第18話:最後の依頼―



「天使様、いよいよですね」

 遙か彼方、霧がぼうっと霞んでいる。
 ちりちりとした空気がここまで伝わってくる。

「1000年前…戦った事が今でも思い出せるなんて変ですね」
「セシア…」
 少し、責められている気がした。魔石をどうして地上に残したのか。そんな気持ちがセシア―――ディアナにあるのかと思うと。いや、ない方がおかしいのだ。
 だから責められてもいい、エスナはそう思い直した。

「だ、大丈夫です!ここでこの戦いの歴史も終わると思い……いえ!何があっても終わりにします!!」
 せめて、この戦いは自分の代で終わりにすると。
「………。やっぱり少し…違いますね、大天使様と」
 深い緑色の不思議な色の瞳がふわあっと見開いた。それからくす、と微笑んで。
「! セシア、もう、比べないでください…」
 苦笑して、それから肩を竦ませながらセシアを見る。
 セシアは微笑んでそれからは何も言わなかった。たくさんの意味で、違うと思っていた。

「ねえ、セシア。平和になったらまた森に行ってもいいですか?ええと、川とかに入って!」
「はい!じゃあ魚釣りしましょうか!狩りも出来ますよ!」
「わ、教えてください!ああ!木の実とか食べられる草とかもっ!」
「ええ、喜んで!!腕によりをかけてお料理しますからね!天使様! あ、何がお好きですか?嫌いなものはありますか?」
「…に、苦手なのはお酒…?」
「ふふ、もう。…天使様は」
 二人は顔を見合わせて笑った。

「…………。エスナ様……エリアスを、ロクスを頼みます…」
 小さく、そう言って。





 ――――クラレンスにつけられた傷は結局完治しなかった。天界の治癒魔法でも。
「執念深いヤツ…」
 世界はどうでもいいと言いながら、こうして「自分がいた」という事を残していった。エスナの羽を持っていた理由なんて知りたくもない。
 ヤツが、…エスナに近づいた事も、触れたであろうという事も。
「………エスナ」

「はいっ!」
「……。…は?」
 たまたま呼んだだけだったのに。
「!? いつからいたんだ?」
「はい。名前を呼ばれたあたりです」


 今日だけは普通に来たかった。だが、そんな事は言っていられない。
 こういう時、思う。
 任務を頼む立場の天使ではなくて、自分も人だったら普通に会いに来られるのかって。――――でも、私は天使でいいのだ。
 いや、今は天使がいい。だって、少しでも守る力があるから。
「……ロクス、手貸してください」
「?」
 素直に差し出された手に、あるものを乗せる。
 ひやりとした感触の後、エスナの手が離れるとその上には、銀の環。エスナの手には少し大きめのその環は綺麗な細工が施されているが、この任務期間中に与えられた天界の装飾ではない。むしろよく見慣れたもの。
「(地上の物、か…?というかこれはエクレシアだな、宗教的に…)」
 そして、大きさからして、男物のブレスレットだろうか。
「少しずつ、私の治癒の魔力封じていたんです…。何かの、役に立つかなって……こんなものでも、身の守りになったらって」
「…………」
「アイリーンと、聖都にお買い物に行ったんです。市場、とっても楽しかったんです。また行きたいね、って思います…」
 ふと、脳裏に賑やかだったころの聖都が浮かんで、言葉が詰まった。
「……は。 …それで」
 それから、微笑んで。
「お誕生日、おめでとうございます。ロクス」
「!!」
 驚いた。自分でさえ忘れていたのに。
「ま、もらって……。いや、ありがとう。エスナ…。大切にする…」

 腕に通すと、そこからじわりと温かい。そうだ、これは傍に居ると感じる天使の祝福。
 何故だかきゅ、と胸が痛くなって。それを隠すように、エスナの頬の横、その短い髪を指先で梳いた。
「…………」
 喜んでもらえた、と素直に微笑んで。…それから。

「ロクス……お願いがあります」
 ゆっくり息をついて、目線を合わせて。


「これが最後です。…アルカヤを救ってください…」

 ああ、前にも言われた気がしたな。すごくすごく昔に。



 お前は教会の――――。

 闇の王の言葉だった。教会のなんだ?やっぱりついてまわる1000年前の事。セシアという子に会ってから、自分の記憶ではない記憶を思い出したりする。
 だとしたら、僕はその為にまた生まれてきたのか。
「………ちっ」
 今まで甘えていた自分。まさか、こんな事になるとは思わなかった。

「……エスナ」
「はい?」
 そうじゃないか。バカが一人いた。

 ――私、エリアス様のことは知りません――
 微笑んで。
 ――ロクスは、ロクスです――
 癒しの手の力は、誰のものではなく、ロクスの物だ、と言い張った。あなただから持っているものだと。
 ――セシアは私が好きなセシアのままです、記憶を受け継いでも――


「…わかった。エスナ、僕に出来る事ならやる」
 これをやれば、初代教皇の影を見ずに済むかもしれない。
「ありがとう、ロクス…あ。私も必ずついていきます。一緒に頑張りましょうね?」
「ああ、…そうだ。エスナ、君の誕生日は?」
「誕生日って…炎が生じた日、ですか?」
「……」
「ああ、…だとしたら、ええと、今月の下旬ですね」
 『そうか』と笑って一つの約束をした。


「!……バカ言わないでくださいっ」
 少し困った顔。
「でも、嬉しいです…」




いよいよ最終決戦〜〜。話が飛んでて済みませんが…(汗)。
いやあ、なんだかんだいってもう最終ですか。早いですね〜。
エスナがロクスにあげたブレスレットは聖都を眺める
でのヤツです。

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