未来への約束
1923年、夏。 ――――突然、目が覚めることがある。 「………ん」 それから目を閉じても眠れなくて。 暫くベッドの上でごろごろと転がった後、結局起きてリビングで時間をつぶす。 深夜の空気。 夏とはいえ、深夜は肌寒い。 ストールを肩にかけて、紅茶を一口、飲んだ。 「……ふー…」 通りからはたまに車の通る音。 ナトリウム灯がちらちら揺れながら建物を頼りなく照らしていた。 「あれ?」 「アル!…なんだ、やっぱり起きてたんだ」 声に気がつき、振り向くとアルフォンスの姿。「やっぱり」の言葉通り、『作業をしている』といった服装。 「サエナこそ何してるの、こんな所で」 「えー…なんか目が覚めちゃって。気分転換中〜」 「ヘンな夢でも見た?」 「んー…どうかな」 「けほ…」 軽く咳き込みながら、飲み物を持ってきて。 「ぼく、部屋に戻るけど…」 「うん、灯りは私消すから…。頑張ってね」 『頑張って』それはこれから寝る人へ言う言葉ではない。…ロケットのことだ。サエナはそれを止めはしなかった。 アルフォンスはそうされることを望んでいない…から。 「…サエナは?もう寝る?」 「んー…もうちょっとここにいようかな…ま、寝られないからだけどね」 「じゃあ、来る?ここにいても寒いだけだろ。最初のときみたいにさ、ロケットのこと、教えてあげるから」 「いいの?忙しいんじゃない?」 カーニバルの準備があるから。 「いいよ」 「じゃあ、行くっ」 アルフォンスのロケット開発はあれからかなり進んでいた。 図面も精密に出来ていたし、借りてきた本も山積みになっている。 話しながら作業をするアルフォンス。時たま、胸を押さえながらしているから、見ていられない。 …でも、じっと見つめていた。 「……と、そろそろ終わりにしようかな」 軽く伸びをして時計に目をやる。 腕のバンドを外し、捲くっていた袖を下ろした。 「アル」 「うん?」 「――――身体、痛い?」 「…………」 「少し、ね。いや……少しなんてウソかな」 間の後、アルフォンスはそう答えた。 「…でも、もう平気さ。ぼくは……多分昔と違うから。…今はさ、カーニバルのことで頭がいっぱいだよ」 笑って言う。 ――――ぎゅっ。 「温めてあげる…」 「……ん」 「アルの心が寒くならないように、キミは一人じゃないから。…きっと、エドだってね、わかってくれるよ。カーニバルになれば」 エドワードは少し前から研究から殆ど手を引いた形になっていた。話しかければ確かに『エドワード』なのだが、遠くを見ていることが多くなった。 時々、そのエドワードの顔を見て、アルフォンスは胸が締め付けられるような感覚に陥る。 「…ごめん…サエナ」 自分の目線の辺りにある栗色の髪。それを撫でて。 「…じゃ、お休み。アル」 「っ…」 抱きしめられていた体が離れると、突然寒くなる。 手が離れ、扉に向かうその背を……抱きとめた。 「ア…ル?」 「もう少し、いて」 「いいよ」 くすくすと笑い、背中に感じるぬくもりに身体を預けた。 二人で寝るには少し狭いベッド。 アルフォンスは、静かにそこに押し倒す。 「ん、寒くない…?ちゃんと着なきゃダメだよ」 「うん…。って本当はぼくが言う台詞のような…」 「私は寒くないよー…」 そう言って、腕を絡めてくる。 「ほら、アルはあったかい…」 「………」 「……っ」 目の前に、アルフォンスの蒼い目。 見ていると、段々その視界が歪んできた。 「何で泣くの…」 「なんでもないよー……」 「…ぼくは…泣いて欲しくないのに」 「でも、泣かせてくれるのはアルでしょ…?……」 出来るだけアルフォンスに触れるように、身体を摺り寄せてくる。それを受け止めて、腕をぎこちなく回す。 「ど、どうしたの?」 「…側にいたいだけ…」 なんとなく最近眠れない。 深夜ふと目が覚める。それはエドワードとアルフォンスのこの『微妙な空気』も…関係しているのかもしれない。 そして、アルフォンスの病気と未来。…自分のこれから。 「いいよ」 「……私、アルの赤ちゃんほしい」 「っ!?は…?いきなり何言って…」 「それで、みんなで暮らして……さ。その頃には…きっとこんなヘンな争いもなくなってるよ」 「ダメ、それは…ダメだよ」 肩を掴んで、顔を引き剥がして…目を見る。 「…なんで?」 「なんでじゃないよ。……サエナが大変になるんだから」 「………」 「分かってるでしょ。ぼくは…その子が大きくなるまでいられない…。顔だって覚えてもらえないよ、きっと」 「一緒に暮らしていくことは考えない…?」 「考えても、現実的には…ムリだよ」 「それでも…それでも欲しい……アルは?」 「サエナとの子なら欲しいよ…。いつか君が話した未来、そうだったらって、いくら思ったか」 普通に、普通の人なら…考えられることなのに。 ぼくらにとっては『夢物語』になるのは何でなんだろう…? 「…いくら…」 君を傷つけても、そうしたいって、思ったこともある。……――――けど。 「アルのロケット…その子に見せてあげるんだ…」 「ああ…。ごめん、ごめんねサエナ…」 ぽろぽろ零れて来る涙を、拭ってやって抱きしめる。 「アル…泣いてるの?」 「泣いてるのはサエナだよ…」 「――――なんでかな、楽しいことなのに。…バカみたいだね…楽しいこと考えて何で泣いてるんだろ…」 未来を語りたかった。 『そうなれば』って思っていた。例え、そうならなくても、この三人での生活がずっと続けばいいって思っていた。 …ねえ、だって『この世界に』置いていけないものがたくさん出来れば、…病気に勝てる気がするでしょ…? 計算的だって言われても構わない。なんでもいい。とにかく…迫ってくる『本当の未来』が怖いんだ…。 難しいことなんて何でもいい、どうでもいい。ねえ。…なんで、一緒にいられないのかなぁ…? 泣いていることを悟らないように必死で震える肩を止めようとしている。栗色の髪はうまい具合に横顔を隠した。 「…」 その肩を抱きしめながら。 「…じゃあ、ロケット見せた後は…イタリアに連れて行ってもらおうかな…?そうだ、その頃には…もうちょっと治安も安定して…簡単に向こうに行けるよね」 「ん…」 「………」 今になって、一緒に暮らさなきゃよかったのかも…と思っている自分がいる。 そうだ、出来た筈。 …リビングを共有しなければ、一緒に食事をしなければ…あの夜、話を聞かなければ……。 でも、ぼくはそれは嫌だ、そんなの想像できない。 けど。でも、ぼくの未来のために何故君が泣かなきゃならない? だったら、いっそのこと…。って思うんだ…。 過ぎてしまったことをどうこう言っても仕方ないのは分かっている。 …じゃあ、ぼくが出来ることを、出来るだけのことをやって………。 「…ねえ、サエナ…」 その栗色の前髪を指で梳きながら。 「うん?」 呼びかけられるとふっと顔を上げる。 「…その前に。カーニバル終わったら……――――け」 「毛?髪の毛?」 アルフォンスに触られているままのその前髪を見て。 「っ…。…そ、そうじゃないって!……あの。け、…っこん…式しようか」 しどろもどろに言った言葉に今度は赤くなるのはサエナ。 「え…?も、もう……やったでしょ?似たようなのは…」 何を答えていいか分からず、妙な台詞を吐く。 「似たようなの…じゃなくてさ!」 「……サエナ」 それから、少し落ち着いたアルフォンスが仕切り直しのように声を落ち着かせて言う。 「…ちゃんと、ちゃんと、サエナに白いドレス着せなきゃ。……ぼくが嫌だ」 「っ…」 「カサブランカ、グレイシアさんに持ってきてもらって…。サエナ、きっと…。か、かっ……か、わいい…から」 「あー、今『かわいい』で戸惑った?」 「え」 「…ふーんだ、どうせ私はかわいくないから、ドレスの方がきれいだって言うんでしょ!」 「ちょっ…違うって…!」 「あはは、冗談だよ。………――――楽しみにしてる…」 「…うん」 腕を首に廻して、金髪と栗色の髪が混ざるまで近くに来て。 「…アル」 「ん?」 「大好き」 「………ん…ぼくも」 |
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サエナの爆弾発言(50題再び、か?)は国民性(ウソー)。 愛して、歌って、…食っているらしい。イタリア人。 そして家庭が好き。 話の殆どは随分前から書いていたやつでした。 なんだかなあ、と思って今まで封印してましたのです。 …甘くも何ともないですかね? ただ、ベッドでごろごろしているだけってか(えー)。 書いている私が恥ずかしくって、いろいろ付け加えたら…結局いつもの重い話に。 『大事なものがたくさん出来たら、病気にだって勝てる気がする』 こう考えること、計算高いようでそうじゃないと思います。誰だって思うんじゃないでしょうか…? 上記のことについて付け加え。見たい人は、 ここから反転↓ ちなみに私は… 『私が買った肌着ならきっと着てくれるから、これが終わるまでは絶対生きていてくれる』 …と、肌着を買いまくっていた時期がありました。 実際買ってくると喜んでくれるんです。 まあ、結局未開封のまま余ってしまって…親戚に配られましたが。 そういうことって考えてしまうんですよね…。 何かに縋ると言うか…。 先日、「二次創作と言えど、こういう重さはちゃんとやりたかった(長編、サエナが死ぬ所) でも、見ている人はどうだったかね…?」 …と友達に言ったら、 「物語は虚構だったりファンタジーだったりするけど、 ウソ書いちゃいけないとこってあると思う。感情とか、感覚とか」 と来て、やったことは間違ってなかったなと思いました。 ↑ここまで。 『計算だ』…とそれを考えたとしても、サエナのは…本当にみんなで暮らしたかっただけなんです。 計算高いと言われるほど彼女は頭がよくありません。 戦争がなければ、病気がなければ、叶うことなのになと。 アルは…17歳にしては大人過ぎてますが、まあ、彼、昔の人なので(オイ)。 いろいろな経験をして、思って、映画であんなに大人になってしまったんでしょう。 『例えもう命が尽きるとしても』17歳には簡単に言えない台詞です。 ここまで来るには相当葛藤があった筈。 それを支えていたのが………「―――」だったらいいなあ(何ィ) ↑そこまでは恐れ多くて言えないらしい(笑)。 背負うものは『重さ』 物理的なものじゃなくて。 イメージ的に挿絵(?) そして『夢物語』 2006.03.11 TOP |