3:竜の司祭



「何!」
「えっ!?どうして!?……あ…?」
 マリクが魔法の撃たれた方向を見ると、霧の中から薄荷色の髪を持つ女性が現れる。
「!? 目…。あれじゃあ見えてないんじゃ…?」

 それは出来の悪いガラス玉のような濁った瞳に、竜の力を示す瞳孔。
 確かに竜の瞳孔自体は珍しくない。が、それは奇妙な光のようなものを放っていた。今までに見たことがあるそれと明らかに違う。

「昔もあいつはクラウスの弟子だったんだ。それに、竜石を渡して魔道の力を継承させた。生まれ持った力は治癒だけど、この場くらいは吹っ飛ばせる」
「そんな事出来る筈ないわ!だってエスナはっ…!マリア姫と一緒に!」
 昔、共にマケドニアで遊んだ。まだ幼かったマリアと皆で。それはとても短い期間だったけれど、楽しかった事を覚えている。
 くってかかるカチュアを押さえながら、チェイニーは呟いた。
「……。無理だ。クラウスの事をまだ悔やんでいるんだよ。自分が兄を殺したってね。その負の力があの魔法を強めているんだ。じゃなきゃ術者がガーネフとは言え、神竜が術に落ちるとは思えないんだ」
 ぎり、拳を握り。
「……それに、今のシスターたちのように、目覚めさせられる奴なんて…」

 それの原因であるクラウス以外に居るのか?と、その言葉を飲み込んだ。
 憶測でモノを言うのは好きではない、それに、叶わぬ事を願うのももうやめた筈だ。
「(だから、人とは関りを絶ったつもりだったんだけどね)」
 こんな時なのに、いや、こんな時だからだろうか、目の前の現実と何処か逸れた事を考えている。
「は…」
 周りに知れない程度に息をつく。
「(でも、関って楽しかったんだろ。……やれやれ。…さて、どうやってあのバカ妹を連れ戻す…?)」
 きゅ、と目を閉じ。それからゆっくりと開けて現実を見据える。
「(何処か、必ずある筈だ)」
 そうして、腰の剣に手を置いた。意識せず、ちゃき、と剣が擦れる音がしたのは手が震えて、だろうか。
「(なぁ、クラウス。お前なら斬れる…?)」

「ガーネフの魔法は負の力」
「狙いはそこだったのね……なんて事を…!」


「わた しの……敵―――?」
 ふら、と身体が不自然に揺れ「こちら」に手を向ける。

「!……。光の!?させない!!」
 びりっとした空気に真っ先に気が付いたのはその力を身に宿すリンダだった。
「リンダ!!」
 とっさにリンダとマリクが魔法防御を張らなくては、皆、魔法に呑まれていた。
「やめて!!何してるのバカ!!」
 皆の言葉も聞かず、エスナは杖を構えた。光が膨張する――――。


「その杖はこんな為の物なのかっ!?」


「…!」
 チェイニーの声にエスナの動きが一瞬止まった。
「あ…?」
 途端、魔法は霧と姿を変えて消滅する。無理な魔法の使い方でうまく発動し切れていないのだろう。
「(だけど、逆に言えば、…暴走する可能性もあるんだ)」
 足元の床を一歩一歩、足を擦る様にして進む。刺激してはならないと。
「(こちらが見えてなくとも、まだ、言葉が通じるのが救いだね……)」

「お前ならこんなことは出来ない筈だ。一番人に関りたがっていたのは誰だったかな」
 声が震える。だが、平静を装い、いつものように何処か笑みを浮かべて。
「……人のせいでこうなった…ッ!!私は…あのまま平和に暮らしたかっただけだった…兄様たちや…チキと……!」
「違うね。お前はナーガが居なくなった後だって人と関りたがっていた。アンリと喋って楽しそうだった。……アカネイアを恨んだ記憶を取り戻しても僕が感心する程にエスナは人を守ろうとしていた。僕から見れば狂気の沙汰だよ。…それでもお前は」
「……っ」
「それに、「エスナ」ってのはナーガがくれた名だ。ナーガに背を向けられるの?お前が」
「ナー? …ナー ガ さま…!」
 髪を振り乱して、ぶんぶんと頭を振って。違う、違うと。
「どうする?」

「あ た…しは……」
 竜の目がふれ、ぼろぼろと涙が零れる。
「(やったか…?)」
「でも、…や、助け…。 !? …――――う、人間を…殺っ…!」
 涙で揺れる声。正気を取り戻したかに見えたが、苦しげに身を捩り、頭を抱えるとその目はまた焦点をなくす。
「は…! あぁ!」
「(ち、やっぱり駄目か…!)」


 ぎ、と何かが引っ張られる音と、焔。
 濁った竜の瞳に真っ直ぐと照らされるのは焔を纏う矢と黄金の弓。


「………」
「! ジョルジュ…!?」
 マルスはジョルジュの行動に一瞬目を見開いたが、止める事はせず一歩引いた。
「……。 いつか言ったな」
「………て、き」
 攻撃を仕掛けようとする者として認識したのか、今度はジョルジュに向かって杖を向ける。
「責任を取る方法を奪った者として、と」
 ごう、と声に反応するかのようにパルティアと矢の焔が大きく揺らめく。その光にもっと照らされるようにと。
「っ!?」

 一瞬、弓の熱さにジョルジュは目をきっ、と細めた。
 今までどんなに焔を発しても熱いと思った事などなかったのに、と思わず目線を弓へと。

「(! …ああ、お前も辛いんだろう?神竜に向けていることが。だが、我慢してくれ…)――――ああ、俺も背負ってやる…」
 言った途端、その熱がジョルジュの中に吸収されるように消え、熱さも感じない。
 だが、光はさらに増し。


「……どうだ、エスナ? 今、お前があの時しようとしていた事をしてやろうか」





結局いつもの二人の話になるの決定なような回(笑)。
し、仕方ないですよね…?とか言ってみる。

しかし目がぎらぎら光っていたらそれはそれは怖いと思います。


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