関係の話を聞いたけど、「別の人間なんだ」って表では分かったけど。…でも、まだボクは心の底ではサエナさんが母さんに見えていたんだ。…今まで。

「うん。必ず戻ってくるよ!で、いろいろな話聞かせてあげる!」
 期待してるから。そう笑う顔も似ているけど。でも、違う。




 ――――次の日。彼らの旅立ちの日。
「エドワードさん、元気で」
「ああ、お前もな。いろいろ世話になった」
「ええ」

「…ねえ、サエナさんっ」
 アルはサエナの手を掴んで、ぶんぶんと振りながら言った。
「こっちの……」
 そう言いながら視線をついっとサエナの横に移して。
「ハイデリヒさん、の事、好きなんでしょ」
「ぶっ…。な、なにそれ…!」
「………」
「ねえ、そうなんでしょ?」
「…う、うん。……ってなんでこんな人がいる所でそんなこと言わなきゃならないの!?」

「……あは、は…」
「なんなんだよ…」

「ボク、…向こうの………えへへ、また言うよっ!!」
 じゃあねっ、と手を振りながら走っていく。いつ帰ってくるのか分からない旅なのに、そんなこともないように。
「ちょっ…コラっ!!…んもう……」
「おい!アル……、じゃ、じゃあな!!」


 すうっ、息を吸って。
「ボク、母さんも好きだけど…そうじゃなくて、サエナさんのことも好きだから!!!ちゃんと戻ってくるから待ってて!」


 どーん。


「は!??…な、何そんな恥ずかしいこと叫んでんの!!つーか、何でそういう話に…」
「……」
「…ね、ねえ?アル。あの子おかしいよねえ」
「サエナ、あのアルフォンスに何かしたの?」
 視線は二人が消えた道そのままに。心なしか声のトーンが下がっている。
「してないよ!」
「じゃあなんで「好き」なんて出てくるんだろうね。…それなりの理由があるよね、普通は」
 ちらっ。その目線がサエナに落ちてきて。
「知らないって!…ふ、普通に思ったことを言っただけで」
「思ったこと?」
「ほら、またエドと帰ってきてね、とか…。この世界を見てきてとか」
「……。…ぼくに対する宣戦布告ってことなのかな」
「何でそうなるかなっ、アル…もう怒らないでよ!」
「怒ってない」
「怒ってるって!」
 腕を引っ張ろうとして、寸前で止める。それは服の下の包帯を思い出したから。サエナの手は不自然に空中を彷徨っていたが、
「!」
 アルフォンスに柔らかく掴まれて、そのまま手を繋ぐように。

「……久々に、…二人で出かけようか」
 目を細めて笑う。
「いいの?」
「もちろん。…ここ最近忙しかったろ、あまり昼間は一緒にいられなかったし。……ゆっくり、見てみようよ、この町をさ」





「背筋を伸ばして」歩き出せ(こじつけー)。

公式を見ていても、アル(弟)の小さいころの絵って必ずトリシャさんにくっついているんですよね。
下の子だからかな?結構抱っこされている絵が多い。
だから、もし、サエナに会ったとしたらかなり複雑なのでは?…から始まった小説。

違うと言われても、そうけじめをつけるまでが難しくて。
「ちゃんと前を見て」そう言われて、「だって似てるんだもん」とか反発しない所もアルの素直な所でしょうか。
でも…好きというか、やはり届かないトリシャさんへの憧れが残っているような感じ。
しかし映画のアルは活発な少年でしたねー。

サエナのアルへの言葉。ちょっときつめに聞こえるかもしれないけど、
「その人はその人だけだから、他にその人はいないんだ」と、当たり前のこと。
別に「ハイデリヒ=アル」がとてつもなく嫌だからという理由で反論しているわけじゃないと思います。

もうちょっとハイデリヒとアルの会話が欲しかったなぁ。
あ、別にケンカしてるわけじゃないですよ(笑)。

ノーアは、もう旅に出ていると思います。その辺も出したかったんですが長くなりますので…。
エドとアルと目的は違うので、多分…いないかと。

ロケットは兵器とあまり変わりない。
ちょっと、ロケットへの思いが強すぎたハイデリヒ。
そういや、V2ロケットは、オーベルト氏が作った(?)らしいですね。

続き

2006.11.12

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