2:箱庭



 人の世界の建物は、あれやこれやナントカ式だの、あれこれ難しい名前が付いていて、その時代時代によって柱の形状やファザードの作りやらが違う。
 つまり、増築された建物は様々な様式の展覧会のようになっている(勿論全てではないが)。それはその時代の建築家や発注者が自分の居た時代を、自分を残したい為。

 しかし、この建物は違った。
 チェイニーに聞けば竜の時代は人より気が遠くなるほど長い筈。聞くと増築も成されているようだ。なのに、様式のブレがない。しかも古くささを感じない。
 見上げると思わず口が開いてしまう程遠い天井。繊細な彫刻。
 支える柱は、時間の経過など全く感じられない程、何処までも白く。
 廊下の端は見えない。そこから、オオと何かの音が流れてくる。空気の流れか、それとも先程まで戦っていた神殿を守る理性を失った竜か。

 寒さに凍えながら入って来たはいいものの、ほぼ全員の頭の中を支配していたのは「足を踏み入れても良いのだろうか」という恐れに似た感覚。
 アンリの道を辿るにあたり、マルスはその精鋭のみを同行させた。つまりはここに在るのは歴戦の勇者たちだ。
 だが、その精鋭だからこそ、感じる「気」なのだろう。

 チェイニーは頭の上で両腕を組みながら、笑ってしまう。
「大丈夫。ここにはもうガトーとー…まぁ、それ以外は居ないんだ。ある意味廃墟同然。…ま、たまに神殿を守るモノが居るけどね。とりあえずは大丈夫。…さ!ちょっと休もうよ。僕も疲れた」
「ありがとう、チェイニー。すごくありがたいよ」
 相変わらず軽い様子を見せてくれるチェイニーにマルスは思わず笑みが零れ、深呼吸した。



 負傷した者たちを休ませ、大きな部屋に案内された。

「すごいわねー。ホント誰も居なかったの?ここ」
「うん。これも魔道の力…なのかな。そうか、カダインを作ったのはガトー司祭だし、そう考えると確かに僕らが知らない魔法があっても不思議じゃないんだよね」
 外の空気とまるで違う暖かな空気、それにここに来るまでに通った中庭には緑があった。チェイニーは廃墟同然と言ったが、それは当てはまらないと魔道士の二人は思った。「生活感」とはまた違う「動いている」雰囲気がここにはあったのだ。
 リンダとマリクはやはり魔道から考えてしまう癖があるようで、ああでもないこうでもない、と二人で言い合っている。

 マルスは負傷した者達に声をかけてから、やはり勝手に出歩いてはならないと思ったのだろう、大部屋に通じる廊下にあるいくつかの絵画を眺めていた。ここに居れば軍の誰かが通れば認識できると思ったからだ。

 そんな思い思いに休んでいる中、廊下をぱたぱたと忙しく走るのはエスナだった。
「! …大丈夫かい?」
「ああ、マルス様。はい。ユミナももう安定してるし…傷薬もいっぱい買ってあったから大丈夫です」
「そうじゃなくて、君の事だよ」
 くすりと笑い、肩を竦めた。
「! あは、それこそ平気ですよ。明日はガトー様に星のオーブを直してもらうんですよね、…あ、今のうちに集めておいた方がいいのかな…」
「ああ、そうだ。準備もあるから今晩中に集めて欲しいってチェイニーが言っていたんだよ」
「え、そうだったんですか」
 返事してから気が付く。そう言えば大部屋と負傷者の部屋を行ったり来たりで、ここに到着してからの彼らの話は聞いていなかった、と。
「うん、だから私も持っている者から受け取っておくよ。悪いけど、エスナも所有者を見かけたら声をかけてくれないか」
「はい」


 マルスが去った後、彼が見ていた絵たちを見上げる。
「うわ、きれいな絵ー…、竜族にも絵とか、そういう文化あるんだ…」
 風景画、人物画。
 その中の一つ、三人描かれている絵を見た途端、つきん、と目の奥が痛んだ気がして思わず押える。
 絵を良く見ようとして目を開け直すが、どうも、視界が歪む――何故だか、その絵の彼らを見る事が出来ない。
「…え…?魔道…?」
 直ぐに目の痛みは止んだが、ここに入ってから違和感は時間を増す毎に酷くなっているのだ。
「…何処かで…?」
 見回す。廊下には誰も居なかった。だから、それをいい事に柱を背にしてずるずると座り込む。
 自分の音を消すと、大広間からの音が良く届いてくる。それは、この激しい戦の中でも多少なりとも手にすることが出来た休息を喜ぶ声。
 アリティアは現在、アカネイアの敵となっている。この大陸の中心となるアカネイアの、だ。だから、今少しでも休息を得られている彼らに自分が感じている違和感など相談出来なかった。

「はー…。自分にリライブかけられればいいのに…」
 実はこのような事は時折思っている。それをぼやけばレナに叱られるから、年齢が大きくなってからは口には出さなかったが。
 だが、叱ると言ってもあのレナだ、厳しいが優しく諭す言い方がとても大好きだった。
「…レナ姉さん……何処行っちゃったの…」
 膝を抱えて、ローブに顔を埋めた。
 以前の戦争の時、分からない薬草があればレナが教えてくれた。レナとマリアが居てくれたから、治療に来ない者たちを探しに行って治癒の魔法をかけに行くことも出来た。
 マリーシアもユミナもとても頑張ってくれている。だが、震える事があるのだ。自分などがレナの代わりになれるのだろうか、若いシスターたちをレナがしたように引っ張っていけているのだろうか、と。


「……や!こんな所で休憩?」
「!? …チェイニー?」
 声に驚いて、見上げるとそこには赤い髪の青年。いつの間に来たのだろう。
「大広間に行けばいいのにさ。あっちの方が暖かいよ?」
「ん…なんとなくね」
 何処かもやもやしている気持ちがあるのだが、その正体が分からないのだ。エスナは曖昧に笑って手をひらひら振った。
「……。そっか。ま、ちょうどいい具合に人も居ないし、…そろそろかね?後で知らなかった!なんて怒って泣かれても面倒だしね」
 こつ、こつ、と二回踵を鳴らし、は、と息をつく。
「え?」
「……あのさ、エスナ」
「?」

「お前は、……まだ、たくさんいろんな所に行って、って。願っているの?」

 何処か声の調子が変わったチェイニー。
 その声音は、今までと違う。何か違うと問われたら言えないが、…他人の声、ではない。
「…!?」

 はっ、と座ったままチェイニーを見上げる。
 その目はこちらは向いておらず、チェイニーも天井を眺めていた。
 意味が分からないよ、と言いたかったのだが、完全に意味が分からないと否定が出来なかった。
 途端、頭の中で一瞬の雷の光のように何かの光景が浮ぶ。
「!? ひ、……チキ」
「………」
「……箱、の なか? え、なに…?」

 そして、手が目の前に来たから、「立つ?」の合図かと思い、また見上げた。
「その「箱」や…その絵を知りたいなら、僕の手を取るといいよ。 ただ、今のエスナには必要ないものだとも僕は思っているんだ。お前は今だっていろんな所に行けてるしね。……だから、お前の好きでいいよ」
「? チェイ…」
 何故か、手首にかかっているクラウスの石に触れた。
 また、つきん、と目の奥が痛む。

「取っていい?」
「躊躇しないねぇ」
「だって、大事そうな事だから」

「どうぞ」
 承諾を得られると手を取り、引き上げられ立ち上がる。するとその手には小振りの石がいくつも付いたチェーンが握られていた。ただの小さな石に簡単に加工されたチェーン、それだけの筈。
「――――」
 なのに、目が離せなかった。





「あ」
 殴られたように頭が真っ白か、真っ黒か、とにかく一色しか見えない。

「ひ…ぁ…! …は……」

 色を取り戻した視界には、赤い髪の青年が困り顔とも笑顔とも見える表情でこちらを見ていた。
「!! 私は…。いままで…」
 自分の中に雪崩れ込んでくる千年以上の記憶。それに身体を持っていかれそうなくらいだ。
「っ、う…。 あ、神 竜…?」
「……」
 地に足を着いてはいるが、よろよろと覚束ない。チェイニーはそれをぎゅっと抱きしめる。

「バカだね、戻ってきて。……でも、おかえり、エスナ」
「うん、ただいま…」
 背に回る手。温かい。髪を梳く手がとても優しい。
 ああ、この手は、知っている。遠い遠い昔、大好きだった手だ。
「会いたかった……」




「チェイニー兄様――――…」





ゲームでは一つのMAPなので勿論敵がいるのですがー…。
まぁ、……いないってことで(笑)。
氷竜神殿ってあのグラフィックの通り、青白いんでしょうね。

たくさん人が居る筈なのに、いつも数名しか出てこないのは、
その時その時の一人のキャラを追って行っていれば数人しか会わないのは当たり前じゃね?
……などと都合の良い様に解釈して…ます(笑)。
あの時あのキャラは何をしてた?みたいな感じで。
すみません、言い訳です(笑)。


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