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櫛の日なので。櫛を描く。
色々説明するより話を書いてみる。
―――――――――――――――――
「は? 俺の髪を梳きたい?」
長義は審神者の髪を梳く手を止め、今しがた聞こえた言葉をオウム返しした。
「うん、これね、人にやってもらうと結構気持ちいいんだよー。ね?いつも梳いてもらってるし」
「…遠慮願うね」
は、と息をついた後、長義はそう言う。
「うわ」
「君はガサツだからな」
「えー」
断られた!と、頭をゆらゆら揺らしながら背後の長義に、どん、と身体を預ける。
「……おい、まだ終わってないぞ」
「えー」
「…何だってそんなに俺の髪を梳きたいんだ」
「別に、特に理由はないけど…いつもやってもらってるからさぁ」
「……(さて…)」
* * * * * * * *
――――とある時代。
遠征先で立ち寄った町で見つけたつげ櫛屋。
店先に並べられた乾燥途中の複雑に組まれた木の板。漂ってくる独特な香り。
「つげの櫛、か。 主も持っていたな…」
ふと、思い出した。つげ櫛は古来からお守りになり―――。
「(ああ、そんな話もあったかな…)」
他には、と長義は思い出す。
刀剣男士たちは「人の身体」を得てからの時間さえ短いが、この世界に存在していた時間は長い。数百年。
その間、色々な時代の人間を、文化を、民話や神話を見てきた。
「(! ――あぁ、なるほど、…………良いな)」
何か思い出したのか、気が付くと店の暖簾をくぐっていた。
木を擦る小気味よい音が聞こえる。先程より強く燻しの香りが漂ってくる。
ああ、思い出す。職人、という人間たちを。
「店主、こちらの櫛を見せてもらえないかな」
長方形の大きな板の上にずらりと並んだ眩しいほどに黄金色の櫛たち。
長義はそれらに目を落とし、それから店の奥へと声をかけた。
「どうぞ! 兄さんが使うのかい?なら、大きめのやつを出してやろうか?」
「あぁ、いや。女性への贈り物と、思ってね」
「おお、そうか!なら―――」
贈り物、と聞いて店主の声の高さが上がった。嬉しいのだろう。
作業の手を止め、作業台から立ち上がった。そうして櫛の歯の違いなどを店にある櫛を手に取りながら話し始める。
人によって髪質は違う。だから櫛の歯の荒さも変わってくるのだ、という。
「――――なるほど。話は分かった。……では、また出直そう。その時に受け取りに来るとしようか。…何、また近いうちにこちらの地域に来る予定があってね」
長義は渡された紙に必要事項を書き込み、手渡す。
遠征で一度任務を完遂しても少し間をおいて様子を伺いに再度その時代に派遣される事もあるのだ。この地域と時代はその条件に当てはまっていた。
「うーん、今からだと三か月ほどだね、その位で来てくれればいい」
ぺらぺらと注文票の束を確認しながら指折り数え。
「わかった。ではその頃に」
「そうだ。…ええと、……兄さんならこの形はどうだい?」
注文票の束を横に置き、引き出しから数枚の紙を取り出した。この店で作ることができる櫛の形の一覧が記載されている。
「――――へぇ…。櫛と言っても色々あるもんだね」
「…よし。じゃあ、とっておきの櫛を用意するよ。楽しみにしていてくれ」
店主は注文票の記載に指定漏れがないか確認しながらそう言う。
「ああ、それはありがたいな」
「…兄さんの願いが叶うようにね」
「! ……はは、当然。 ま、もう決められた事だけどね。こういった事にはこだわりたいと思っただけ、かな」
「お、随分自信満々だなぁ」
長義は指定ができる全ての希望を伝え、次の遠征時に受け取りに行ったのだった。
* * * * * * * *
―――これが現在、山姥切長義の手にある少し大きめの櫛だ。
店主曰く「兄さんらしいよ」と少し角がある櫛。確かに丸を帯びたものよりそうかもしれない。
それからというもの、朝晩、自分の主の髪を梳きながら、朝は今日の予定と晩は今日の報告会をしていた。
それがいつの間にか「審神者」と「近侍」の日課になっていたのだった。
「……主」
髪から櫛を下ろし、油布で拭き、机上の紙の上に置く。
呼ばれて振り向いた審神者と視線が合うと、ぽん、と膝を叩いた。「乗って」の合図だ。
「え、重いよ?」
「…知ってるだろう?俺たち刀剣男士と人間の感覚は違うと」
そうなのだ、粟田口の子供の様な見かけの男士たちでさえ、審神者を軽く持ち上げられるし、そもそも「重量」というものを感じていないようにも見える。
「…ほら、どうするんだ?」
「どうする」などと聞いているがこれはほぼ強制なのは知っている。
胡坐をかき直した長義の膝にそろそろと腰を下ろすと、同時に腕が伸びてきて、より近くに。
「んっ!? 長義!?」
「さぁ…こうして、…審神者の霊力を頂こうか」
「あは、何それ。そんなのないって」
「はは…」
この二人の身長差はほぼない。つまり、膝に乗ると長義は審神者を見上げるような構図になるのだ。
「長義の髪さらさらー。青みがかった銀髪きれいだよねー」
「おい、あまり乱すな。先ほど言ったばかりだろう」
「私に頭を預けたのが失敗ですね、長義さん?」
「……」
「―――ひゃ!」
ぐっと腕に力を籠め、抱きしめられたらそれは顔を胸に埋めるように。
「ん… ちょ、ぉ ぎ…ぃ」
「おや、何を驚いているのやら。……ほら、あまり妙な声を出すとどうなるかわからないよ」
「……もう」
「……。俺の髪、梳きたいのならどうぞ。丁度梳きやすい位置だろう」
「!」
「まぁ、君に頭を預けてしまったからね、仕方ないからやってもいいよ」
先程机に置いた櫛を渡して。
「ただ――俺はこのままでいるけどね」
ふふ、と笑ったような息の流れを感じて。
「…じ…じゃあ、動かないでよ。ガサツとか言うんだもん」
「へえ、「このまま動かない」のでいいんだな?勿論、俺は構わないよ」
そう、顔に当たるこの柔らかさも良い、と思っているのだ。流石にそこまで口に出していじめることもないと思ったが。
「………っ え」
「……主」
梳かれながら、長義は暫くの無言の後、口を開いた。
確かにこの頭に伝わる刺激は心地いい。
「なに?」
「つげ櫛というのはお守り、という意味がある、のは知っているね?君も自分で持っていたくらいだ」
「あー、 うん」
「…なら、その他の言い伝えもわざわざ俺が言わなくてもわかるのだろう?それとも、言って欲しいのかな?」
頭が少し動いて、上目遣いのように。
青い目がしっかりとこちらをとらえる。
「! あ…」
ふわあっと栗色の瞳が開かれる。いつもより光を宿し。
「おやおや、…そんなに真っ赤になって」
「あ、ええ、と」
「…俺は、本気だけれどね。 まぁ、その反応。「知ってて俺からの櫛を受け取った」と受け取るよ。…俺の主」
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「つげ櫛屋、か……。 ――――ああ、なるほど、良いな」
男性が女性に贈る、その意味は――――。
つづき、櫛の話。
そしてまた違う時の日常の櫛の話。
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