Chi vivra`, vedra` ―19―


――――目を開けたら。

……確かにいつもと同じ光景だった。


 コーヒーを二人分出すサエナも、

 この前確認した図面を巻いているアルフォンスも、

 新聞を広げるエドワードも…変わらない。
 …相変わらず、義手は機械鎧より使いにくくて、あまり複雑な動作は出来ないから気を抜くと指先から新聞がずり落ちる。

 そう、エドワードの手も、義手に戻っていた。


「ああ。――――お、アルフォンス、まだ抜けてないのか。酒」
「う………」
 額に手をやりながら、息をつくアルフォンス。
 その動作に今巻いた図面がばらばらとテーブルから落ちる。
「あー。エド、ダメじゃない。アル、酔うと大変なんだから…」


「あれ?」
「ん?」
「…なんだ?」


「前にも、こんなことあった…?」
「どうだろうな…なんかオレも…そんな気が…。あ!そーだ。なんか『タイムマシンがなんとか〜』って…、アルフォンス、バカみたいに笑ってなかったっけ」
「そうそう、『天才科学者アルフォンス・ハイデリヒ』…がなんとかって」
「………」
 二人が言い出すことに、思わず顔を赤くする。
「そんなこと、言った、かな…」
「「うん」」
 しどろもどろに言うアルフォンスに容赦なく『Ja』。
 そう、そこまでの記憶まではなんとなくあるのだ。

「「「………」」」
 顔を見合わせる三人。


「――――ま、いいか、だいたいそんなん実在したらロケットの製作費用なんて直ぐに手に入るぜ」
「そんなに高いの?」
「そりゃな。…非現実的だし」


「……ッ?」
「どうした?アルフォンス」

「何か入って…?」
 アルフォンスのズボンのポケットから出てきたのは…。
「銀の……懐中時計?…ぼく、こんなの持ってたかな」

 エドワードの銀時計だった。国家錬金術師の証の。
「わ、きれいな時計〜…――――って何も入ってないじゃない?時計じゃないの?」
 時計の中には何も入っていなかった。
 タイムマシンとして使ったときに中身を入れた筈だが、それさえも記憶とともになくなったようだった。
「あ、ホントだ…でも何か書いて……」
「なんて書いてある?」


「…『忘れるな』…」
「……?」


 意味が分からないアルフォンスとサエナ。しかし、それを凝視して。それ、『見たことがあるな』と思い出しているかのような表情。

「エドの、かな?」
「そうだね。エドワードさんの」

「!」
 銀時計を見て、何も言えなくて、黙っていたのに二人はそれを差し出す。
「はい。エドワードさん」
「ポケットに入れとかないでよー。一緒に洗っちゃうじゃない」
「ああ…。…――――なんで、ここにあるんだろうな…。オレ、こっちに持ってきた覚えないのに」

「『忘れるな』だそうですよ」
「一生かけて思い出さなきゃね〜?」
「おいおい。何言ってるんだよ。……ほら、アルフォンス、そろそろ時間だ。出かけるぞ」
「あ、はいっ」


「いってらっしゃいっ!」





*




「――――ねえ。母さん、…ボク、不思議な世界に行った夢、見たよ……」

 母の墓石の前に座り込んで笑う。
「兄さんの…いる世界だったのかな……?きれいな所だったんだ…。よく、覚えてないんだけど」

 夕焼け雲。
 それがゆっくり流れていく。
 気の早い一番星がきらきら輝く。

「アル」
「ラッセルさん。兄さんを探しに来てくれたんですよね」
「………それが、さ」


「会った様な気がするんだよねー。…ごく最近。……それと。……昼間だったような気がするんだ。俺がここに来たの」
「え?」


「時空の歪み…?門の――――?…ま、いいか」




*





 ――――エドワードのベルトに引っ掛けられた銀のチェーンが揺れる。
 それはかつて、アメストリスでアルと旅をしていた時のように。


「それ、時計の中身入れましょうか?きれいな細工なんだからもったいないですよ」
「いいよ。……あ、いや。そうだな、――――頼む」
「はい」





「…さて、あ、今日はトマトソースにしようっ。市場で安く買えたんだっけ」
 台所にあるトマトの袋を開けて赤いそれを手に取る。

「……ふふ」

 なんとなく嬉しくて笑ってしまう。

「約束」
 誰との約束なんて知らないけど、とても大事な約束。




 こうして、また本来の時が流れてゆく…。

 時は1922年12月、最後の日。


 次に、エドワードがアメストリスの地を踏むのは…もう少し先――――……。





年はかなり適当。でも、ま、こんなもんでしょ。

そんなわけで、ありがとうございましたぁ〜。
あとがき、よろしければどうぞ(笑)。


TOP あとがき