一人の過ごし方


 二人が出かけて行くと、部屋の温度が下がる。本当に気温が下がっているわけじゃないのだろうけど、それは夏場でも『いい下がり方』ではないから急いで一階に降りる。
 そうすれば仕事――――…というか、やることもあるし、一人じゃない。


「と、…とっ。…シア姉!」
「あら、おはよう。……。なるほど、今日はお店が手伝えません!って意思表示?」
「ああ、これ?違うって。一階の方が干しやすいし、だったらこっちで洗った方がいいでしょ」
 サエナの腕には大きな洗濯籠。全体的に白いものばかりなのはきっとシャツやらブラウスだからか。
 前がうまく見えずにふらふらしながら階段を下りて…店先に顔を出した。
「これ終わったらシア姉んとこ行くよ」
「…終わるのかしら」
「終わるって!」
 何処から沸いてくるのかその自信。
 自信たっぷりにそう返事をし、グレイシアがいつも洗濯をしている水場に駆け込んで行った。
「あ、水道借りるから」
 そう、付け加えて。


 ざばざばざば。
 普通なようなヘタなような手つき。
 時々、「うわ!」と声。自分のスカートにでも水を飛ばしているのだろう…とここまで聞こえる声にグレイシアは苦笑した。それでも、「手伝って」とは言って来ない。
「まぁ、…アル…とエドのだからかしらねえ」





 それから数十分後。
 はたはたはた…。
 風に揺らめく洗濯物。「よっし!これで完了ー」と自画自賛する場面の筈だったが…。
「…?なんか、…おかしく…ない?」
 確かに白くなった…と思う。しかし、何かが……。
 天気がいいからすぐに乾き始める。顔を近づけて…。

「!!」


「ナニコレ!匂い取れてないじゃないー!!!」





「だからやらなくていいよって言ったのに」

 あれから何度か洗い直したが、やはり完璧までとはいかず、そうこうしているうちにアルフォンスが帰ってくる時間になってしまった。
「完璧に敗北…。…こういうのってなんか特殊な洗剤あるんだよね?」
「あるにはあるよ。ほら、前にグレイシアさんの昔のぬいぐるみ洗ったってやつ。…あれとか――――…」
 苦笑して引き出しからビンを出すアルフォンス。それは特殊な洗剤らしい。
「でもさ、…こんなの使ってたら手、荒れるよ。…それに頻繁に使ってると布にもよくないし……ちょっとなら仕方ないかなって思うんだよね、油の匂いはさ」
「………」
「…ありがと、サエナ」
「!……。…ちゃんと出来てから言って。あーあ…」
 すっかり乾いた洗濯物。
 三人分のそれを分けて手渡す。


「明日はもうちょっとキレイになってるかも。アルだってエドだってできるだけ…油の匂いはないほうがいいでしょ」
「そりゃね。…でも、手、荒れない程度にね。絶対手袋は使って」


 一人の時間は気温が下がるから、できるだけ他の事、考えていたいんだよね。
「少しでも、喜んでくれる顔、見られるでしょ?…キレイな方が」

 次の日サエナは手袋装備で洗濯籠に立ち向かっていた。
「さーて、今日は勝利しなきゃ」
 こうすれば、そういう顔を想像していれば…一人でも気温、下がらないから。






洗濯です。
機械油って結構ベタベタで匂いそうですよね。しかもなかなか落ちなそう。
そして彼らはフツーにあのカッコで工場に乗り込んでました。こりゃ洗濯も大変だ。

こんな日常1922年。 洗濯だってするんです、って話。
ちなみに「グレイシアの昔のぬいぐるみ」はこちらです。

一人でいると突然部屋が広く感じて、寒く感じる。
それを感じたくないから、他の事を考える。
些細なことでも喜んでくれたらいいな、って。油の匂い取りに一生懸命になる人(笑)。
なんかどうでもいいことでも、妙にハマると…ハマりませんか?


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