2:きょうだい



 ――――神竜の子を見つけてから、数十年。

 竜族の寿命は、人間とは尺度が違う。
 人の見た目で言う成人あたりで身体の成長がほぼ停止する。つまり、それから数千年その姿で過ごすのだ(勿論完全に停止するわけではないが、力が一番高い「成人」の見た目の期間は長い)。
 いまだ成長途中にあるのだが、それでも見た目は三人、人で言う「年の近い兄妹」のようになった。

「に い さ まー!! クラウス兄様ーっ!」
 何冊かの魔道書を抱え、神殿内で彼女はため息をついた。顔をあげると、そこは、緑溢れる庭園。
 この頃の氷竜神殿はとても広かった。数十年経った今でも行った事がない場所がいくつもある。
「はー…。もう、いつも事だけど何処に行かれたのかなぁ〜…」
「おーい、何、さっきから叫んでんの?騒がしいったらないよ。エスナ」
「あ。チェイニー兄様!」

 名を呼ばれた彼女――――エスナはぱっと顔を上げる。
 あの時の子供はナーガの一文字を借り、「エスナ」と名付けられていた。そして体裁上はチェイニーらの妹、という事になっている。
 二階の手摺にはチェイニーが居てこちらを見下ろしていた。
 見上げた反動で無造作に二つに束ねた長い薄荷色の髪が揺れ、鮮やかな宝石が嵌めこまれている髪留めの金の筒がかつんかつんと音を立てる。
 それにも構わず二階のテラスの彼に元気に手を振りながら応えた。それから手を額に当て、まるで眩しいかのような仕草をする。
「あー。今日は結構日差しがあるんですねー眩し」

 勿論、外の猛吹雪は変わらない。
 眩しいと思っているのは建物が不思議な材質で作られているからだ。その材質は水晶のようにも見え、角度によっては大理石のように美しく白くも見える。
 外界からのただ少しの光を何倍にも増幅させ、そして魔法でこの庭園を保っている。
「また修行?」
「はいっ。でも何処行っちゃったのか不明なんですよ」

 竜族は一人に一つ、能力が現れる。それはある程度成長するまでどのような力かはわからない。
 クラウスは攻撃の魔法。チェイニーは人の能力を覚える能力。――――と言うようにエスナには治癒の魔法の力が与えられていた。
 クラウス、チェイニー両名(ガトーもだが)は神竜族でも力が優れていた。それもあってナーガ王の側近のような役割を授けられていたのだ。
 つまり、この神殿には神竜族でも選りすぐりの者たちの居住地となっているのだが、拾われたエスナは別だった。
 ナーガはここでは一番幼いエスナを自分の娘のように育てていたが、エスナはやはりそこに劣等感があるのか、クラウスの手が空くときには必ず魔法を見てもらっていた。


「あはは。あいつも結構ふらふらしてるから。……あぁ、書庫は行ってみた?」
「行きたいけど、三区からはまだ行っちゃ駄目って言われてるから。…行ける所まで行ってみようかなー」
「(……迷子になるんじゃないか?)」
 ひくっとチェイニーの顔が引きつる。
 まだ幼い頃、二人の兄を追って書庫まで来たエスナはそこで迷った事があったのだ。この三区から立ち入り禁止、というのも「本が閲覧禁止」ではなく「迷うから禁止」である事を実は明かしていない。
「……ねえ」
「何?」
「僕も行ってあげ……。いや、クラウスに用がある」

「? ふーん?」




 ――――数百年の時が流れ、竜族の衰退は深刻化していった。

 それでも竜石に力を封じている者たちは救われていたが、一方、警告を聞かずに退化し獣のように凶暴化してしまった竜たちは、この数百年の間に群れを成し、弱い立場の人間を襲い始めた。
 それは「自分達より弱い生物だった」と見下していた本能からだろうか。
 今まで人の世界に干渉はしなかった神竜族だが、その長、ナーガは人を守る戦いを開始する(それが後に「伍色の光と神剣を携えた守護神」――の神話としてアカネイア大陸に知れ渡る事になるのだが)。

 戦の代償は大きかった。
 神竜とて、凶暴化した大量の地竜たちには悪戦し、かなりの数が倒れていった。

 それでも、勝利を収め、その戦から暫く経ったある日。
 
 暗い話題ばかりの中、明るい話題が飛び込む。
 ナーガの娘、チキ王女の誕生である。



 ――――薄暗く、静かな廊下に足音が響く。

 そして、とある場所に着くと、足音の主は立ち止まった。
 視線の先は、女性が佇んでいて、微かな風に薄荷色の豊かな長い髪と白いローブが静かに揺れている。
「エスナ?」
「! うわ…! あ、クラウス兄様」
 彼女は驚いたように振り向き、それを確認すると微笑んだ。
「おや、こんな所で何してるんだ?王女が生まれた祝いだ。お前なら喜んで出ると思っていたけど?」
 今日はそのチキの誕生式典が別棟で執り行なわれているので、ここには二人しかいない。
「あはは。だって、もう今は宴会みたいでしょ。私、なんか酔っちゃったみたいで…。兄様こそどうしたの?」
 笑いながら手でぱたぱたと顔を扇ぐ仕草をする。
「どうも僕はこういうのは苦手みたいでね」
「ふふ。兄様らしい。あ、チェイニー兄様は?」
「チェイニーは「やってられないよ」って、庭園で寝転がってた」
「あは、あとで私も行く」

「…エスナ」
 透明な天井から見える空を見つめ。
「はい?」
「…この前、雪の日――――。まぁ、いつも雪だけど。誕生日だったね」
「! ああ!誕生日って言うのも変だけど、兄様方が私を拾ってくれた日、…ですね」
 特に意識していないのだが、そう言ったエスナの顔がクラウスには憂いを含んだ様に見えた。
「私、兄様たちに拾われて良かった」
「エスナはずっと甘えん坊だったね、これからはそうはいかないよ」
「もう!もう大丈夫ですっ!!でも、確かにそうですね…。魔法の練習している兄様にずっとくっついて。…あは」
「でも、その甲斐あって、治癒系魔法じゃ君より上は居ない。…それに今度からは君に妹分が出来たんだ。本当に甘えてばかりじゃ駄目だよ。チキは君が守るんだ」
「はいっ。同じ髪の色だし、女の子は私達だけだから、私、チキの影武者みたいなのにもなれる。チェイニー兄様は他にやる事があるもの、私が出来ることならやりたい。…ナーガ様や兄様たちはこの前駄目って言ったけど、私は嬉しいんですよ?」

「………」
「? どしたの?突然黙って」
「いや、何でもないよ。とにかく、誕生日おめでとう」
「ありがと」
「そうだ。手を出してごらん」
 クラウスはエスナに向き直ると、手を差し伸べた。エスナは言われるままに、両手を差し出し、誘われるままにその手に重ねる。
「?」
「いいかい?このままでいるんだよ」
 左手を二人の手の上に翳し、何かを詠唱する。

 薄暗い部屋が一気に真昼のように明るく。
「ん! 眩しっ…!」
 その眩しさに目を閉じたのも一瞬。クラウスの詠唱が終わると、その光が段々と薄らいでくる。
「…〜っ」
「もう、いいよ」
 竜の瞳、魔法を唱える時の顔から戻ると笑いかけた。
「ん。あ? …杖?魔道の杖?」
 気が付くと、自分の手の上に魔法の杖が浮いている、それはエスナの手に下がって来た。
「わあっ、これ…」
 髪や瞳と同じ深い薄荷色の石。金と銀で飾られた身。刻まれた紋様は呪文。
 石の中はとくんとくんと何かが波打っている。
「エスナは魔道書よりこちらだろうと思ってね。治癒の杖じゃなくて、力を助ける意味のものだ。本当はチェイニーも、って言っていたんだけどね、…ほら。いつもの調子で「お前がやっておいて」ってさ」
「うん!兄様、ありがと!…嬉しい!チェイニー兄様にもお礼言っておくね」
「ああ、そうしてあげて」
 杖を抱きしめて、本当に嬉しそうな顔をする。それから夜空を見上げた。

「ねえ、兄様…」
「ん?」
 それから俯いた。
「私、…ナーガ様に…なんて言って…」
「…………」
「自分の子でない私を育ててくれて…今日、チキを見て思ったの。…それに、兄様たちだって本当の兄様じゃない…。兄様たちは力があってここにいるけど、私はまだ何も」
「少なくても僕は君がいてくれて良かったと思っている。チェイニーもだ」
「…――――っ」
 肩を抱きよせ、その長い髪を指に絡めた。
「兄様…?」

「大丈夫だよ。僕たちは君を守るから。チキの事も」
「……?」
「…分からないとでも思った?…怖いんだろう?退化が。役に立つ前に獣化したらどうしよう、って」
「……! …はい」
 クラウスの言葉に目を見開き、それから素直に頷く。
「エスナもじきに成長しきる。それまで竜石を持って自我を保てば大丈夫だよ。僕らもそうして過ごしてきた。だから大丈夫」
 つん、と金の髪飾りを指でつつき笑う。
「!」
「竜の祭壇を守る為にメディウスが命じられたけど。彼一人に任せておけないし…それにチキの事もある。あの子が竜石を使えるようになるまで、それこそまだまだあるからね」
 話が変わっている気がする。そう疑問符が浮いて首を傾げるエスナにくす、と笑い。

「属性が違う守りの宝玉、封印と守りの神器。…そしてそれらをまとめる台座」
 何処か語るような口調。言いながら指を空中で滑らせた。すると、魔法で生み出された光が指の跡を追うように線を創っていく。
 まずは小さな円を五つ。それからそれを囲んで、円より大きな四角を描く。
「宝玉って、神竜の宝の?私もあまり見た事ないけど…魔道書が作れるんだよね?」
「…はは、そんな簡単で単純なものじゃないよ。あれは。……それと台座」
「台座…?」
 目の前に浮いた魔法の環。それを目をぱちくりとさせ、見つめる。
「そう、それを封印と守りの盾とする。伍色の光、聞いただろう?」
「! ああ、ナーガ様が先の戦いで使われたって言う…?盾だったの?」
 伍色に光り輝くその力は、狂った地竜たちを封印したという。それは何かの魔法かと思っていたのだが、そうか、それは神竜族の宝玉と盾だったのか。と聞いた話を繋ぎ合わせる。
「そう。やっとわかったか。エスナはまだ実物は見てないだろう?」
「あーだから試すような言い方したんですねっ…!」
 ぷい、と顔を逸らすエスナに笑い、続ける。
「あっはは、だって君が騙されるからさ。後で見せてもらうといいよ。より完全なものにしてから人の世界に置くから見られなくなるしね」
「人の世界に置くの?」
「うん、神殿に封印をかけてって話だ。…それがあるうちは、人の世界も、そして僕らも無事さ。…そこまでの効果は分からないけども、今の野生化した竜たちも多少は救われるかもしれない」
「…わぁ…!」
「……安心した?」
 驚きに目を丸く見開くエスナ。それから今しがた受け取った杖を抱きしめながら笑顔を見せた。

「…じゃあ、その盾を守る守護者は―――…君が大好きなあれになる、かもね」
「? 守護者」
「そ、…あれらは使いこなすまでが難しいけれど、味方になったらこれ以上のものはないさ。きっと台座を守ってくれる」
「! ああ!」
 ぽん、と手を打って。
「三つの神器!私、人の世界に連れてってもらえないから、私の代わりに世界を見てくれるんだよね?」
 そうだ、と言うようにクラウスは頷いた。


「もし、人に会うことがあったらー……、温かいとか、そういうの覚えてくれるのかなー。ふふ」
「……。しかし、全く面白い事を言うね。武器だよあれらは」
 くすくすと笑い、「あれ」が収まっている宝物殿の方向を見やる。
「あら、あれもきょうだいですよ?…武器と言っても守りの武器だもん。ほら、なんか違う気するでしょ!」
「だからあれは妙なところで頑固なのか。…エスナに似たのかな」
「む、それ、褒めてる…?」
 笑いを堪えながらクラウスはエスナの頭に手を置き、くしゃくしゃと撫でた。
 一方、頬を膨らませて怒った顔を作っていたエスナであったが、その優しい手に微笑み、聞かせてもらった封印の盾を想う。

「…じゃあ、もう……大丈夫なんですよね…?」

私たちは――――





クラウス自体が漫画のオリジナルキャラなのでゲームだけの方は本気で
「誰だよ」ですよね。
氷竜神殿に住んでいたのか、といわれればワカリマセン。
とりあえずそういう事にしていいてくださいまし…。
人の世界に干渉したくなかった、ということで。
#でもそんなの加賀さんに聞かなきゃわからないよ…!(笑)

しかし「数百年」流れすぎです。
しょうがないのです…。


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