酔っ払い


 ――――そう、
 今日は「ちょっと遅くなるから、夕食は二人で食べてて」って言って出かけたんだ。
 ぼくだけの用事だからエドワードさんには先に帰ってもらって。
 そうすればサエナが一人で夕食ってことにならないから、って思ったんだ。
 
 それに、エドワードさんが一人でビアホールに行くと結構呑んでいるみたいだし。出来ればそれも避けたい。



 アパートの2階の部屋。その扉を開けたアルフォンス。
 しかし。

 がちゃ……。――――がばっ!!

 扉を開けた瞬間、思い切り後ろ側に倒れそうになる。
 踏み出す筈だった足は後退し、バランスを失う。とっさに横の壁に手をついて、どうにか倒れないことに成功した彼は、自分を倒そうとしたその正体を確認する。
「――――サ、サエナ?」
「アールー!おっかえりぃ〜!!」

「いよっ!アルフォンス〜!遅かったなぁ!?」
「…エ、ドワードさ…ん?」
 そしてあちら側には妙に上機嫌なエドワード。コップを片手にぶんぶんと手を振っている。

 ふわり、
 首に巻きついている腕。そこからの匂い。

「お酒………呑んだでしょ……」
 さあっと血の気が引く思いがした。
 そんなに匂いがしない筈のビールがここまでしているんだ、かなりの量なのか、それとも他の酒なのか。

 なんにせよ、
 ――――彼の長い夜の幕開けとなった。


 リビングのテーブルにはケタケタと奇妙に笑う二人。はっきり言ってそこらのお化け屋敷より怖い。
 そして、テーブルの上には、何枚かの皿と、…彼らが空けたと思われる酒瓶がいくつか。ビール以外のものもあるようだ。
「うわ、これ、結構高いよ…」
 その内の一本を手にとって息をつく。軽いものからとてつもなく度数が高いものまでゴロゴロ。
「二人とも、笑い上戸なのかな…」
 妙に冷え切って分析してみるアルフォンスだが、このまま二人を放っておいて部屋に戻るわけにもいかない。
 ため息をつき、皿の上のソーセージに手をつけながら、どうしたものかと考える。

「アールフォンス〜……オレの酒が呑めないのかぁ?」
 とくとくとく。
 そこらのコップに、そこらのビールが注がれ差し出される。
「エドワードさん…いいから早く寝て下さいよ」
「何ィ!?……お前、最近ちょっと生意気だぞ!」
「!」
 お?エドワードが自分のことを何て思っているか分かるのか?…とアルフォンスは思わず聞き耳立てる。
「年下のクセに、妙に達観してるしぃ?…背が高くってさぁ……うがー!!!!許せねえ!!!」
「…………」
「お、オレなんてこの年齢になっても………はっ!!!!」
「?」
「はうあああああぁぁぁ…」
 『背が低いこと』を自分で認めてしまって自己嫌悪に陥るエドワード。

「はぁ…」


「…………」
「サエナ?」
 エドワードがダメなら、とりあえずサエナからにしよう。と、部屋に帰す対象を移すアルフォンス。
 いつの間にか、絡んだりケタケタ笑うのはやめて、静かーに……何か呑んでいた。
「ヘレスか…確かに呑みにくい代物じゃないけど……」
 やんわりとそれを取り上げて、サエナの手が届かない所に置く。
「ね、部屋に帰って休もうか」

 ぼろぼろぼろぼろ。
「!??」
 薄荷色の瞳から大粒の涙。…だーっという擬音語がぴったりなくらいとめどなく。
「サ…サエナ?どっか痛いの?」
「アルが…ぁ……っく。エドが仲良くしないからぁ…」
「いや、別にケンカしてないよ!?」
「エドはいっっっつも…っく、……――――しぃ…」
「え。何?」
「あは、あはははは…」
「(そこで笑うなぁぁぁ!!!!)」
「あはは。ねー…アルだって…楽しいよねぇ?」
「………あ、…ああ」
 酔っ払いの言うことだから、真に受けてはいけないのだろうか、とがっくりと肩を落とすアルフォンス。

「いよっし!アル!!錬金術見せてやるからそこでぇ……っと」
「エドワードさっ…!!」
 ぐらーり…。
 がたーんっ!

「…あ…、だ、大丈夫ですかっ!?」
「ア…ル……むにゃ…む……」
 そして床に頭を打ち付けるエドワード。
「あーあ……。って…『アル』か…」
 うまい具合に酔いが回り、…とても気持ちがよさそうだ。
 アルフォンスは「アル」に少し反応して眉をひそめたが、…「今は、仕方ないね」と苦笑。
「……とりあえず、エドワードさんから、か…」



「っ…――――よ…」
「え?サエナ、ちょっと待ってて、エドワードさん、部屋に置いて来るから」
 腕を肩に掛け、エドワードを運ぶ最中、ぼーっと座っているサエナから何か聞こえたような気がした。
 先程のこと(特に意味なく笑い出す)があるから、特に気に留めず、アルフォンスはとりあえずエドワードを置いてくることに専念。


 数分後。

「じゃあ、サエナ、君も――――?…あれ、お腹でも痛い…?」
 テーブルを見つめるようにして俯いている。確かにアルフォンスに気がついているようだが振り向く気配がない。
「…――――よ」
「?」
「…エド、私、…怖いよ」
「ちょっと、サエナ寝ぼけてないで、ぼくはエドワードさんじゃないって」
「………なんで、アルが…」
「!?…ぼく?」

「なんで、アルのこと、分かってあげないの…エド」

「!?…サエ、ナ」
 それは錬金術のことや、『あちら側の話』でやきもきしているアルフォンスを心配する言葉か。
「私だって…ホントは…苦手なんだよ」
「…間違えられること……?」


「――――エドのバカぁ……お酒、苦手だって言ってんのに、…何で呑ませるのぉ……」

 ずるずるずる、こてん。
 そのまま寝入ってしまう。
「…――――っ」
 がく。
 そっちの話かぁぁぁ…!!!
 まじめな話だと思っていたアルフォンスは、があっくりとまた肩を落とした。今日はなんだか疲れた。

 一つ息をついてテーブルに突っ伏して眠るサエナを抱き上げる。ごにょごにょと何語だか分からない言葉が聞こえる。
「ふう…。サエナ置いたらぼくも寝よ……」



 部屋に着き、ベッドに下ろす。
 直ぐ寝かせるつもりなので明かりはつけていないから手探り状態だ。
「はー…じゃ、お休みサエナ、ほら、手放して」
 いつの間にか首に腕が廻されている。その手をゆっくり解こうとして、

「…アル」
「?」
 今度はしっかりした声。
「お帰り、…いつ帰った…?」
「さっきからいたよ」
 苦笑しながら答える。
「そっか……」
「明日頭痛くなるよ。もう寝た方がいい…。ほら、手放して」

 ぎゅ。
「ちょ、サエっ…?」
「…怖いよ」
「え?」
 この「え?」は『また、酔っ払いの言葉?』と『どうしたんだろう?』の二つが混ざっている。
「…アルが、アルで帰ってきてくれてよかった…。…私…のぉ……」
「っ…?」

 意味不明な言葉を残して、そのままふーっとまた眠りに着く。
 しがみつかれていた腕はゆっくり解かれて後ろのベッドに倒れこむ。
「………」
 アルフォンスは何を言おうか、少し考えた挙句、

「ただいま」
 苦笑して、それだけ言った。




 ・次の朝・

「「うぁぁ〜う……」」
 意味不明なうめき声を上げている二人。
「………自業自得」
「うぉーい…アールフォンス〜…なんか、ねえ…?」
「ありません」
「アール〜ぅ…」
「…サエナは寝てればいいよ」

「「あああああぁぁあ…」」

「………」

 彼の二人の介抱はまだ続きそうだった。

 サエナの言葉は結局意味が分からないまま。





エドと二人でいたとき、どんな会話してたんだろうか…。酔ってる二人の会話って絶対おかしいと思う。

「赤い顔」は酔ったから…。ってぇ、欧州の人間、あまり顔には出ないそうですがね。

2006.04.19

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