1923年 夏仮公開!絶賛放映中!
1923年、8月上旬。 その日、アルフォンス・ハイデリヒはとても機嫌が良かった。 「…何、ここっ…?」 サエナが連れてこられた先は工場。 その空気に圧倒され、今言った言葉だって口に手を当てながらだった。 声を発してはいけないような気がして、自分が場違いのような気がして、置いていかれないように思わずアルフォンスの袖を掴む。 「まだ一般公開はされていないんだ、だからぼくらだけなんだけど」 そしてもっと驚かせることを平気で言うアルフォンス。 「ええ!そんなところ来ていいのっ!?」 「だから、特別なの、いいからついといで」 ――――この、話の発端は数日前に遡る。 「プラ……。なんだって?」 「プラネタリウム」 「……ネタリウム」 聞いたことのない言葉にサエナはそのままオウム返し。 「…なんだと思う?きっと気に入ると思うんだよね」 いたずらっ子のような笑い。 「う〜…ん。よし。…――はい!」 「どうぞ」 くすくす笑いながら。 「『なんたら…ウム』っていう名前の金属!」 「…ああ、『アルミニウム』とか?」 「そういうの!」 「ん〜。残念だけど…はずれ」 「えー…」 「アルミニウムとか金属じゃサエナ、見たって楽しくないだろ?」 「…まあ、そうだけど」 「今度の休み、見せてあげるから。楽しみにしていて?」 ――――そして現在。 「これ?」 実はサエナは先程から何か見る度に同じ事を聞いている。 何処かの工場の中。工場の中だから見たことがない物がごろごろしているから仕方ないのだが。 「それは違うよ、ここはまだ工場の中だからね、まだまだ先」 その度にアルフォンスは答えていく。アルフォンスは未だに『プラネタリウムとは何か』とサエナに説明していないのだ。 「じゃあ、ヒントあげるよ。…イタリアっぽく『天球儀』…ローマか何処かに彫像があるって話だけど?」 「地球儀の……空版…?え、もっと分からないよ!」 暗い廊下、階段を歩いて行くと『Eintritt verboten』と紙が貼ってある金属製の重い扉。 「アル!立ち入り禁止ッ!これくらい私だって読めるっ」 「だから、特別なの、ぼくらは」 笑いながらその扉を押し開けた。 『立ち入り禁止』の扉の向こうは屋上。そこに作られた大きなドーム。 アルフォンスは、未だに状況が掴めないでわたわたしているサエナの手を掴んでそのドームの中に入っていく。 いつもの落ち着いたアルフォンスとは違って、はしゃいでいるような感じ。今日は、サエナの方がついていけない。 「うわあ、…もしかして。これ?」 「そう、これ」 初めてアルフォンスが肯定の言葉を出した。 ドームの上を見上げるような姿で椅子が置いてある。 しかもこの中は工場の通路よりかなり暗い。 そして真ん中には妙な…丸いものやらがついている装置。 「上を見る…?」 「そ、上を見なきゃダメなの。さ、座って」 手探りで椅子を探し、つく。 「ハイデリヒ、いいか?」 「ミラーさん。ええ、お願いします」 奥から出てきた人(博士?)はその妙な装置を少し調整し、アルフォンスと短く会話を交わすと、そのまままた奥へと消えていく。 「わ!!真っ暗!」 もっと照明を落とされ思わず言葉が出る。 その隣でまたくすくす笑うアルフォンス。 「笑ったな〜」 「サエナがおかしくて」 ――――ぽ。 ぽつ。 「!?」 「…………へえ」 ドームにぽつぽつと明かりが灯る。 「…??星空…?――――なんで…?」 あっという間に夜空に変貌したドーム。 「これが、『プラネタリウム』さ。昼間でも星空が見える」 隣のアルフォンスの声が優しく響く。 「きれい…」 「――――分かる?あれ」 「どれ?」 「あの星」 「……わかんない」 「…まあ、ぼくもそんなに分からないけど」 「ふふ。なんだぁ」 「これが、ぼくがサエナに見せたかったもの」 「…でも。どうして?公開前なのに」 「うん。ロケットの開発してるって言ったら…。……見せてくれるって」 実際はかなり頼み込んだのだが。 「………」 暗闇に目が慣れたから、アルフォンスの顔がなんとなく見える。 ドームを見上げる碧眼はとても澄んでいて。 「すごい……こんな世界がずっと続いてるところに行くんだね…!」 思わず、視界が歪む。 ぽたぽたと雫が落ちる。 「…うん…」 「やっぱ、すごいよ、アルは」 「…褒めても何も出ないよ?」 「え、今日もらったよ…?……これだって、私が最初なんでしょ」 「うん、――――というか最初で最後。…もう誰も連れて来ない」 涙に気がつき、笑いかけながらそれを拭ってやる。 「あは、嬉しいなぁ…」 「…………」 きゅ。 アルフォンスの手がはしゃいでぱたぱた動いていたサエナの手に触れ、掴む。 「全く、泣いたりはしゃいだり忙しいね」 「……う」 「サエナ。………――――『これ』はホンモノじゃないけど、予行練習」 「…!」 一瞬、隣のアルフォンスを見たが、その空をもっと見たくて直ぐにドームに目を戻す。そのかわり、肩に頭を預け、すり寄った。 暫く黙ってそのまま、『昼間の星空』を眺めて…――――。
もう、ホンモノの星空が出ている時間。 しかし、サエナは今はホンモノには目が行かなかった。アルフォンスの数歩前をぱたぱた歩き、振り返り、興奮気味に話す。 「すごかった〜、ありがとアル!!」 帰り道、さっきからそればかり。あの星がどうとか、こうとか。あの装置が何だ、とか。 「ああ、ぼくもはじめて見たけど…すごかったね。………――ん、あれが世界初か」 「…?世界初?」 「ああ。……『プラネタリウム』は、世界初だよ。さっきも言ったけど、まだ未公開」 アルフォンスは肩をすくめて笑う。 サエナは思わず目を見開く。 1923年夏、Carl Zeiss社が仮公開したプラネタリウム。 このとき世界初。 「いいのっ、そんなすごいヤツ!?」 「ああ、いいの」 |
サイトを見に来てくださっている方から、素晴らしいネタをいただきました。運命ですね。 「『ドイツのカール・ツァイス社によって製作されたプラネタリウム。1923年夏に仮公開』 …これで50題書いて下さい、アルはロケットの工学やってるので頼めば見せてもらえたかも?」と。 黙って見ているあたり、まじめに観察はしているようです。まあアルは仕事が半分で来ましたから。 そして当時のプラネタリウム情報〜。 1922年9月に半分まで出来た状態で投影。 1923年8月に工場の屋上にて仮公開、同年10月23日に公開。 また、1925年5月ドイツ博物館にて公開。 現在も当時納品されたミュンヘンのドイツ博物館にあります。 アルが言っていた天球儀は古代ローマ時代に作られ(多分)、現在ナポリの博物館にあるらしいです。 そしてそして!みゅうちゃんから挿絵をいただきました! すげえ!!服がびらびらだ!(そこか!) かわいい感じの二人です〜ありがとうございました! 2005.11.06 TOP |