8:それぞれの道



「ああ、そうだ」
 ジョルジュは手を下ろしながらそれをなんとなく眺め、それからエスナを見据えた。
「?」
「お前を目覚めさせたのはチェイニーや俺だけじゃなかったな。パルティアも、だ。…光が見えたんだろう?」
 反対側の手、そこにある包みの中。
「……?」
 目を丸く見開いて、小さく首を傾げた。

「――――そいつは、俺が物心付いた頃からの憧れだった。…使える人間がいないと聞いて、いつかモノにしてやろうと野心もあったのは否定しない。だが、野心ではおよそ使いこなせない気難しい奴だった」



 言いながら、その眩い弓に届きたくて背伸びを、努力をしていた頃の幼い自分を思い出し、苦笑する。
 周りなど見えなかった。
 だから、当初は貴族の家系である一族の者からも変わり者だと奇異な目で見られた時期もあった。

 他にやる事があるだろう、自ら武勇を誇らずも良い。
 「目」を鍛えよ、と。「目」でこの家は勝ち残ってきた。生き抜く事は戦いだ、戦況を射る目。
 戦況、と言っても本当の戦ではない。
 表では笑っていても腹の中はどろどろだという者たちの相手だ。それらを嫌というほど見てきた。だから、この自分の居る場所を良しとしていなかった。

 そんな中、パルティアに手が届いた途端、一族の者達は「アカネイア大陸一の弓騎士」だと騒ぎ立てた。あのパルティアに手が届く者がいた、と。
 結果、メニディ家の名が国境を越えるのにそう時間はかからなかった。名を轟かせ、地位はますます安泰となった。家などどうでもいい――そう思っていたジョルジュにとって、それは皮肉、というのだろうか。
 「飾り物だと思われていたパルティア」に弦を張らせることが出来た者――、ジョルジュは一族の者たちにとって、それこそ「飾り」となってしまった。
「(そんな事より、俺はそれに手が届いた事にしか目がいってなかったがな…。そうだ、手が届いたのは技術云々じゃない…)」



「ジョルジュ…?」
「ああ…」
 その胸に抱かれる黄金の弓が包まれた布を見やり、くい、と顎で指し示した。
「だが、もし、俺がそいつを使えるようになった理由がこの為だったとしたら、…面白いな、エスナ。ナーガ神は全て御見通しって事か」
「は!? そんな、えっ?」

「………」
 ふ、と笑って続きの言葉を待つ。
「そうじゃないよ、パルティアはジョルジュを見てるし。…パルティアがその身を預けたのはこの子自身が決めたから。技量だけじゃなくて自分以外を守ろうって思ってくれたからじゃない?」
「! …へえ…」
「だってちゃんとそう言ってるもの」
「…そいつは喋るのか?やれやれ、自己主張が激しい奴だな」
「あれ、知らなかった?結構お喋りだし、頑固なんだ。……だからジョルジュ。どうか、それを誇ってほしい。…でも!ふふ、「それ」も嬉しいかもね」
「……。お前も、そいつがガーネフの術に勝てたのは誇ってやりな」

「ん! …あは、そろそろホントに行く。それこそマチス兄さんにでも見つかったら怒られそうだし、ふふ」
 た、たんっ、と軽く弾みながら二、三歩離れ、くるりと回って振り向く。

「――――ジョルジュ!」

「?」
「ちゃーんと自分の事も考えてよ」
「…っ!」
「ほら、もう戦争も終わったんだし、ちょっと位ゆっくりしたって罰は当たらないよ!…ね、カダインで言ったでしょ?」
 ぱたぱたと手を振り、笑う。
「……。余計なお世話だ」

「ふふ。 ……ね、…どうか幸せになって――――」


私、ほんとはそれを願っているから。
チキや竜の事を守ってくれるのが盾なら…

私だけの願いはね――――…。


「(…なんて言える訳ないじゃない。ジョルジュの重荷にはなりたくないし、そうは思ってくれてない。私はただの仲間なんだから。……でも、私の一番好きな…)」

 魔道の杖を胸の前で構える。いつもより大げさに動く腕は、多分気のせいではない。
 竜の時代、魔道の力の安定と、女の子が居なかったからなどとよく分からない理由で髪をあまり切らせてもらえなかった。流石にもう慣れてしまったが、今でも少し邪魔に感じる事がある。
「(でも良かった)」
 少し身体を動かせば、風が吹けば、髪は動いてくれる。
 今は、きっと酷い表情をしている、その顔を隠したいのだから。




「! エス……!」
 ジョルジュの呼びかけた声は恐らくエスナには届かなかった。
 いや、届かないように術を発動させたのだろう。
 「また」などと、恐らく実行する気などない言葉。なのに、「また明日会える」ような口調で。

 その位、今までの話し方で分かる。



 ザッ――――…!



 風が舞って、次の瞬間には何もそこには居なかった。
 ただ、転移魔法の反動で少しばかり草が風に倒されて、落葉が風を受けて舞っている。ただ、それだけが見えた。


「ち、何が幸せになれ、だ」
 ため息とともに思わず口から出てしまう。
「全く馬鹿な奴だな。貼り付けたような笑顔かよ。…随分と無理してるな」
 言ってから、自嘲的な笑いを浮かべてしまう。
「(無理は俺も、か? っ…!やれやれ、冗談じゃないぜ…)」
 当てた拳を開いて手を眺める。
 あの柔らかさに触れた手。そして今まで黄金の弓が握られていた手。

「さぁて、どうしたものかね……」
 言葉だけはのんびりとしているが、その胸はちくりと痛みを覚える、そしてどこか急く様に鳴る。


 クラウスの件、恐らくあれがきっかけだった。二人で話す事が増えてきた、と。
 今までは話そうと思えば近くに居た。
「………」
 からかうような軽口を叩けたのも実は軍の中でも少数だ。ましてそれが女ともなれば。だから、自分でも珍しいなと苦笑したものだ。

 互いの話、真面目な話。からかってやった時もあった、――――そして、恐らく他人には踏み込んで欲しくなかった領域。そこまで、互いに踏み込んでいたように思う。
 だからという訳ではないが、エスナが泣いていた姿など自分と二人の時が、恐らくその殆どだった。
 反応、空気、それらが心地良いと思えてきた頃には自分の中の感情が整理しきれなくなっていた。もっと、と求めてしまっていたのだ。

 それでも、他人に悟られないように「他の奴らと同じ」態度を維持してきた――――つもりだ(…いや、感付いていた者もあったので、それもほぼ失敗だともわかっているが)。
 冷静に判断できる方だからこそ、今、思い返してそう思う。


 
他人に自分の話をしてどうする?そして他人から聞き出してどうする?いらん事だろうが――そう思って育ってきたのだ。……それなのに、何故、あの司祭には話していた…?


「……は、よくもまぁ、変わったもんだぜ」
 恐らく、あれはもう手が届かない領域に行くのだろう。
 遠く遠く、知らぬ時代まで。
「(待てよ。…たかが数十年、あいつに何をしてやれる)」

 もう一度大きく息をついて、空を見上げた。
 冷たい風に一つ息をつく。

 戦という条件下において、共に過ごした者達が尋常ではない絆で結ばれる事は有名な話だ。それが一生モノなのか、一時の盛り上がりなのかは…また意見が分かれるが。
 だが、今回の戦だけの話ではない。
 その前の暗黒戦争、そして英雄戦争との間の僅かながらの平和の時。
 これだけ揃えば一時の気の迷いではない、考える時間は十二分にあった。
「……ち」
 それでもなお――――とジョルジュは奥歯を噛んだ。

「アカネイアの弓騎士、いや…。俺は、これでいいのか?」





*





 ――――英雄戦争と呼ばれた戦の後。
 アカネイア大陸一の弓騎士・ジョルジュは自由騎士団を設立。盗賊から民を守っている。


 さて、英雄戦争を題にしたアカネイア英雄戦記、他歴史書にはそこまでの記述しかない。

 確かに功績も名も残した。
 だが、百年単位の月日が流れれば彼もただの一兵士。当然の事ながら「戦争の記録書」には、個々のその後の生活が記載されているわけもないのだ。

 しかし、風のように渡る吟遊詩人の歌の中の話か、それとも彼の家に残されていた記録か。

 その伝えではこう続いている。




 …それから、季節が一周と半分程度回った頃。
 ジョルジュは騎士団を親友・アストリアに一旦預け、パレスを出立する。


 数週間後、パレスに戻った弓騎士ジョルジュは司祭の女性を伴っていた。
 神の名を持つ竜の司祭だ、と彼女を知る者は言う。確かに特徴的な耳、瞳の奥。纏う雰囲気が確かに何処か「人」と違うが、他は「人」となんら変わらない。
 その司祭は、満足そうに微笑む弓騎士の隣でとても嬉しそうに笑っていた。

 それから二人は互いに支え合い、仲間と共に封印の盾とアカネイア大陸を守っていったという。
 そして弓騎士と竜の司祭はその生涯、離れること無く仲睦まじく寄り添い、愛し合っていた。



 人と変わらない司祭は、その姿を変えることなく、最期の日まで愛する者の手を握り続けていた…と。




 ――――…そしてそれは、また別の話。





最終章 MAP22〜24竜の祭壇からED後…でした。こちらから長編(だがしかし、そんな長くはない)になります。
しかし、昔のファイルを手直ししながら、というのは…やはりやはり恥ずかしいものがありますね!

ED後からずっとジョルジュとエスナだけの話になってしまいました…。
元の話にはチェイニーやらマルス様やらたくさん出てきたのですが、
あまり登場人物増やすのも話がぶれるし、また、彼らもそんなにヒマじゃない(笑)
…と思い、ゴードンがちょっと出てくるだけにしました。
そして元のファイルではクラウスも出てきたのですが、「かなり都合がいいしファンタジーだなぁ」と思ってこちらもカット。

全編通して書いていて思ったのはやたらとパルティアが出てくること。
神竜族とアカネイアとそれを使う人にかなり繋がり持たせてしまったなぁ、と今になって思います。
…でも盾と一緒に奪って行ってそれを使ってアカネイア統一したって言うんだから、繋がりがあっても文句はないでしょう(笑)。

長編で「想い」についてはやったのでこの最終話とその前はちょっとくどいかもしれません。
でもまだ、互いの想いを知らない時なので…ということでご容赦下さい。

SFC版の公式ガイドではジェイガンの日記が11月中程度で終わっているので、
恐らく12月頃に英雄戦争が完結したのでしょう。
…というわけで12月です。
御付き合いありがとうございました。
(*実はゲームではアカネイアに行った時点で2月とあるので、攻略本と違うようです。ですがここでは攻略本の11〜12月あたりになっています)

総合タイトルの訳は「神の名において彼らを自由にしてください」…だったのですが、
メディウスや苦しんでいた竜たちは自由になれたのでしょうか。

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