それぞれの呼び名


「――――で、サエナは?」
 他愛もない会話の後にエドワードはそうつけ加えた。
「ああ。グレイシアさんと出かけたみたいですね、置き手紙が…」
 アルフォンスは言いながら紙をエドワードの前に差し出す。そこには、『出かけてくる』という内容と夕食のことが書いてあった。

「なあ。あいつ、ここに来てからどのくらいなんだ?」

 手紙を見て、怪訝そうな顔。
「エドワードさんが来る数ヶ月前ですよ。どうかしたんですか?」
「誤字……というか、なんか違う言葉が混ざってないか?これ」
「あはは。サエナ、まだイタリア語が出る癖が直ってないんですよね。きっともう直らないかな」


「………――――なあ、アルフォンス」
 頬杖をついて、向かいのアルフォンスに視線を向ける。
「はい?」

「なんで、オレには『さん』でサエナは呼び捨てなんだ…?」


「「…………」」


「なんでって、言われ、ても」
 深く考えたことなんてなかったから、アルフォンスは言葉を途切れ途切れに吐いた。
「エドワードさんは年上だし」
「サエナの方が上だぞ」
「!……あー…ええ、まあ。そうですね。…というか、年上だってあまり意識してないって言うか」
「ま、『サエナさん』ってなんか気持ち悪いもんな。あいつ、ガキみたいだし」
「あはは」
 否定する気はない。

「…つーか、サエナのやつ、何でも略すよな…。『エド』『アル』『シア姉』……このシア姉っての最初なんだかわかんなかったぜ」
 コーヒーカップの中のスプーンをくるくるいじりながら思い出すように言う。
「ぼくはもう慣れましたけど、最初は…どうかな、ちょっとは違和感…感じてたかな」
 苦笑しながら、記憶の糸を手繰り寄せ――――……。
「いや、……特に、違和感は感じてなかったかも」
 最初に会ったとき、暗い顔の方が気になっていて、それどころじゃなかった。
「そうか?」
「まあ、名前の最後で呼ぶって言う呼び方もありますからね。ぼくやエドワードさんの名前は最初が一般的だとは思いますけど」
「ふうん」
 ここでエドワードが『「ウィンリィ」は「リィ」なんだろうか』と思ったとか思わなかったとか。

「で、何でいきなりこんな話なんですか?」
「…いや?……別に?」
 エドワードはまたちらり、とアルフォンスを見て、妙な間の後、視線をふっと逸らした。

「(呼び名、か…)」






「ただいま〜!!お土産買っ……」
 あれから数時間後。
 菓子パンの袋を掲げながらドアを開けて…足が止まる。
「…って……何…?」



「――――だって!!…じゃあ、エドワードさん、サエナのこと『母さん』って言うのやめてくださいよ!!」
「はっ…?んなっ……んな事言ってねえだろ!??」
「た、たまにそれらしいこと言ってますっ!!」

 わいわいわいわい。

「――――なんだよ、アルフォンス、ちょっとだけ言ってくれてもいいだろっ!?」
「何でぼくが『兄さん』って呼ばなきゃいけないんですかっ!恥ずかしいでしょうっ!?」

 がやがやがやがや。



「………母さん?兄さん…??」
 わいのわいのと騒ぐ二人を目を点にして見守る。
 ホンキでケンカ…と言う感じではなく、意味なく叫んでいるような…。ノリで叫んでいるような、感じ。
「紅茶でも飲もうかな」
 ある意味楽しそうだから会話に割り込むのも、と思い、そのまま二人の横をスルーして台所へ。


「…うーん。…止めなきゃダメ、かなあ…?」
 お湯を沸かす間、二人をまた見たが、どんどん次元の低そうな会話になって来ているようだった。
 これがロケット工学の『科学者』だと思いたくないくらい。
 二人とも譲れなくなって顔を赤くしながら何か叫んでいる…。
「……………ふう」


「こほん」


「エドワード、アルフォンス。おやつの時間よ〜!」
 ちょっとだけ声を大人っぽく。
「ほらほら、ケンカしないの」


「「……………!???」」


 ようやく二人の争いに終止符が打たれた。
「な…何、サエナ…それ」
「………」
 アルフォンスは顔が引きつっている。
 エドワードはまた顔が赤くなっている。

「『わいわいと夜中でも構わず騒ぐ、幼い兄弟のお母さん』を演じてみました」
 腰に手を当て、呆れるように笑う。


「…………幼い」
「兄弟…………」


「夜中…」
「…だな」

「…おやつ、食べるの?」
「食う」
「いただきます」

「じゃあ、ケンカはやめなさい?ね?エドワード、アルフォンス…いい子だから」
「はい…」
「ケンカじゃねえよ!……――――う、わかったよ」



「ねえ。サエナ、それ…やめて」
「ああ、オレが悪かったからやめてくれ…」

「……じゃあ、バカなことで争わないの」

「「はい」」






ギャグ風に。

プロトタイプでエドがハイデリヒに「兄さん」と呼ばせているのが許せなかったので、
ハイデリヒに否定していただきました(笑)。

サエナのこと「母さん」って言っているのは、…これだったり、
その後ハイデリヒが焦っている理由は「このことは内緒だったから」
あとはそういう風にエドが見ていることがあったからかな。

さて、サエナは……これ、面白がっているのか?微妙(笑)。
代わりとして見られるのはイヤだけれど、でも仕方ないと多少は思っているから…かな。

一番書きたかったのは「シア姉」というのをエドがどう思っていたか(何)。


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