5:最後の戦とそのはじまり
「私は!兄様たちが戻って来られるまでここを退くわけにはいかない!貴方達が退かないのなら、神竜の名の下、戦います…! ――――そして、どうか…眠って…!」 魔道書を胸に抱く、その手がかたかたと震えている。 「(苦手とか怖いとか言ってらんない!戦に出るつもりでいたんだから!甘えるな…!)」 自分の中に染み付いた魔術を呼び出す。どくん、と身体の中で波打ち、顔をしかめた。 「(竜石、力を貸してね…)」 ぎゅ、と竜石を握り直し、見据える。 「さぁ!!来いっ!!!」 何十という竜たち。 中には神竜の血を感じ、恐れと忠誠から退いた者も在ったようだったが、殆どの竜はそれが分からず攻撃を仕掛けてきた。 「く、ぁ…!」 後ろ手でチキの部屋への防御の魔法を。そして、もう片方で攻撃の魔法を。 属性が違う事、そして元々攻撃の魔法は得手ではない事(長い年月の中で出来るようにはなったが、それでもクラウスから見れば「まがい物」程度の攻撃魔法)。 いくつかの理由が重なってどんどん追い込まれてゆく。 どん、 背に扉が当たった。 「はっ!? あ…ッ」 目が霞む、気が付くと床に突っ伏していた。 「あ れ」 ぱりぱりと空気が凍る音が耳に届く。床のモザイクが氷の白のヴェールを敷いた様にこちらへと向ってくる。 起き上がろうと手を床に付くと、その手までが薄い氷が覆ってきた。華のような雪の結晶がまるで飾り立てるように。 「痛っ!!あ……ぁ!」 自分の髪はこんなにも白かったのか、とこんな時にどうでもいいことを考えてしまう。氷の粒と、結晶と。 「わ、…私は…まだ…っ!…チキっ…!」 攻撃の波動を感じ、思わず目を閉じてしまう。 「――――!!」 しかし、その代わりに、何か倒れる音。小さな氷の塊がこつこつとぶつかって来る。続いて、自分を呼ぶ声。 「エスナっ!!」 「は…?」 その誰かに抱きかかえられる。 「エスナ!?おい!」 「チェ…イニー…兄…さま? …あぁ チキは、 王女は…無事?」 「無事だよ…。でも、どうして、こんな無茶を!?何で竜にならなかった!?」 「だって、そしたら…守りの術使えない…。…あぁ、でも、良かった…、チキ、泣いてない…?」
そっとガラスの箱を撫でる。 「…チキ」 膝を付き、額をその箱につけた。 「あのね、…クラウス兄様、まだ、帰って来ないんだって」 後から聞いた話だが、チェイニーはあの戦いの最中、突然クラウスのワープの術によって神殿に帰されたとの事だった。続きは口にはしなかったが、恐らくは―――――。 「みて…。ほら、今日は…いい日差しが ね……」 内側から見ると透明のような建物の壁から柔らかい光が降り注いでくる。 それはぽかぽかと心地良く暖かい筈だが、何故だろうか、身体の震えが止まらない。 「ねえ、チキ?…いつか、ここから出られ たら 兄様 たちと …いっぱい…、いろん な所を…一緒に… 見――――」 とても眠い時のように、言葉も、目も重い。 かつん、 「それが、…約束 だったん だよ………」 竜石が床に転げ、ころころと転がってゆく。 「あ…りゅ せき…」 それから二、三度瞬きをすると辺りが動いている。 自分が重力で床に引っ張られているからか?と、他人事のようにその滲んだ視界を見つめて。 視界が揺れる、水の中で目を開けているように滲み。ぼんやりと浮かぶ箱に、新緑のような髪。柔らかな日差しに照らされる竜の幼子。 「…――キ……」 薄荷色の髪が床のモザイクに散らばる。 「はぁー……」 チェイニーはエスナをもう一度ベッドに寝かせると息をついた。 「僕はああなる事なんて分かっていたけどね。だから人間となんて喋らなきゃいいって言ったんだ。 ……はぁっ、想像以上にショックだったのか。アンリの事」 髪から頬を撫でる。既に冷たくなっている身体は何も反応を示さない。まるで眠っているかのように、安らかな表情。 胸の前で組んだ手に手を重ね、それからその手に握られた竜石の紐を引っ張ったが、しっかり組まれているおかげでその紐はビクともしない。 「……」 困ったように笑い、ナイフでその紐を断ち切り、竜石をその胸元から取り上げた。 「僕は戦になんて出たくなかったんだよ。奴らは寿命が短いから恩を忘れる。あんなに苦労して造った封印の盾だって壊されたままだ…。神竜族もその宝玉も……」 思い出すように目を閉じ、それからゆっくりと開いた。 思い出の中では確かに三人で笑っていたのに、目を開ければ全くの正反対のものが映る。 にいさま、にいさま、と二人の後をついてくる幼い頃の姿。 大きくなれば少しは離れるのかと思ったけれども、大人の見た目に成長しても、兄様、と付いて来るのは変わらなかった。僕らは、――それが楽しかったんだ。 悠久ともいえる長い年月を共に過ごして。それがこれからも続くと思っていた。 「…――――クラウス、これで良かったのか…?」 手の中のエスナの神竜石は今にも砕けそうな程、幾つかの致命的な傷が見えた。このまま保護をしなければ近い将来、消えてなくなるだろう。 しかし、色は美しいまま。明るい陽のような純白と金の色と。角度によっては薄い紫色の淡い石。 「壊させやしないよ。……ガトーが復活の杖を使うってさ。ただ、まだ安定していないんだ。…だからね、エスナ、次に目を覚ましたら」 チェイニーはそこで一度言葉を止めた。 天井を見上げ、息をついて。 「…全て忘れておいで。竜の血と肉は消えない。 けど……違う生き方もある筈だ」 それから、ベッドの隣りに立てかけてある魔道の杖を取り、チキが居る封印の部屋へと運ぶ。 その近くの台座にエスナの神竜石と魔道の杖を置き、なにやら魔法をかけ、目を伏せた。 「ああ、これを取りに来る事があったら、また兄様って呼んでくれればいいよ」 ひらひらと手を振りながら笑いかける。 「(別れじゃないしね、悲しむなんて間違ってるんだ。生きていればきっとまた会う事もあるさ――――)」 『ね、クラウス。…エスナやチキの能力がもし「攻撃」だったら連れて行く?それこそ、魔道書がなくても術を発動できるくらいだったら』 頭の上で両腕を組み、軽く仰け反りながら一歩後ろを歩くクラウスに問いかけた。 『………。同じ質問ぶつけて悪いけれど…チェイニーはどう? …――――それと同じさ』 質問返しされ、チェイニーは腕を下ろし、今度は歩きながら柱をこんこん、と叩きながら笑った。 『自分で言わないなんてこれまた卑怯だねー』 『…君の中に答えが在るなら卑怯じゃないよ』 『ま、エスナは実は攻撃魔法が苦手以上に嫌いだし、チキだって戦う必要ないもんね。…幸せだねえ、あの二人は。有能な兄が二人もいてさ?』 『そういうこと。…僕らが傍にいてあげられるうちはいいんだよ』 それは確か戦に出る前の晩だった。 長い廊下をぶらぶらと歩きながら、他愛もない会話としてこんな話も出ていた。 それが最後だったなど、この時は誰も想像しなかったが。
――――さて、それから数十年後。 ドルーアとマケドニアの境に突如、幼い兄妹が現れる。 少年は攻撃の魔法。 少女は治癒の魔法。 瞳の奥が、少しばかり人ならざる者の雰囲気を湛えて。 |
ざーっと簡単に神竜の時代でした。 ここから「野望の末路」に繋がる予定です。 8巻から同盟軍を振り回してたクラウスですが…どうでしょう…、 …全く違うじゃねえか! とか(笑)。 クラウスは子供の頃はやはり記憶がないけど、段々思い出していって〜 それなりの年齢になった頃は「どうせエスナもチェイニーもいないんだったら、ドルーア乗っ取ってやれ」 くらいにめちゃくちゃになっているの…かも。 クラウスが何で復活したか…。そりゃクラウスだからです(何、その実も蓋もない言い方)。 ナーガから言われた「きょうだいになれ」を純粋に守っていった結果、みたいな? 復活の杖…つまり、オームの杖の波動みたいなのを追っていったとか、実はクラウスにも杖が使われていたとか。 ……まぁ、その辺はご想像にお任せします。 何がメインなんだか分からない話でしたが、お付き合いくださってありがとうございました。 宜しければ感想など聞かせてもらえると嬉しいです。 感想などございましたらどうぞ『WEB拍手』 『メールフォーム』 TOP |