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娘と
娘と来た大学のオープンキャンパス
門をくぐると
三つ 四つと並ぶ校舎
芝生のグラウンド
通された教室に集う 大勢の高校生
知る人のいない集団の威圧感
緊張気味の娘
説明会に模擬授業
在学生からのメッセージ
学食での食事
専門学校の経験しかない私には
目新しいことばかり
思えば今まで
誕生日やひな祭り
七五三、旅行
クリスマスにお正月
やってあげる 連れていってあげる
そう言いながら
子供の服を選び
こっそりプレゼントを買いに行き
一番楽しんでいたのは 私だった
辛いこと切ないことも
巡り来る行事に癒されてきた
あげたものより
沢山のものを貰ったからこそ
母でいられたのだろう
肩を並べ歩ける喜び
緑のキャンパスを見ながら描く
これから始まる娘の
明るい未来の豊かさを
夜明け 169号 2011.4/13
夜明け 168号 2011.1/24
夜明け 167号 2010.10/26
薬味
「辛い」を楽しむ
ふと手にした雑誌の見出し
つらいをたのしむ
開いてみると
辛子やラー油
ワサビの特集
辞書を調べる
やはり
つらいもからいも同じ字
からいはつらい
つらいはからい
読んだ本の一節にあった
つらいことは嬉しいことを
より嬉しく味わうためにある
そのお陰で日々の普通のことまで
どれだけ温かさのこもった有難いものか分かる
今は
楽しむほどの余裕はない
でもいつか味わえる日が来るといい
寿司に付いた山葵のように
夢
小野 啓子
蜘蛛が壁を登っている
真っ直ぐ 器用に
思えば
フリークライミングやロッククライミングで
手やロープを使い
絶壁を登る様はまるで蜘蛛
ロケットで宇宙に行き
潜水艦で海底にもぐる
人は鳥にも魚にもなろうとする
私は
日々 目の前の事で精一杯
非力な自分を知っているだけれどー
人にとって一番大切な
愛する心を
鷲づかみで奪い取る
戦争という悪魔
弱った地球を苦しめる
環境破壊や温暖化
あどけない幼子の夢のように
努力や才能以前の
無謀で叶わぬ望みと解っている
それでもなお希うのだ
魔法使いと言う名の
雪崩
小野 啓子
白く輝く雪山の
始めは転がる 小さな雪玉
山肌からすべり落ち
揺れるように流れ出す
命を持った生き物のように
岩を打ち しぶきを上げ
奔放に
巻き込み広がり
怒涛となる
呑み込まれるような恐怖感
それを映像で見る美しさ
どんなに人が挑んでも
計り知れない 自然の偉大さ
選りすぐった言葉を積もらせ
人の心に雪崩れ込む
そんな詩が書けたらいいのに
秋色
ふっと
足を踏み入れた
甘く柔らかな
夢空間
そこは三十年も前
友と歩いた坂道につながる
口数も少なく
空に響くのは
二人の足音ばかりで
家の角々にある
金木犀の香りが
古都鎌倉を包んでいた
そんなオレンジ色の思い出
この季節になると
胸をくすぐるように香り
町の中で出会う時々
まるで無防備な旅人が
仕掛けられた罠に落ちるように
追憶の彼方に惑うのだ
波 間 夜明け 159号
自分の意思で生まれてきたかのように
足元に まとわりつく
愛しい小波
気付けば 膝に
もう 腰のあたりで波打っている
どこから生まれ続けるのか
あてどなく
遠く遠くへ 注がれる視線
それに呼応するように
時は水平線を越え
永遠という言葉に真実味を加える
波はプリズム
陽の光を受け
漂う心も夢見がち
時には 黒衣をまとったまがまがしさに
恐れおののく
深海の底に潜むシーラカンスの眼
月長石のような色合は
輪廻を見続けてきた海神の化身
波がすっぽりこの体を越え
いつの日か
呑み込まれてゆく
ゆるやかに身をまかせ
不思議な青い眼に導かれながら
未知なる地へ辿り着くまで
祈り
針は時を止めたまま
枯れた木の枝で
ぐにゃりと曲がった時計
廃墟と絶望
花も咲かず
蝶の舞うことも無い異空間
大釜の中には
不気味な褐色の毒薬
長い柄の杓子
かき混ぜる魔女のつぶやき
悪に打ち勝てるのは
権力でも、正義、武力でもない
おとぎ話の結末を幸せに結ぶのは
いつだって主人公の無邪気さなのだ
小学生だった母は戦火をのがれ
高崎から月夜野へ移り住んだ
放射能の雨は危険
濡れないように 必ず傘をさしなさい
幼い頃 いつも母から言われていた
痛みから生まれた言葉
平和というガラスケースの中
イマジンを聞きながら大人になった
今でも
戦いのなくなる日が来ることを
祈ることしかできない私にとって
広島 長崎
八月十五日の心象
それは一枚のダリの絵なのだ
157号↑
156号
少憩 154号
小野 啓子
学校に行くという
自分の意思に反して
朝食を前に吐き気を催す
私は赤ん坊の時のように
抱きしめて
そっと背をなでる
今は歩けないと言うなら
一緒に休もう
その場所が
針のむしろと感じているなら
行かなくてもいい
皆と一緒に頂上を目指さなくても
朝日はどこから見ても
明るく輝き 照らしてくれる
例え後ろに遅れ
皆の背中を見送ったとしても
ゆっくり歩き出せばいい
季節は変わっても
景色はまた違った装いで 待っていてくれる
世間体も 人の噂も受け流して
自分のペースで歩けばいいし
どこからでも やり直せる
あなたが 生きてさえいてくれたら
希望の石 151号
ピンク色の
インカローズのネックレス
店先のショーケースの中に
偶然飾られていた
諦められず
次の日 買いに行った
「バラ色の人生」への扉を開く
石の持つ
秘められた 意味と力
その言葉に惹かれたのだ
ガラスのような光沢
丸い珠のつらなり
手に触れる なめらかさ
強く握ったら 糸から離れ
珠は飛び散ってしまいそうなのに
私の人生の夢と希望
そんな重責を負わせていいのだろうか
それでも
石の力を信じ
護符や飾りとして
昔から身に着けてきた
自分の弱さをいましめ
迷いながら
もしかしたら の希みに
かけようとしている
危険な食卓
「病気にならない生き方」 (針谷弘実)
「食品の裏側」 (阿 部司)
「経皮毒が脳をダメにする」 (竹内久米司)
「間違いだらけの医学健康常識」(石原結實)
題名に惹かれ
買い 読んだ本
身の回りの食べ物の
見た目や利便性を求め 生きる為の食べ物は
もはや人間の食べ物ではなくなった
スーパーの売り場 売り場で立ち止まる
手を伸ばし パッケージの裏を見る
添加物を確認して元に戻す
一体、何を買ったらいいのか
育ち盛りの子供に
安心して食べさせられる物
夫も私も何よりも、まず自分たちが
安心して食べられるりんご作りをしている
それが一番大切なことと信じ
実践しているだけの事なのだ
牛乳もお茶も 体に良くないというなら
飲むのは止めようと決めた
それでも足首が痛んだりすると
牛乳を飲まないために
カルシウムが不足しているのだろうかと
小魚は摂っていても不安になる
これが洗脳なのか
何が本当で
何がまちがっているのか
人の口に入るものを作る全ての人の心を
美味しくて安心なものを作る
そんな言葉で 洗脳できたら――
救世主 詩集「想い」掲載 群馬詩人会議 「夜明け」 149号
洗濯機が終了のブザーを鳴らす
毎日のことながら
おもむろに蓋を開ける
ステンレスの水槽の底や横に
下着 ハンカチ 小物がへばりつき
真中では シャツやTシャツ
大きな物が絡み付く
絡み防止の洗濯ボールは
役に立っているのかどうか
初めて全自動洗濯機を使い始めた頃
終了ブザーの音にかけ寄り
ありがとうと声をかけた
脱水までしてあることが嬉しかった
今 小さな世界をのぞき込み
相も変らぬ様に 溜息をつく
脱水して情けなくへばりついている下着をはがす
底に しわになり丸まっているハンカチは
手のひらで叩き
袖の絡み合うシャツをほどく
この世界にとっての
救世主は私なのだ
ハンガーに形良く吊るし
太陽の当たる場所に干す
洗濯物は生き返ったように
さわやかに 風にはためく
朝 詩集「想い」掲載 群馬詩人会議 「夜明け」 148号
騒々しい子どもたちは まだ起きてこない
ストーブの送風音だけが
さやさやと低く流れる
静かな朝の日曜日
こたつに入り
お茶を手にして気付く
七匹の金魚は水槽の中で
止まったまま
動かない
時間が止まってしまったのか
体が硬く麻痺する感覚
この静寂を破ってはいけない
張り詰めた空気が
動くことを制止する
八畳の部屋の中
眠っている赤い金魚
私は息をひそめ
石のように無になる
波 詩集「想い」掲載 群馬詩人会議 「夜明け」 147号
手を伸ばして その先五十センチ
波間に浮き揺れる海草
何年かぶりの海水浴
高揚した気持ちで水を蹴る
胸までの水面
一歩先の深みに気付いて後ずさりする
やって来る波に乗り
手元に届くと待っているのに
波はこの身を通り過ぎても
海草は近づいてこない
次の波も
大きなその次の波が来ても
この手には届かない
同じ場所に漂うばかり
波みが運んで来ると見えるのは
錯覚だったのか
目の前にあり
この手につかめそうで つかみ取れない
海が牙をむくことに 恐れながら
あきらめと望み
どちらも捨て切れず
動けないのだ
光風 詩集「想い」掲載 群馬詩人会議 「夜明け」 146号
空は晴れながら霞
花畑には
白や黄色の蝶が飛んでくる
一匹が気まぐれに
二匹の蝶が踊るように
追いかけながら
心がありそうで なさそうな
命があって 生きていることを感じさせない
いたずらな妖精が糸をたぐり ゆるめては
楽しんでいる
まるであやつり人形
時々 強い風が
糸をからませ
もつれて切れて
たよりなく風に乗り
木立ちの向こうへ飛ばされる
ほどなく 一匹が
二匹 三匹............
また遊びにやってくる
それは何度も何度も
繰り返されて
やわらかな日差しの昼下がり
運命 詩集「想い」掲載 群馬詩人会議 「夜明け」 145号
タイムトラベルなど有り得ない
この場所は唯一ここだけに存在する
流れ消えゆく時間なのだから
タイムトラベルの研究がされているらしい
そう言う夫に反論した
ガリレオは今の時代にもいる
深く広い視野で宇宙を見ている
地球は太陽の回りを動いている
その軌道上に昨日(きのう)が一昨日(おととい)が
フイルムのように刻まれ
残像としてあるならば
昨日(きのう)に悔いなど残したくないし
過去に何かを求めても仕方ない
そうは思っても
帰りたいあの日がある
この手に過去をすくい取ることができたら
戻りたい瞬間に出会えたなら
映画のように
現在未来は 今より幸せに変わるだろうか
どんなに あがいても
今の自分を持ってしても
結果を変えることなど出来ないのかも知れない
もし変えることが出来たなら
運命という言葉は
きっと消えてなくなる
真珠 詩集「想い」掲載 142号
小さなガラスのかけらを
踏み付けてしまった
医者でさえ 取ることは難しいと言う
だから
あこや貝のように
触れるとがった角の痛みを
分泌物で幾重にも覆い
真珠のように育てていく
貴女も心に
刃のような 言葉のかけらを刺し込まれ
痛む傷をそっとそっと
包むように
かけらが丸くなるように
泣きながら
さすりながら
かばいながら
長い日々を重ね
宝玉となり
美しく輝き出す時を待つのだ
そうして誰もが
胸の中に
いくつもの珠を抱いて生きている
詩集「想い」掲載
雨上がり 夜明け 群馬詩人会議140号掲載
朝から雨
今日はお客の少ない一日だった
売店のガラス戸を開け
一歩外に出る
りんごの木には
鈴なりの陽光の実
こっくり深い赤色
濡れた緑の葉も
雨上がりの
差し込める日の光りに
たった今
スイッチが入ったというタイミングで
一斉に雫がきらめき始めた
クリスマスツリーのイルミネーション
あるいはプリズムを砕き散らしたように
夜空の星をみんなこの木に集めたような
紫水晶(アメジスト)
オパール
ルビー
夫から貰ったどの宝石よりも
輝いて この目を釘付けにする
りんごからの少し早い
結婚記念の贈り物
スイート20 ダイヤモンド
とても数えることなど出来ない
抱えきれない雨の雫のダイヤモンド
理屈 詩集「想い」掲載 夜明け 群馬詩人会議139号掲載
さあ、勉強しようっと
座卓の上の食器を片付けて拭いてね
私の言葉を避けて
逃げる様に机の前へと行く
そのくらいの手伝いはしたっていいよね
もう一言付け加える
テスト前に手伝いする子なんて
誰もいないよ
じゃ、中学生は勉強だけして
手伝いはしないってこと?
テスト前だから仕方ないでしょ
悪い点取ってもいいって言うの
小さい頃から
やってはいけないと制止する
私の言葉は素直に聞き
逆らうことなどなかった
内弁慶で
幼稚園や学校でもおとなしく控え目
叱られことに おどおどしていて
その子が私に反論している
勇気のいったことだろう
まだまだ自己中心の屁理屈だけど
こうして対等に向き合っている
何だか頼もしく見えてきた
もっともっと 理屈をこねればいい
これは大人になるための練習曲
勉強だけで他に何も出来ない
そんな大人になりたいの?
社会に出ていく自分のための
人のために役立つ大人になる
そのための勉強じゃないの
食事の後五分や十分の
手伝いが出来なくてどうするの
そのためにテストの点が悪くなっても
それは仕方ないよね
さあ 片付けて
不満の色を顔に残し
投げやりに はあい と答える
足音も荒く
しぶしぶ食器を台所に運ぶ
言葉を投げたら
受け取り 投げ返す
キャッチボールの様に繰り返していたら
いつか上手になり
状況に応じ
どんな球を投げたらいいのか
回りの人の動きも見えてくるはず
その時 自分はどうすればいいのか
解かるようになる
いつの日か きっと
花 夜明け 群馬詩人会議138号掲載
林檎の花がどの木にも
細い枝先にまでびっしり咲いて
畑の中に満ち満ちる
五月の光を反射する
風の向きによっては
甘い香りがして
林檎の花は
やはり林檎の果実と同じ匂いを漂わす
無垢な花びらがそよぎ
まばたきした瞬間
柔らかな羽に
白いドレスをまとった妖精が
ステップも軽く踊っている
雉や鶯の歌に
心はずみ
自然に体が舞うように
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