7:今と昔の約束



 かさかさ、と小さく葉が擦れる音がする。
 それに、鳥の鳴く声。

 二人だけになったその場所は、遠く皆の声が届く程度。また、庭木や像の影になっている為か、誰かが通るような気配もない。
 また、葉が小さく鳴り、今度ははらはらその風に流れていった。


「……あのね」
「あん?」
「…。なんでも…」
 目を擦って無理矢理涙を止めようとするが、意識をしてしまうと逆効果なのだろうか。その拭った手が新たに濡れていく。
「――っ! く」
「……。難易度が高い場所なんだろ。だったら誰か来ちまう訳でもない」
 息をつきながら、目線を少しあげた。
 相変わらず木々の葉たちが微かな風に揺れているだけの光景が目に入る。常緑樹の緑と季節で色を変える葉の暖色と、そして空の青色。
「ジョル…ジュ」
「…大体、今更恥ずかしがる事もなかろう」
 木にまた身体を預け、顎で指し示す。「隣りに来い」と。
「カッコつけてても変わらないぜ」
「……」
 エスナは少し戸惑うような仕草を見せたが、何も言わずに近寄った。



「…いつも泣いてるって思われても可笑しくないかも。そんな事ないつもりなんだけど」
 暫くして。漸く涙が止まったエスナは苦笑しながら息をついた。
「……どちらかと言えば、ケタケタ笑ってる時の方が多かったかもな」
「あーなんかそれ酷い!…ふふ」
「………」
「前の戦争のアリティアの時もこうだった…。こんな風に聞いてもらったよね。あは、妙なのに出くわしちゃうねえ、…そういう体質?」
「…自分で妙だって言ってれば世話ないな」
 武器たちを傍らに置き、同じように木に寄りかかる。
 真上を眺める。木々の間からきらきらと陽光が顔を覗かせていた。何処までも突き抜けるような色の青い空。踊りながら落ちてくる葉たち。

「あれから、随分変わったなぁって」
 変わったのは自分を取り巻く環境か、それともエスナ自身の心の変化か。
「………(変わった、か。確かにな…)」

「あのね!」
 手を胸の前で合わせ、小さく鳴らす。
「目覚めさせてくれてありがとう。…実はー何してたのか、苦しい方が立ってよく覚えてないんだけどね。憎いとか、とにかくそういう嫌な感情だけしかなくて。…すごく、気持ち悪かった」
 胸元に手を置き、きゅっと服を掴む。
 布の皺が深く刻まれる。
「チェイニー兄様、と…声が聞こえて。あと、光が見えて。よくある言い方だけど、ホントに冷たくて真っ暗だった。そこから引っ張ってくれた感じ…」
「……」
「クラウス兄様の時の。…アリティアでの事、覚えててくれて…私――――…」

 他に何か言葉を飲み込んだように、少し間を開け、それから小さく息をついて、また空に目を渡し。
「……?」
「…嬉しかった」
 秋から冬の空の青色はとても澄んでいる気がする。それが目に入って、眩しさを感じ、細めた。
 だが、多分眩しさだけが理由ではない。微かに眉根を寄せてしまったから。
「………」


 ――――そう、「たまたま」なんだ。
 ジョルジュが話したのが私だったというだけで、それ以上の意味はなく。「仲間」の為に目覚めさせてくれたのだとしても…、それが「私だけに向いた気持ち」ではなかったとしても!
 …ただ、目覚めさせてくれようと立ち上がってくれた事が、嬉しかった。

「(だからね、私はこれからそれを持って行ける。勘違いでもいい、他でもない「私」を目覚めさせてくれたって事実だけでいいんだ)」
 勘違いでも、自分の中でそれが真実ならば、数百年後もきっと笑っていられる。それは自分を騙しているのだとしても、だ。
「(それだっていいじゃない…上等でしょ)」


「………?」
 言葉が止まったエスナに目線だけ流し、く、と細めた。

「…もし」
 どくん、と胸が鳴る。だが、それは気のせいだ、と笑顔を作る。
「次に会うことがあったら、戦争以外の事、話せるといいな。 ね、お菓子とお茶買って、…広げて。いっぱい。…ね、今度こそ明るい事!」
 ぽつりぽつりと話す。内容はとても楽しい筈なのに、口を動かすごとに胸が締め付けられるのは何故だろうか。

「? …もう、聞いてる?」
「ああ、聞いてる。…やりたければやれよ。止めはしないさ」
「ふふ、…ん。じゃあカダインでお茶探してくるね。あー、ここは人数居るから、箱買いしなきゃね!」

 影と気配が移動した事を感じてジョルジュは目線だけそちらに渡した。
 木から離れ、パルティアを胸に抱き。その顔を見、目が合う。
「……」
「さて。そろそろ行かないと。…大変になっちゃう」
 弓を包む布、それを巻きつけている赤い紐の先端。そこには重石の役割の房があるのだが、それを指先でくるくると回しながら。
 その仕草は丁度、子供が言いにくい事を言う時のよう。
「……(そう思うくらいなら、何も自分からそんな道に進まずともいいものだがな)」
「封印の盾は私が生きてる限り守る…なーんて、言葉だけ聞くと難しそうだけどね。ホントは壊れないようにただ傍に居ればいいだけ。頭使わないし、兄様の杖もあるから難しくないんだ。竜族を守るのは盾がやってくれるもん」
 手をぱたぱた振りながら笑う。
 簡単な事では勿論ないのだろうが、そのあまりに軽い仕草に、眉をくい、と上げる。
「そういう事ばらしてもいいのか?威厳がなくなるぜ」

 確かに技術的には簡単なのだろう。
 そこではない、他の部分で簡単な事ではないのは分かっている。侵略者から守る、経年劣化から守る。いくらでも思いつく。加え、片時も離れず傍に居る気なのだろう。それだけでも大変な事だ。
 しかし、無駄な指摘はしなかった。
 恐らく、今求められている反応は「心配」ではない。心配した所で折れない事は分かっているのだから。

「……」
「ふふ。誰かにはばらしておきたいじゃない。秘密は一人だけで持ってたら重いんだよ。……私が居なくなる頃にはチキも成長しきるから野生化する危険もないと思うし、ドルーアももう大丈夫」
「そういえば、お前の兄には許し貰ったのか?」
「………。変な顔はしてた。でも、しゃーないな、って。言ってくれた。…大丈夫。チェイニー兄様はひとつの所に居ないって言ってたから。…ってことは願えばいつでも会えるって事だし」


「…エスナ」
「?」
「約束なんだろ。今のも…」
「え?」
 そ、と手を伸ばし、頬の横を流れる髪、未だ涙で湿ったままの毛先を梳いた。
「ん!」

「菓子と茶を広げて、話す…か。 …お前を引っ張り出したのは俺だ。責任は取らせろよ」
「!……うん。覚えていてね」
「は、あまり待たせると忘れるぜ?俺も」
「ふふ。もう、あまり意地悪言わないでよー? …あの、チキの事、よろしくお願いします。甘えっ子な所もあるから大変かもしれないけど―――、いい子だから」
 せめて、せめて皆が居る数十年は楽しい思いをさせてあげたい。それはチェイニーやバヌトゥも同じ気持ちだ。
 懇願するような目を向けられ、ジョルジュは苦笑する。
 何を今更、と。拳を作って、こつん、と頭に当てた。
「! たっ、…もう!」
「…心配するな。ここには人がいるからな、寂しいなんて思う暇もないだろうよ」
「ん。良かった」
 「お前は」と続けようとして、やめる。
 良かった、と微笑む顔に水はさせなかった。

 笑った顔のまま、エスナは拳を差し出す。一瞬眉をくいと吊り上げたジョルジュだったが、やれやれと苦笑しながら、その拳に自分の拳をこつんと当てた。





今更ですが、ジョルジュの「俺」ですがー…マンガではひらがなと漢字両方だったんです。
で、ゲームはカタカナとひらがなとーってあまり固定されていない。なんでもいいのか。
なので、漢字使ってます(元のファイルはカタカナでした)。
ひらがなだと他の台詞と埋もれるんですよね、見づらくなる。マンガやゲームの短い台詞なら
それでもいいんですが、小説だとちょっと見づらいですね。

…ホント今更だな(笑)。

しかしまぁ、ジョルジュが優しいなぁ。
こんな人でしたっけ、やー、優しいのは変わらないと思うけども。


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