第15話:祈りの言葉―
エスナは自分の数歩前を歩くロクスを上目使いで見つめた。 今日は、自分から同行しているわけではなく。呼ばれてこうして着いて来ているのだが…。 ――――リガのトゥーラ。 二人が歩いているのは町。…といっても静かだ。誰の声もしない。 天竜が復活したその衝撃で(だろうと思われる)廃墟になった小さい町。死体がないところを見ると、町を打ち捨てて逃げたのだろうか。 『こんな時だが』と前置きして『ちょっと付き合ってくれないか』と言われ、そのままこうやって歩いている。 こんな時だけど、あの言葉が、本当だったのか知りたい。 「(…ごめんなさい。大天使様)」 「エスナ」 「………ん〜」 「おい!」 「あ!はいっ!!」 しまった。いつのまにか振り向かれていた。気がつくと、小さい教会の前。 「わ…教会…?」 「やっぱり天使ってのはこういうのが好きらしいな。大聖堂でもよく見ていた。首がおかしくなる位、上を見ていたな。」 ロクスは教会の屋根に架かっている十字架を眩しそうに見上げて言った。太陽光を反射して光っている。 「…天使ってそういうイメージがあるんですか?」 「………そうかもな。ま、ない方がおかしいと思う」 「ん〜、だとしたら理解しにくい存在ですか。天使って。…でも、多分『天使だから』じゃないです。でも、私は好き。……えと。入ってもいいですか?」 苦笑しながら、 「ああ、どうぞ」 ところどころ崩れている、小さな教会。エクレシアのそれとは多少宗教的に違うのだろう。だが、祈りを捧げる場、そうして人が集まる場所としては同義だ。 屋根も少し壊れ、その間からまるで光の梯子のように太陽の光が舞い降りてくる。 机の倒れた蜀台を立て直しながら、その光を見上げた。 「………………」 「どうしました?ぼーっとして」 「なんでもない。君よりはぼーっとしていないつもりだ」 「む!なんですか、それっ」 むくれた顔。 「はは。だから『単純』なんだよ、君は。天使様ってのはみんなそうなのか?だったら天界ってのはえらい連中ばかりだな」 「も、もう!!そんな事ないです」 「ほらな、認めた。やっぱり単純だ」 ははは、と笑う。 「…ん。ああ…そうだ。ちょっとそこ、座っていろよ」 ロクスは何か思いついたようで声を上げると、いくつもある長椅子の最前列を勧める。自分は神父が立つ机の前に移動して。 少し咳払いをしてから、 紡がれる言葉。優しい声で、語る。 「(古代語の…お祈りの言葉…?)」 ふわぁっと目を見開く。 ロクスが語るその言葉への驚き、と言うより、あまりにも綺麗に『はまっている』気がしたのだ。 柔らかい声、ずっと見ていた紫色の瞳は今は優しい光を湛えていた。 「……」 エスナは目を閉じ、微笑みながらそれを聞いていた。何を言っているのか意味は分からないけど、とても心にしみる声だ。心地いい。 「…(ロクス…)」 本気にしてもいいですか? 目をゆっくり開けて、今も祈りの言葉(だろう)を捧げている彼を見つめた。 「(言ったこと)」 全てが好きだ…と、大切な人の為なら戦える。何でも出来る…と言ってくれた事。
そうだ、言われて気がついたんだ。『好き』にも『たった一人』があるって言うこと。 なんでも出来る、なんて思ってくれなくてもいい。そうじゃなくて、私の事好きだと言ってくれて、とても。 「(嬉しかった)」 「――――エスナ」 言葉の途中で呼ばれ、それから言葉を少し続ける。何か聞いてきているような。 「あ…?」 「………」 「は…はいっ!」 意味も分からないのに、何故か返事をしてしまう。そうするとロクスは目で笑って、また言葉を続けた。 「………」 唇を押さえる。 今はこの人の事だけ考えていたい。この人が過去の寂しさ、苛立ちを吹っ切れて幸せになれるように。もし地上に残れなくても。 …私を忘れさせてあげるから。――――大丈夫。貴方は何も失わない。あなたのこれからは大変な事があっても、それでも充実した素敵な人生になります。 「(私が、…祝福をしていますから……)」 「…………あ」 胸が痛くて。 視界がかすんで、また目を閉じた。 目を閉じて自分の声を聞いている天使。 表情は柔らかい。だが、その中でも変わる。何を思っているんだろうな。ま、僕の事だと思っておくよ。 「(ふん、この言葉の意味も知らずに)」 笑いたくなる。この言葉の意味をちゃんと聞かせたら驚くだろうに。意味も分からずに返事をしやがって。 エスナの翼は好きだ。…でも、消してやりたかった。もう二度と天界に帰れないように、違うヤツのところに行かないように。 何かを探しながら泣く事がないように。
こんな事など、普通は聞くもんじゃない…なんて言うのは分かっている。でも、他でもないエスナに受け入れて欲しかった。 聞いた時、一瞬目を見開いて、泣きそうな顔をして、こくんと頷いてくれた。 「(バカな…やつ…) 言葉は、なおも続く。 過去を言わずとも分かってくれた。偽善・欺瞞に満ちた周囲…その苛立ちを分かってくれた。いや、全てが全て分かるなんて思ってなどいないし、そう言っていた。…重要なのはそこではない。分かろうとしてくれたと言う事だ。うわべだけの優しさじゃなく。怒って、泣いて。 彼女も、エスナもそうだったから。冷たい天界で一人だったから。 ――だからと言って、キズの舐め合いじゃない。これから笑って暮らしていけるようにと。これから。 「きれいな言葉でした。エクレシアの古代語?」 「ああ、それこそ聖王国と呼ばれていたエリアスの時代の書物に出てくる言語だ。…ふん、古代語なんてよく覚えてたと自分で感心するよ。ったく、どうでもいいこと叩き込ませられたよ」 「わ!じゃあ、喋れるんですね〜。私はそういうの好きですっ」 「へえ。意味がわかったのか?」 「ええとー……お祈りの言葉ですよね?この町の人がちゃんと戻ってこられるように」 「! それでもいいさ。…でも、祈りの言葉で何で目が潤むのかを教えて欲しいけどな」 「っ、…な、なんでもないですッ!」 照れ隠しにエスナは隅に置かれているオルガンの鍵盤に手をかけた。 指を鍵盤に置く。ただ、弾ける訳ではないのだろう、いくつかの音を拾い出す。 建物の上方にあるパイプから音が降り注いでくる…。幾つかは壊れているのか(それとも弾けていないのか)明らかに音が飛んでいる箇所がある。それは何処か聞いたような、そうでないような曲。紡がれる声は歌。古代語ではない天界の言葉。 「………」 ひとしきり歌うと、歌と手を止めた。歌の感じからしてキリのいいところではないのは分かる。 「おしまい」 「それでか」 「はい」 にっこり笑って。 「…………」 オルガンがそこまでしか弾けないのか。そうじゃないのか。……まあ、いい。 なんとなくそのパイプを見上げると、ふっ、と暗くなった。 右目に翳される手。 「ロクスが私のことを忘……」 「……。いい。僕はそんな事は許さない」 『私のことを忘れてもいいように』なんて、聞きたくない。天使だから、人間だからなんて関係ない。好きだからじゃだめなのか? 天使が遠い存在なんて、神話の中の生き物だなんて思いたくない。こんな翼だって消してやる。 抱きしめようとしてやめた。こんな普通の事をしても困惑するだけだと思ったから。 だから頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でてやって。それからその短めの髪を梳く。 「っ、…ロクス。…言葉じゃなくて、ホントの声を聞かせて…」 「は?」 「…………私、嬉しかったです。その『声』が」 ――――決戦間近。 |
地名入れました。初めてアルカヤ巡ったとき、 たまたま「トゥーラ」と見つけて爆笑(『トゥーラ』と言う名前でキャラを作った経験あり)。 しかも雪に近いですね〜ってなわけで教会の場所はリガのトゥーラに決定。 告白(後ですね)です〜〜!ロクスは何語喋ってるのでしょう(爆)。 ロクスしかできなそうな告白をしたかったんです(ロクスでもムリか?)。 しかし、私、教会好きですね〜。流石『ロクスを好きになったのは背景から』の人です。 …教皇になるべく、古代語とかもたたきこまされたのですね(断言)。しかし初めの頃に比べて優しくなりました。怖いくらい。 挿絵 NEXT TOP |