第12話:手をとって…―



「おはようございまーすッ!!」

 いつものように窓から現れる。
「…お前っ…こんな朝早くから…何の用だ」
 言いながらこめかみを押さえた。
 今起きたばかり。着替えたばかりである。

「ロクス、気分でも悪いですか?もう、夜更かしばかりしてるからです!」
 悪いわ!と叫びたくなった。
「……だいたい、どうして朝からそんなに元気でいられるんだ?」
「ええと。夜、遅かったんです。クライヴのとこ、行ってて…」
 ロクスは大げさにため息をついた。
「人のこと言えないじゃないか」
 それにどうして夜遅いとテンション高いんだ?
「すみません。…でも、今日は目的地に行く予定ですよね。だから…早く来ないとって…」
「仕方なく君の任務に付き合っている僕の身にもなって欲しいね」
 『仕方なく』を強調。
「はい。…すみません」
「……。ま、いい。準備が終わったらとっとと行くぞ。終わったら遊びに行きたいからな」
 少し、伸びをしてから、壁にかけてある法衣に手を伸ばした。
「はい!お願いします」

「…それで、エスナ」
「………」
「………。おい?」
 背を向けたまま話し掛けたはいいが、名前を呼んでも返事がない。振り向くと。


「ってェ…」
 いままでロクスが寝ていたベッドに腰掛け、こくこく、と。
「船漕いでる場合か…」
 起こそうと肩に手をかけると、寄りかかってきた。
「――おい!」
 熟睡。
「ったく。…『行きましょう』って言ったのは誰だよ」
 そこまで言って、はたと気が付く。もしかして。
「テンション高かったのはただの寝不足か。遅かったんじゃなくて徹夜の間違いだな」

 そういえば聞いたことがある。
 霊体なのになぜ休息が必要なのか。それは魔力の回復と、このアルカヤには天界の力とやらがごく小さくしか届かない為だと。それにより、動きがかなり制限されていると言う事を。

 だが、ここで天使の事がわかったからと言って今現在、何の解決にもならない。仕方なくそのままベッドに横にさせ、法衣を羽織った。
「さて、邪魔者はいなくなったし…遊びにでも行くか。ま、天使が寝てるんだから仕方ないだろ」
 とかなんとか理由をつけて。


「…………だ…」
 部屋を出る直前だった。呼び止められるような声。
「なんだ、起きてるのか?」
 振り向いたが、恐らくそうではなかった。
 近づき、めくれたブランケットを直してやると、その手を握ってくる。
 ロクスだから――。ではない思う(寝てるのだから)。でも、誰かに縋っていたいというように、手を取った。
「……なんだっていうんだよ…」



 ――――闇の中、小さな明かりが見える。
 自分の、心の奥底の。

 陰口には慣れていた。自分を悪く言う上級天使たち。
 あの子はこうだ、ああだと勝手に、都合のいいように『エスナ』が造られる。

「ガブリエル様!私、今日ね…っ!!」
「ごめんなさいエスナ。少し待っていて。…いい子にしていなさいね」
 ガブリエルは優しくそう言って、頭に手を置くと直ぐにいなくなってしまう。
「…はい…」
 天界を代表する大天使なのだから自分一人を構えないのは仕方ないのだけれど。
「私の…お母さんは…誰?」


 親となる人物。
 実際、霊体の天使には人が言うような「親」など存在しないのだが、神の炎により「誕生」した時にそれを見守ってくれたものが「親」代わりになる。
 エスナにはそれがいなかった。
 もちろんそんなことは殆どない。だから異端児扱いだった。それだから大天使が引き取ることになったのだが。

「…でも………」
 大天使は名をつけ、面倒も見てくれた。だが、一人の時間の方が遙かに長かった。だから本や聞いた話が回りの世界を教えてくれた。
「レミエル様、『雪』ってなぁに?」
 それはね、エスナ。と、優しく教えてくれた大天使。

「…地上に降りて、こんなきれいなものがある地上を守護できるように…!なりたい」

 それでも上級天使たちから見れば「大天使のお気に入り」に映り、陰口は絶えなかった。
 だから、前回・今回の任務も反対の声は少なくなかった。


「ねえ。ホントは…誰かに…」
 と、夢の中の幼いエスナは手を上に伸ばした。

 ――誰かに、この手をとって欲しいと。




「…君が悪いんだぞ」
 握られている手をそのまま、ベッドに押さえつける。
「こんなに無防備にしてるから」
 どうして、こんなことをしてるんだろう…。どこか、子供みたいで放っておけなくて。
 自分と、何処か…

 ――――似ているんだ―――ー

「ん………」
 眉をひそめる。嫌な夢でもみているように。
「誰か…」
「………ちっ、つまんないな」

 ロクスが手を離すのと同時くらいに目を覚ました。
「……あ…夢?」
「勝手に寝るな。……なんだよ、行くんじゃないのか?」
「ロクス……私は…」
 自分の手が少し違和感を感じる。とくん、と身の内が震える。熱を感じるわけでもないが、きっとこれが温かいというのだろう。
「…………」
 それを握り締めて。

 そうだ、自分は今、一人じゃなかった。
 大切な地上を守護してる身だった。
「…はい!行きましょう。ロクス」




ま〜た好き勝手にやってますね。
夢オチか!!…ってなわけで過去第1弾(謎)。どこかで次はロクスの過去ですね。
っていうか過去ものはもうやってしまってるので(短編で)くどいようでアレですが(汗)。

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