3:解放戦争



 あれから間もなくナーガは没したが、それから数百年は平和な時が続く。

 その間もチキは目覚めさせる事はできなかったが、チキが眠る横ではいつも誰かが傍にいた。
 火竜族のバヌトゥもこの時期に守役として任命され、チキを見守っていた。


 長い月日の中では、人の中でも文明が発達し、アカネイア王国が建国される。
 時をほぼ同じくして、宝玉の台座「封印の盾」が壊される事件もあった。
 台座の盾は見つからなかったが、宝玉はどうにか集め、台座の代わりの魔法を行使した。しかし、勿論それは完璧ではなく、「仮」に過ぎないのだ。
 勿論、台座の盾を再度作成しようともした。だが、この世界の何処かに本物の盾がある以上、同じものを創ることはできなかった。どうしてもまがい物、になってしまう。
 それは「同じものがこの世界に存在できない」という事と、「ナーガが没している」と言う理由だったようだ。



――――そう、誰かが生きている限り、運命の歯車は決して止まる事はない。
行儀良く動く歯車もあるだろう。しかし、何処かの誰かがその動きを崩す時が必ず訪れる。
人はそれを歴史の転換期と呼ぶのか、それとも破壊の戦争と呼ぶのか。

光と闇は表裏一体とはよく言ったものだ、と、誰かがそう呟いた。

いつからかそれは、狂い始めた――――。




「エスナ…」
「どうなさったの?チェイニー兄様…?」
 問われ、チェイニーの表情が少し暗くなった。
「お前も知ってるよね。急だけどこちらも動かなければならなくなった」
「!?」


「ガトー様っ!」
 チェイニーの話を聞くが否や、エスナは神殿のある一室に転げ込むように飛び込んだ。
「………」
「その様子だと聞いたみたいだな」
 その一室にはクラウスと賢者ガトーの姿。
「こっ、今度はナーガ様もいらっしゃらないのに…!」
 エスナはいまだ落ち着かない息遣いを止めるように、胸を押さえながらそう言う。
「メディウスが人間へ憎しみを向けた。…このままでは人間が危うい。我らは同じ竜として凶暴化した竜族を止めなくてはならぬ…」
「人だけで終わる戦だと思っていたけれど、駄目みたいでね。…神剣を人に与えた事である意味、暴走が酷くなっている。早く終結させる為には仕方ないよ」
「はい、分かっています。……でも、ならば!今度は私も連れて行って下さい!」
「だめだ」
 クラウスはエスナを見ずにそれだけ言った。
「兄様っ!?私にも魔法がありますっ! アンリとも約束したんです!!…それに…ナーガ様の…」
「僕の言ったことが聞こえなかった?それとも理解できない言葉だった?」
「! あ。 い…いえ」
「…これが終わったらもう、戦いはない。ナーガ王への忠誠やアンリとの約束と言うなら、チキを守っていなさい」
「ガトー様…」

 少し前、片田舎のアンリと言う若者が神剣ファルシオンを求めてやって来た。
 外からの旅人、しかも人の身。エスナの興味を引くには十分すぎる人物の来訪だ。それは数日程度の時間であったが、話しているうちにとても良い人間だと思った。
 ナーガの一部から作られた神剣ファルシオンは使う者を選ぶ武器であったが、この厳しい道程を一人で渡った身体と心の強さを剣に認めさせることが出来た。

 しかし、それは竜石を所有している竜族たち(つまりマムクート)に遠まわしに恐怖を与えてしまった。
 ファルシオンを扱える人間が出た事に本能的に脅威を覚えた「野生化した竜」が「竜族(マムクートら)」を敵とみなし、襲い始めたのである。


「(守るよ。…って言ったのに)」
「…それがなくともお前にはチキを守っていてほしいのだ。王の願い、よもや忘れているわけではあるまい?」
「それは、覚えていますが…!」
「あの子はもう数百年も眠ったまま。せめて、生まれた時から共に在るお前が傍にいてやってほしい。…クラウスよ、それで良いな?」
「ええ、いいですよ。 エスナ?これは兄でなく君の師匠、クラウスの命令だ。その命令は絶対」
「でも!」

「甘えが通じると思うな」
 低い声、細められた瞳に、厳しい光が宿る。

「! ――あ………はい。…守りは、任せて下さい」
「…ん」
 厳しい顔から笑顔に戻って、頭をぽんぽんたたいた。


*


 ――――守護の魔法は得意だった。反対を言えば、「それしか」できなかった。
 暗い、暗い礼拝堂。そこの中の一点だけ、光が落ちる場所がある。その天使の梯子に壁の装飾が浮かび上がった。

 しゃん、

 鈴の音が鳴る。薄布がふわりと舞う。髪の銀の輪が光を反射する。
「…………―――ッ」
 光が溢れ、それから収縮し。両腕を下ろすと薄布がふわりと落ちて。それと同時に光も止んだ。
「……ふう」

「流石だ」
「やぁ、頑張ってるねえ」
「あ、兄様」
 こつこつ。静かな礼拝堂に足音だけ響く。
「――――防御の魔法、…というところか」
「へー、結構大規模じゃないか、さして疲れた様子もない…。随分と力が上がったね」
「疲れてなんていられないですよ。私にはこれしかないんですから。……これで、少しでも戦に行く皆を守れたらって」
「君はそれでいいんだ。あとは僕やチェイニーも…他の竜族もいる。君が戦う事なんてない」
「ま、仕方ないか。本当は僕は戦いたくなんてないけどね」
 チェイニーは肩を竦めて苦笑しながら防御の魔法を見上げた。
「……」
 ちゃり。
 首を少し動かすと髪飾りの銀細工の環が光を受け、鳴る。
「エスナが攻撃魔法ができれば、…私の力が『攻撃』なら…連れて行ってくれましたか?その…魔道書が無くても出来るくらいだったら」

 魔道書―――それは魔道の力(攻撃の魔法)を封じた書物だが、神竜族の攻撃魔法の使い手はまずこの魔道書を必要とはしなかった。目に見える触媒として魔道書が存在している、というだけであり、これが無ければ発動しないというものではないからだ。発動を助けるサポート的な物でしかない。つまり全くその魔法(攻撃など)が出来ない者が使う物である。
 人がそれら触媒が無ければその魔法を発動できない理由は簡単、竜族には遠く及ばないから、である。また、杖も同様であり、エスナは治癒の杖がなくともその力は発動できる(だからエスナの杖の宝玉は治癒の魔法の物ではなく彼女の力のサポート的な物)。
 竜族にとって魔道とは(得手不得手はあっても)彼らの持つ技術の一つに過ぎず、人のように一部の特別な者(魔道の素質があった者。司祭・魔道士・シスター等)しか扱えない、わけではないのだ――。

「―――またその話?」
「……」
 はあっ、と息をついて、腰に手を当てる。
「いいから!! だって、ナーガ様が戦われた前の戦でも私は留守番だった!…あの戦で神竜も随分減ったのに…。今回、また…」
「……。連れて行かない。だよね、チェイニー?」
「僕は師匠じゃないけど、まあ、そうだね」
「! どうして…?」
「エスナ、そのような事を口にしたら、今の力を否定しているという事だ。消える事になるよ。杖だって力を貸さなくなる」
「!」
「チキを見てみろ。あの子は成長を止めているから未だに能力さえも分からないんだ」

 感情を押さえたような声にエスナは「いけないことを言った」と目を伏せた。
「………」
「――――ただ、……私、守るつもりが、実は守られているだけっていうのが…」
 それでもまだ納得できないのか、ぽつり、と不安と不満を口にする。

「まだ言うのかッ!」

「ッ…!?」
 びくりと肩が反応したのが薄暗い中でも分かった。礼拝堂にクラウスの声が響く。
 かたかたと震え、前髪を掻き分けるように額に指を当てた。
「ごめっ…なさ……。大変なのは兄様たちなのに…」
 俯いていたので、クラウスの腕が動いたのが分かった。
「(怒られる――…)」

 ――――しかし、感じた手は髪を優しく梳く感覚。

「…あ」
 思わず顔を上げる。
「怖がらせた?」
「あ」
「ごめん。…僕はできれば、君には何も覚えて欲しくなかった。…君の力が『治癒』だと知ったとき、『攻撃』よりはいいと思った…――はじめは、ね」
「………」
「おねえちゃん」
「!?」
「……」
 くすりと笑ってクラウスは身体を一歩引いた。その下には彼らの腰の高さもない少女が立っていた。
「え?」
「…チキが大きくなったら、いろんなところに行こうね!」
「チキ!?」
「……の予想の姿〜―――」
 空気がぶれ、気が付けばいつも見慣れた赤い髪。
「!!」
「…ね、その為に守っていてよ?大丈夫、他の奴らも居るって言ったろ?」
「うん。…わかった。……攻撃が欲しいなんてもう言わないよ」
 にこりと微笑む。
 クラウスとチェイニーは顔を見合わせて笑い、それから息をつき。あとは何も言わなかった。エスナはそんな二人の手を取り、ぶんぶんと振る。
「いろんなところに行こうね!…みんなで」




 そして、それから数日後。恐れていた事が現実となる。
 理性を失った竜たちが残りの神竜族らを攻撃し始めたのだ。
 本能的に他の竜族は神竜族には逆らえない「筈」だが、ガトーやチェイニーは先の戦の後に既に竜石を手放していた。つまりは恐らく、その力も薄らいでいる。それに、血と肉だけでなんとかなる、などという量ではなかった。





誰得小説3話目(笑)
しかし当時の自分は何を思って神竜時代なんて書いていたのだろう…。
最愛ジョルジュは全く出てこないというに。
アレだ、その前のキャラ付けをしないと…こう、黙っていられないタイプなんだ…。

チェイニーのチキは未来予想図でもあの格好かな。
解放戦争時はチェイニーって見てただけらしいですが、とりあえずは協力はしている模様。


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