第9話:寒い夜―
――――冷たい空気。町の灯りが心なしかいつもよりぼやけて見える。 暖かい窓辺の色たちはきっと手の届かない昔、自分が求めていたものだと思う。と、微笑んだ。 そう、笑えるようになった。 それから自分の横で揺れる金の髪を視界に入れて、ふ、とまた笑った。 ――感心するよ。よくあんなことされて…あそこまで言われてついてくるもんだ。 付き合ってくれと、断られる事を承知で言ってみたら、笑って『いいですよ』と。 「(ただ、鈍感なだけなのか?本当に馬鹿なのか?)」 なんにせよ、 「(僕の過去にも何にもズケズケと入ってきやがって)」 ぱさ。 「あ!…ロクス?」 蒼い目がロクスを見上げた。頭からかぶらされた法衣を落とさないように手で押さえながら。 「カゼ、ひいちゃいますよ?私が寒くないことくらい知っているのに」 「君の格好を見てるこっちの身にもなって欲しいな」 「じゃあ、今度からローブ着てきますね」 「……いや、そのままでいいよ。君があまり長いのを着てたら飛べないやらぎゃあぎゃあうるさそうだしな」 「もう!なんですかそれっ」」 くすくすと笑う声。それから法衣を引きずらないように裾を少しつまんで弾むように走って。 「少し、お話でもしましょうか?」と、微笑んで振り向いた。 消え入りそうな笑顔――を浮かべている。いつだって見せている、『本当』とは言えない笑顔。だが、それを見て他の勇者は『笑っている』とだけ思うのだろうか。 「君には、迷惑かけたな」 噴水の縁に腰掛けて、エスナを見上げた。夜の闇にぼうっと浮かぶ白い翼。勇者にしか目で捉える事のできないその光、姿はとても、綺麗で優しいものだとロクスは感じた。 「…………」 首を横に振る。『そんなことない』と言う顔。 「どのへんが迷惑だとか…わかんないです」 「バカを言うな」 「そ、ですか…?」 「そんな奴いるか。僕はそう言うのは嫌いだ。迷惑なら迷惑と言って欲しいよ」 「ん〜……私も随分甘えてましたから。お互い様?」 肩を竦ませて笑う。 「…なんだそれは」 苦笑するロクスを見ながら、一つ、疑問をぶつけた。 「…ロクス、まだ手の事嫌いですか?私は好きなんですけども」 「ふん、またそれか」 「あ、その力が初めてわかった時の事、教えてくれますか? !ああ、ちなみに私の魔法は生まれつきですよ」 「だろうな。……まぁ、僕のも生まれつきだと言っていいだろうな」 「じゃあ仲間ですね」 ぱん、と手を叩いて。 「ほらほら、仲間の私になら教えてくれますか…?」 「! そう来たか。はは、……仔犬だよ」 「……」 「飼っていた犬が馬車にひかれて…。許せなかった。ここで終わる命なのか、お前は何の為に生まれてきたんだってな………」
黙って聞いていた。身を包む法衣を、言葉の代わりに撫でる。 言葉の端々に出る優しさ、辛さ。教会への……両親までもの怒りを通り越した諦めのようなもの。 「あとは君が勝手に想像した通りだよ、多分」 「え?」 「勝手に想像してたんだろ?」 「……そうかもしれません…」 苛立ちと、寂しさと。今まで悩んだこと全部。 「こんな力…両親まで恨んだ時ももあったさ。今となっては随分と昔の話だけどね。…そう、普通の人なのにって」 「(ほら、やっぱり)」 エスナはの表情が少し緩む。 「それとも1000年前の何とかか?…ふん、なんにせよ『僕の』力じゃない…。どうして僕なんかに…笑わせるよ」 法衣をくっとにぎって。 「! 私、エリアス様のことなんてわかりませんっ!それこそお会いした事なんてないんですから!全く知らないんですよ!?」 「……」 「ロクスはロクスだと思いますから。その手の力も優しさだと思うんです。仔犬の命が終わりそうで許せないって思ったこと…」 「気持ちの悪いこと言うなよ」 苦笑して曖昧にしようとしている顔だ、だから。 「いいえッ!!」 思い切り詰め寄って。 「!」 「ロクスがもし、あなたが言うような人だったら、お金や名誉のためにその力使ってる!きっと見た目だけいい人になって、もう、ロクスじゃなくなっていたかもしれない」 「……」 「でも…ロクスはその為には使わなかった。バカバカしいって…思ってくれた」 「何ムキになってるんだ。それでバカみたいに遊んでいたと?それじゃあ子供と変わらない」 「…否定はしません。…でも、遊んでいたのだって本気じゃない」 「どうだかね」 「…本気だったらイライラしないでしょう?……ロクスのそういう怒りは、……とても…悪くないと」 「……」 「小さい時のロクスが…、きっと頑張っていたんだって。思うんです」 「……」 「それに、私にその力使って励ましてくれた…聖都が陥落して辛いのはロクスだったのに!」 個人的なことになってる気がする。きっと言わなくていいことまで言っている。でも吐き出し始めた言葉は止まらない。 「……。頭でも打ったのか?」 笑って立ち上がって、エスナの肩に手を置く。それはいつも自分が羽織っている法衣だ。滑らかな布地できらびやかな刺繍の。教皇の証。 「力の事で悩める人だからッ……だから、その力は紛れもなく、ロクスの物なんです…!そういう名前の力じゃなくて、ロクス「の」なんです!…今この世界を端から端まで探してもあなたしかいないんです…!」 「……ホントにバカだな、君は…」 自分でももう、どうでもいいって思っていた事だった。 いや、もしかしたら心の奥では誰かに聞いて…わかってほしかったのかもしれない。 誰に話しても分かってくれない事を、分かって欲しかった。 「!…な、何か言いました?」 「…はは。なんでもないよ。…………――――っ……雪だ…」 闇から、白い光が舞い降りてきた。 不規則に降りてくる白。天界にはないモノなのに天上から降りてくる。 「通りで寒い筈だな。宿に戻るか?」 「あ……」 言葉が聞えていない風に上を見上げて。 顔を上げ、肩が動いたその反動で法衣がずれそうになる。それを、く、と握って。抱きしめて。 ――――そうだ。「(エスナは…)」 雪を見ると途端に懐かしそうな顔をする。それから泣きそうになる…実際涙は見たことがないが。 空を、雪を見上げたまま。 「怖かったんです…。一人の宮殿を思い出すのが……」 「?」 それから視線を戻して微笑む。 「あのですね。雪が降ってるときって…誰かが側にいてくれるんです!それで、お話を聞かせてくれたりしてー。…って昔、レミエル様から聞いてたんです」 「……」 「…だから、私、雪がうらやましくて…天界にも降らないかなってずっと思ってた…。地上に降りて、何度か見て。その時に居てくれて」 雪に手を差し伸べる。舞い降りた小さな白は、天使である身体の体温では溶けず、残っていた。 「君は…」 「私…誰かに。……もし、私が生まれた時に降……」 それからの言葉は小さくなってロクスには聞き取れなかった。 だが、多分、分かる気がする。 「……………」
「(おい…なんて事だ)」 いつからから気が付いていた自分の気持ち。 でも、それを認めるのが怖かった。天使はきっと翼を捨てないから。 きっと、この戦いが終わったら、『また、会いましょう?』とかなんとか言って空に消えて…もう戻って来やしない。手に入れたものが消えるのは嫌だった。 「(でも、そんなこと僕には…)」 ばさり、何か音がした。思わず音の正体を確かめるように目線を落とすと、闇に溶ける色の紫色。物理的な寒暖を感じない天使はそれが消えた事で寒い、と思う事はなかったが、次に訪れたのは確かに温かいと感じる。腕。 「!?………ロク…? ス」 「エスナ…君が僕の傍に居るんだ」 腕の中が温かい。エスナの息遣いまで伝わってくる。 「私が…ロクスの…?」 「君も同じか?」 何が同じだって?気持ちが?過去が? 「私…ロクスのホントの笑顔が見たくて。……イライラしてるの…少しでもとってあげたくて。怒っているの、本当は悪い意味じゃないって事…わかってほしくて」 「…」 「でも、ホントは…私が寂しかっただけなのかもしれない…。ただ、押し付けていただけだったのかもしれない…」 「……それでもいいよ」 「…一人でいる時間がずっと長くて…。こうしてもらいたかった…」 「ずっとしててやるよ。僕に縫いとめてやる…。雪をそんな風に望まなくてもいいようにしてやるよ…」 耳に届く、少し低い声。吐息と共に囁かれる声に、ふるりと震えた。 「ん…」 「………ありがとう…。ロクス。……もう…大丈夫です…もう、怖くありません」 幸せだという様に、笑う事を覚えたのだろうか。先程までの儚そうな、消えそうな笑顔ではない。笑えるようになった。 ……雪のせいじゃないと思う。目の前がぼやけて霞んで見えるのは。 ―――この前思った事、…やめようと思う。 初めからないより失うほうが怖いに決まっているのは確か。それでも、「こうにならなければよかった」って思うのは間違っているよね? 会えたから、悩むこともあるし、陽が差すこともある―――。 「ねえ、ロクス……これからは、全部終わったら…笑って過ごせる時が来ればいいですね」 頭に置かれた手の重みが心地良くて。
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告白の勢いですな。…本当の笑顔ってなんだろう…です。 癒しの手での答えを出してみました。 雪が好きです。ホントに好き〜〜。絶対毎年雪の上で寝っ転がって星空を見ます(笑)。 だからこのイベントは好きでした〜(雪だからか!?)。でも随分なんだかよくわかんないのになってますね……。はあ。 過去の話と、手をとって…にかぶらせました。 もう、なんだかコレだけだと矛盾すぎかも。 NEXT TOP |