3:命の石



 宴のような騒ぎはまだ続いていた。
 心地良い気温に、久しぶりの満足のいく食事。

 ああ、この光景は知っている。
 可愛いあの子が生まれた時、そういえば。



「………。妙な気分は治ったのか?」
 建物から突き出たテラスのような場所には二本の大きな白い柱が建っていた。そこに腕を組みながら寄りかかっているのは金の髪の弓騎士。
「っ!? あれ…どうしたの?」
「…あちらがあまりにも騒々しくてな。バカが付くほどの騒ぎだぜ」
「あは。良い事じゃない。宴会は苦手?あ、前もそうじゃなかった?」
「時と場合によるな、それは」
「でも!ちゃんと食べて休んでよね、ここ出たらまた大変なんだから」
「言われなくとも」
「……で、ジョルジュは散歩?あっちが騒がしいってだけ?」
「ああ、…悪いとは思ったが、少し出歩かせてもらった。まさか先客が居るとは思わなかったがな」
「廊下、寒かったでしょ」
「…外と比べたらなんのことはないさ」

「……」
「不思議なもんだな、ここは建物の中ではない筈だが?…これも魔道なのか」
「……。ここ居るとね」
 振り向いた時のままの首を戻し、向こう、今は真っ暗なあちらを見つめる。
 テラスには魔道の力で灯した灯りと、エスナ自身が手の内で灯りを作り出している事もあって、その暗さは余計に際立ち、何も見えない。
「そういえば兄様が来てくれたなーって。私は…いつまで経っても……」
 緩やかな風に細かな装飾が施されたウィンプルと、それに入りきらない長い髪がふわふわと揺れる。
 手摺と身体に挟まるようにして立てかけられているのは魔道の杖。それは今まで見たことがなかった物。髪と同じ色の深い緑色の石に金銀で装飾された身体。刻まれた文様は呪文。
「(兄様…?)」
 言えないのか、それとも自分でも分からないのか、先程からエスナはジョルジュの問いに何一つ答えていない。
 だから、くいと眉を上げたが言葉では先を促さなかった。


「………」
 離れていても分かる。頭が下がり、肩が縮こまった。
 ジョルジュは柱から身体を離し、ゆっくりと近付いてそのテラスの手摺に腕を預ける。
「…あのね」
 隣りに来た気配を感じて、そちらを見るような仕草を見せた。ゆっくりと。だが、目を上げない。
「…?」
「どうせ言わなきゃいけない事なんだから、…でもやっぱり、ちょっといきなりは」
「…俺に話しても意味はない、か?」
「! そ、そうじゃなくて! むしろ…ジョルジュなら、私。…は!いや、そのっ…!」
 そう言われるとは思わなかった、と。エスナはその勢いのまま顔をばっと上げた。

「……」
「っ! あ、ジョル…!」

 胸元の手には、銀色のチェーンに雨上がりの雫のような幾つかの珠。それは明かりを灯す為に光を帯びていた。
 近い距離で見える瞳の奥は竜を思わせる細い瞳孔。それは今まで以上に「変わっている瞳」だった。

「……。 で?」
「え! で、って?えー…」
 まさか聞かれるとは思わなかった!とエスナの目は困惑の色を浮かべながら泳ぐ。それからジョルジュは息を大げさに吐くと、その頭部を覆うウィンプルを掴み、ばさりと後ろに。髪は後ろで一本にまとめられていたのだが、関係なく、風に髪が舞う。
「ひゃ ―――っ!」
 条件反射か、両頬の横を、耳を両手で覆う……が、突然の事でそれは失敗した。
 そこには、竜族を現す特徴的な耳。そうだ、いつもは被り物などしていない。

「!!!」
「……へえ」
「っ?」
「なんだ、秘密にしてたのはこれか?」
「へ?…う、ええ!?」
「情けない声出してるなよ。竜族なんて珍しくないだろうが。…ま、あのチェイニーやガトー司祭も同じだってのには少しばかり驚いたがな。……なら、お前がそうでも今更驚かないぜ」
「え、なんか…その、いきなり気持ち悪いとか…ないの?」
「別に。思われたいのか?」
 目を閉じ、息をつく。
「…そうやって壁作るからだろ。いきなり何が変わったんだ? ま、ここで性格が変わっていたら驚いちまうがな…。そうじゃないんだろ?」
 は、と笑い。
 耳を、髪を乱暴に押さえたから、金色の髪飾りは斜めにずれてしまっていた。ジョルジュはそれに手を伸ばし、やれやれと言わんばかりに直してやる。
 金色に赤い石、そういえば見たことがある。
「全く、勝手にそうだと思い込むなよ」
「……っ」

 逆に、と、ジョルジュは思った。
 治癒のみとはいえ魔道の力の強さの正体が分かった事、それを一番最初に知ったのは自分だと言う事。それに「意味はないか」と言った時のエスナの反応。
 悪くなかった、と。苦笑してしまう。

「……。良かった」
「あん?」
「…変に思われなくて」
「……」
「ああこれね!私の竜石。すごくちっちゃくなっちゃってもう竜には戻れないんだけど」
 手に載せたその小さな珠たちに、ふぅん、とジョルジュはなんの戸惑いもなく自然に手を伸ばし、それを拾い上げた。かつ、かつんと小さく音が鳴る。
「…随分と騒がしいのな。こういうものは1つだけなのかと思っていたが」
「……! ちょっと細かくなっちゃったんだってばっ!ホントは1つ!」
 確かにジョルジュが言う通りだ。竜石はいくつもの小さな石になってしまっている。そうして1つも無くさず身に着けられるよう華奢なチェーンに括られ、加工されていた。
 「このくらい!」とエスナは指先でこぶし大程度の円を描く。
「へえ」
「ほら、私から離れて随分経つし、あと傷も結構あってね。保たれなかったんだと思う。これだって全部くっつけたって元の大きさには全然ならないよ」
 いまだジョルジュの手にあるその連なる石を眺め。
「あは、…それでも全部無くならなかったのはチェイニー兄様がちゃんと保管しててくれたから」
「…「兄様」…って事は神竜か?」
「あ、うん。私も兄様と同じ。って言ってもホントのきょうだいじゃないけどね」
「…ふぅん」
「チェイニー兄様は自分の意思で竜石と関り切ったって言ってたから、多分耳とか…外見が人と変わらないんだと思う。…私の竜石はこの通りまだ残ってるから、こう、なったんだと思うんだけど。ああ、今まで普通だったのは正体を隠す意味での一種の封印じゃないのか、って。…オームの杖使う時にガトー様が一緒にかけてくれたのかな」
 意識せず、耳に触れる。先に付いた銀の飾りがちゃり、と鳴った。

「なら、こいつは神竜石、ってやつなんだろ」
「ん」
 魔道の灯りが幾つか灯されている。空に摘みあげると灯りに反射してきらきらと輝いた。
「へえ、綺麗なもんだな」
 聞かせるわけでもなく、ぽつ、と零した。
 率直な意見だ。ジョルジュ自身、宝石の類など興味がない部類であり、何が良いやら悪いやら、など知りもしないが。この竜石と言うものはただ美しいと思った。
 よく見ると竜石とはまた色が違う石も括られている。装飾の為か、それとも環に出来ない程、竜石の数が少ないからなのか。
「! え?…あ、りがと…」
 今までと全く変わらない。その態度にエスナは戸惑いながらも顔が緩んでしまった。そうして、竜族にとっては命と同類の竜石を恐れもなく触れられたという事にも。
 じわりと滲んできた涙を指摘され、笑いながら拭った。
 照れ隠しのように手を頬や耳へと忙しく動かしていたかと思うと、後ろで一つにまとめていた髪を解く。
「……」
 長い髪はジョルジュの眼前まで風に吹かれ流れて。
「…クラウス兄様とも、ここからの景色見たんだ」
「……やはりな、あれもか」
「うん。…吃驚した?」
「いや」


 それから、ここまでの道程の話、これからの事の話など、幾つかの話をした。
 話の途中でジョルジュから星の欠片であるサジタリスを預かった。エスナはすっかり忘れていてしまったのだが、そうだ、マルスと約束していたのだった。と苦笑しながら受け取った。
 手の中の星のオーブの欠片は、今しがた思い出した昔々の出来事と妙に繋がってしまう。


「ね!ここ出る前にパルティア…、ハマーンの杖使っておいていい!?」
「…好きにしてくれ。…ま、ありがたいが」
「……ん!」
 それから!とエスナは手をぽんと叩いた。
「あ、そうだ!ここって綺麗なお風呂あるんだよね。元々身を清めたりとかの偉そうなのだけど、もう関係ないし。…多分兄様は好きにしなって言うと思うから、マルス様に言って皆に使ってもらおうかな」
「……。はは、いいのか?」
「え、どうせ誰も使ってないんだもん。士気も上がるでしょ。ふふ、ここを出るまでは少し休みたいじゃない?」
「…ああ。一理ある。…だが」
「?」
「その前にお前、自分が竜族だって言う事になるぜ」
 その問いに目を丸く開き、それから笑う。
「大丈夫。みんなを見くびってた。謝らないとね。……だって、こうして聞いてくれる人もいるんだもん。…ただ、自分が混乱してただけ。もう平気」
「ふ、…ならいいさ」
 善人だらけのアリティア軍だ、大丈夫だろう。…と、ジョルジュは息をついた。
 仲間の為ならば、例えその先に罠が待ち受けていようとも立ち向かっていくマルスが率いる軍だ。末端の者たちは違うだろうが、今ここに居る精鋭たちはマルスのやり方に異論を唱える者はいない。

「………」
 慣れた温かい感覚に視線を落すと、そうだろうなとは思ったが、その通りであった。
 触れない距離でかけられる治癒の魔法。ジョルジュは何も口にはせず、それを黙って受けていた。
 流石にこの道のり、疲れていたのだろう。段々と身体の重みが消えていくのを感じながら、ちら、と気が付かれないように目線だけエスナに流す。

 隠し事は下手らしい、と思ったのは先の暗黒戦争の時だった。一生懸命隠していても何かしら仕草にそれが出る。
「(やれやれ、ご苦労なことだな…)」
 目線のやり方、大げさになる仕草。声音―――分かっている。
「(……誘導して聞き出すのは簡単だ。ただ、…無理にとは良しとしないか)」
 何も知らぬのに、耳に優しいだけの無責任で簡単な言葉は掛けられない。
「……」
 く、と目を細めた。


「っ…――――ジョルジュ」
 名を呼んだ。
 突然、何故か口の中からからに渇く。
「……?」
「ありがとう…」
「なんだよ、それは。何に対しての礼だ?分からんと受け取れないぜ」
 目を見て言いたい事を汲み取ろうとするが、分かる筈もない。今知った話が多すぎるのだ。
「ここに来てから、だよ。 …ね!」
「うん?」
「早くオーブが直って、アリティアを取り戻してーパレスを開放して!…アカネイア大陸に平和が戻るといいね」
「…ああ、その為に戦っているんだ。そうなってもらわねば困るな…」
「ふふ、…ん、だね」





漫画では1つの大きな場所を制圧すると宴やってたイメージ。
宴やってたの数回ですけども、そういうことして士気を上げていったのでしょうね。

竜石と関りを経つ=捨てたって事で。
所有してるかしてないかが「捨てる」の境目だとするとクラウスの石が可笑しくなるからー。
エスナの竜石は先の戦いで砕ける寸前だったので、バラバラになってます。
自然に砕けたというより、安定出来る大きさまで細かくなったって感じで。……そう思えや(何)。
やはり竜石は大切なものなので、所有者の意思と関係なく石がなくなったら所有者もダメージ受けるでしょう。
…なので、チェイニーが保護していてくれた…ということです。
ゲームでも「竜石を使いすぎて滅んだ」と言ってましたし。確か(オイ)。

知らない所に行けば探検したくなるし、気になっている人物が妙な感じだったら探しに行くし。
そんな感じでジョルジュは出歩いていたのかな。……漫画でも出歩いてる所多かったし。


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