機嫌


「………」
 がちゃ。
「………」
 どんっ。
「「…(汗)」」


「(おい、アルフォンス!)」
 こつん、肘でつつきながらひそひそと。
「(お前、あいつに何かしたのか?)」
「(…!…し、してないですよ!エドワードさんこそ何か言ったんじゃないですか?)」
「(んなわけねえだろ…!……ちょっと待て。いつからだ?こんなに機嫌悪そうなの…)」
 ふーっと二人の視線が移動。
 その先には台所で背を向けたままのサエナ。『怒りのオーラ』のようなものが見える気がする。
「(…まず)」
「(サエナ、昨日図書館に…グレイシアさんに頼まれた本を返しに行きましたよね)」
「(それから、今朝…店先じゃ会わなかったよ…なぁ)」
「(え。…じゃ、じゃあ特に……)」
 理由なんて見つからない?…と言いかけて。

「じゃ…オレ……」
「(はっ!)」
「市庁舎に用があるからっ!じゃな!」
「あ、エドワー………ドさぁ…ん」
 呼び止める間もなくエドワードはコートを引っ掛けて出て行く。「くわ〜…逃げられた!!!」アルフォンスの顔がそう語っていた。

 さて、妙な空気のこのリビング。
「飲まないの?アル」
「え、いや…あの」
 ちなみに、先程の効果音はコップをテーブルに並べた音だ。かなり勢いよく置いていると思われる。
「サエナ、今日、出かける?」
「出かけない」
「そ、そう…」
「………アル、は…どっか行くの?」
「…あ、うん。あのさ。ぼく…これから図書館行って来――――」

「図書…――――ッ。……い…行ってくればっ!!?」

 きーん。
「!??」
 思いっきり大きい声でそう返事して、どすどすと言う足取りで…部屋に戻ってしまった。
 思わず目が点になるアルフォンス。
「…サ、サエナ…?」


 ――――とりあえずこんな日もあったらしい。
 人間、ずっと機嫌がいい訳なんてなくて。


「市庁舎に行く…ってエドワードさん、行く用もないのに、……結局逃げたんだよね…」
 食事の後、アルフォンスはいつもの通りの道を歩いていた。ルートヴィッヒ通りにあるバイエルン州立図書館。決してアパートから近いわけではないのだが、考えながら歩くにはちょうどいい距離だと思っている。
「いや、それにしても…なんでサエナ、…あんなに怒ってるんだろ。…よくわからないな」
 ふうっ、と息をついて。
 気が付いたら図書館は目の前だった。気持ちを切り替えてその建物の中に入っていく。




 こつこつこつこつこつこつ…。
「今頃図書館かな、…エドは市庁舎〜…?何しに行くっての、全く…」
 こつこつこつ…こっつん。
 テーブルに小さく打ちつけていたペン先を止める。この動作はいらいらしている証拠。
「うあー!!!もう!!」
 わしゃわしゃと髪を掻いて、それから手櫛で直して…指に絡まる栗色の髪を見て、はあっとため息。
「…アルに…二人に怒っても仕方ないんだけど、だけど……」
 通りに目を落としてまた息をついた。




 あれから2.3時間経っただろうか。
「…?はっ、はい?」
 本に没頭していたから声をかけられていても暫く気が付かなかったかもしれない。
 そのページがいきなり暗くなったから、それは誰かが影を作ったからで…ようやく顔を上げる。そこにはいつも見かける図書館司書が立っていて。
「ハイデリヒくん、……迎えに来てるけど。女の子」
「…?……ああ、すみません」
 サエナかな、の言葉を飲み込み、本に栞を挟んで立ち上がる。


 一方、図書館の外。
「………」
 ジャケットを両腕に抱きしめるようにして持ち、外壁に寄りかかっている。
「………」
 ――――昨日…と先ほど会った図書館司書は…きれいな金髪で……くやしいが美人だった。
 ちなみにサエナの母はドイツ人で金髪碧眼、背の高いとてもきれいな人だ。しかし、金髪は遺伝しなかったようで、この栗色の髪。
 古代ローマ人なんて金髪にしたくて脱色していたくらいだ。だからと言うわけではないが…サエナにも多少憧れはあった。
「…――――〜ッ…」

「あ」
 悪循環の考えをとりあえず止めるように向こうからの足音。
「う」
 そして、アルフォンスと一緒に歩いてくる司書。二人は顔見知りのようで何かを話しながら歩いてくる。アルフォンスのいつもの柔らかい物腰が今日は余計に優しく見えて…。
「……ん」
 ぎゅ。
 ジャケットを持つ腕に力が入った。


「じゃあハイデリヒくん。…――――さんによろしく」
「は、はぁ…」
「………」
 ギリギリで聞こえた言葉。

「サエナ、迎えに来てくれたの?」
「……ジャケット、…忘れてたでしょ…」
 腕の中のそれを押し付けるように差出し、顔が見えないように俯く。
「これ届けに来ただけ。…シア姉、夕方から冷えるって言ってたから。じゃ…」
「え、ちょ、…ぼくも帰るから!一緒に…」
 くるりと背を向けられたので慌てて腕を引く。本当に帰ろうとしていたらしく、腕には引っ張られるような抵抗がかかった。
「ね、一緒に帰ろうよ」
「………」


 ――――ジャケットを忘れたのは、相当自分でも焦っていたのか。秋も近いのだから、いつ気温が下がってもおかしくない。だから忘れる筈もないのに。
 黙って隣を歩くサエナはずーっと押し黙ったままで。
 …いや、静かなまま歩くのはそう珍しいことじゃない。会話がなくても、そこらを眺めながら散歩することは度々ある。
 しかし、今はその空気と違う。明らかに…『重い』。

「じゃあ…マクシミリアン通りに行くまでに…答えてくれるかな」
「………」
 ぎゅっ。
 見下ろすと腕が両手で掴まれている…が、顔は微妙に怒ったままだ。
「サエナ、…どうかした…?」
 腕を掴んできた所を見ると、「自分に対して怒っているわけではないのだろう」と、アルフォンスは少し安堵し、そう聞いた。
 まあ、怒られる要因も見つからないのだが。
「ね?」

「――――アル…こうしてたら何に見える?」

「は?」
「だからー…」
「………」
「あ。…私、あんなきれいじゃないし」
「は?」
「ホントは年上なのに…そうじゃないみたいだし」
「…へ?」
「…アルは…」
「――――ん、兄妹には見えないと思うよ?」
 そう言いながら苦笑して。
「…っ。…でも、さっきの人、私の…「妹さんによろしく」って言ったでしょっ。アル、それ否定しないし!」
「あんなところでわざわざ否定しても…」
「きれいな人だよね、頭いいし!!」
「ちょ、サエナっ!」
「私…金髪でもないし………あんな、きれいじゃないし…」
「そんなの関係ないよ、――ぼくは…」
「それに!今朝は、アル、違う人に私のこと「イトコだ」って…」
「…?ちょっと、ちょっと待って。それ――――違う」
「え」
「グレイシアさんのことだよ。…それ。サエナとグレイシアさんがイトコだって話」
 今朝、たまたまだが、こんな話を店先でしていた。その時サエナは当事者ではなかった。
 ああ、あの時、話が聞こえる範囲にいたんだな、とアルフォンスは今更になって納得した。

「?………。ね、もしかして…だから今日機嫌悪かったの?」
 ちょっと肩が落ちる。それは「こんなことで?」という思考が入ってだが。
「え、…あ……うん…ごめ…。…だ、だって」
「いや、別にいいけど…そうならそうだって言ってくれればいいのに」
「だって…」
「ぼくがサエナがイトコだなんて言う筈ないよ。言っても意味ないだろ。そんなの」
「…うん……ホントに?」
「?…ああ」


「よかった」


「……え、ホントにそれだけ…だったんだ…」
 腕を掴んだまま、その不機嫌そうな顔が、安心したように緩んでいくのを見て少し気が抜けたアルフォンス。
「…ね、アル。…こうしてたら何に見えるかな」
「………二人で歩いている風に見える」
「む…」
「…ごめん」


 約束のマクシミリアン通りに着くまでは、サエナの機嫌はすっかり直っていた。
「全く、難しいよ」
 困ったように笑うアルフォンスだが、確かに『妹』や『イトコ』は嫌だな、と思っていたのは事実で。
「…こうしてたらって話…」
「ん?」
「…サエナの想像に任せるよ」
「あ、逃げ………――――っ?…」
 思わずその先が固まったのは、髪に、頭に何かを感じたからで。
「ア、アル…?」
 アルフォンスの指の間をふわりと通る髪。
「別に、ぼくは…何色だっていいのに」
 苦笑しながら、撫でる。
「…サエナ」


 少しだけ、少しだけ嫉妬していたかな?というお話。
 こんな日もあって。
 いつも機嫌がいい…なんてありえなくて。



「――――でも、あの人きれいだし、…アル…なんか…た、楽し…そうに話して…」
 くっと眉をひそめて、言葉の最後の方は途切れ途切れに。
 「まただ!」アルフォンスはなんだか泣きたくなった。
「ちょっ…。そんなの関係ないってさっき言ったでしょ。……――――司書の人は本に詳しいから…その話になるとつい。…新しい研究書が入れられることになったって…それ聞いたら、さ」
「…本の話についていけなくて悪かったですねー」
「サエナ…」
「…私」
「あ、あの、ぼくはさ、サエナ……か、かわいいと…お、思う…よ?」
「別にギクシャクしながら褒めて欲しいわけじゃないもん」
「あー………じゃ、さ。………遠回りして帰ろうか?」
 話の流れからして何故そんな言葉が出たのか自分でも分からない。
 でも。
「………うん」
「……(それでいいんだ…。やっぱり難しい…)」
 再度、絡めてきた腕に再びアルフォンスは安堵した。


 そう、秋の空は変わりやすい。





実は挿絵の方が先に出来てました。

無駄に長くなってしまった…。
もっとヤキモチっぽいことさせたかったんですが、書いている人に文才がないので。

某様に「サエナがヤキモチ妬いてふくれてたらいい」って…。
ちょうど書いている最中にそういただいたので「はうわ!見られてる!?」と思ったもんです(笑)。

いつも笑っているわけじゃなくて。
一緒にいるからこそ、気になって。
周りの人がきれいに見えて。
そして落ち込んで…みたいな。

ちなみに古代ローマ人が金髪にあこがれていたのは…本当らしい(笑)。


「〜通り」って好きだったりします。旅行に行くと私は通りの名前で歩く人なので…。
イタリア語の「ヴィア〜(〜通り)」の言葉も好きだったりします。
さて、ルートヴィヒ通りにミュンヘン大学やらがあり…それをマクシミリアン通り向きに歩いてくると市庁舎やら市場です。
逆方向に歩くと…なんとなく(?)住宅街のようです。
彼らの家が何処にあったのか知りませんが…。書き終わってから逆かもと思った。
…あ、市場行ってエド迎えに行ってるのかも。


TOP