5:新たな始まり



 マリクに案内されたホールに足を踏み入れると、そこには既にウェンデルをはじめ、十数人程度の学院の司祭や魔道士、シスターが座っていた。その円卓となったその上には名簿のようなもの。おそらく学院の関係者に被害がないか調べていたのだろう。
「お主は?」
 見慣れぬ姿に司祭の一人が反応する。ウェンデル以外の司祭が知るはずない。
「…アカネイアの弓騎士だよ」
「アカネイア…」
 その国名を聞いて、何人かは眉を顰めた。

「――――とにかく。…誰か心当たりありませんか?あれは、ただの攻撃の魔法ではない気がします…。僕もエスナも術式まで見てないのでわからないのですが」
 まずは全員を知っているマリクが指揮を取るように発言を開始した。
 ざわざわと声を立てた中に「部外者が一番怪しいんじゃないのか?」という言葉ものぼった。
「! やめてください」
 それまで押し黙っていたエスナは、誰か放った言葉かわからない批判の言葉に強く反論する。
「彼は関係ありません。…このカダインの中の話でしょう」

 その言葉に自然、エスナに視線が集まった。
 それに微動だにしない者が一人。

「(ああ、…なるほどな)」
 ぎし、と椅子の音をさせて、背凭れから背を離した。銀の弓に、周りが気が付かぬように手を伸ばす。
「……今のうちに吐きなよ」
「!? ジョルジュ、さん?」
 手に戻ってきた弓の弦を弾き、席の向こう側を見やった。
「そんな筈はないじゃろう。…ここにいる者たちは全て顔を知っている者じゃ」
「あまり妙な事は言わない事だ」
 何人かの司祭が吐き捨てるように言うが、それには構わず続ける。
「まぁ、いい。こんな所にのこのこ出てきて顔見せか?随分と余裕があるんだな」
 立ち上がると一気に引いた。
 鋭い空気を縫う音がしたかと思うと、どん、と何かに突き刺さった。
 とあるシスターの横に座っていた司祭が何も言わず倒れ、続いてまるで皮が剥けるようにして黒いローブの司祭が現れる。
 それは「皆が知っている司祭」ではなかった。

「(? …妙だな)」
「きゃあ!!」
「これは」
「闇の…。何故!?」
 シスターや魔道士がざわめく。その近くに座っていた者は椅子を蹴り飛ばさん勢いで転げ、飛び退き。
「ジョルジュさん…、どういうことですか」
「…ああ、最初から冷たい視線を感じてはいた。部外者の俺の事だと思っていたさ。こういうのに敏感なエスナは今、何も考えられない状態だしな。…だが、今ので分ったぜ。ガーネフの部下だろ。生き残ってたとはな…」
「しかし…!どうやって!?」
「…………!」

 黒いローブの司祭はゆらりと立ち上がり、一同を見渡す。顔が隠れているが、分る、冷たい目。
「カダインの司祭たちよ、もはや遅い」
「な…」
 段々と背後の壁が透けてくる。元々実体がなかったのだろうか。
 ぐるり、見渡し、ジョルジュの隣――――そこで目線が止まった。
「!」
「まさか、治癒の力しか持たなかったお前が役に立つとはな。…我らの復活の為に働いてもらうぞ…」
「復活…?」
「ひっ!? や…!」
 びくん!と身体が揺れ、硬直する。目は焦点を失い、瞳孔がぐらぐら揺れる。
 とっさにジョルジュがエスナを背後に庇い、マリクがエルファイアーを放ったが、分っている。「あれ」は実体がないのだから無意味だと。
 案の定、そのまま消えていった。

 暫くは呆然としていたが、その後司祭たちはジョルジュに向き直り、頭を下げ、礼を言った。
「カダインを守らなくてはいけない我らが…。何とお礼を言っていいものやら。エスナも救っていただいて」
「よせよ、礼を言われる為にやったんじゃないぜ。……それより、アレはなんだ」
「…いえ、全く分からないんです…、――先生は?」
「わしもない、じゃが…オーブの事に関係あるのかの」
「……。俺はパレスに戻る。似たような話があるかもしれないからな」
 既に何人かの魔道士たちが、闇の司祭が座っていた辺りで魔力の残った思念などを調べはじめていた。
 それを見つめながら、腰に手を当て、息をつき。

「…やれやれ。…マリク」
「?」
 人差し指をくいと動かしマリクを呼び、耳打ちする。それは床の一点を見詰めているエスナに聞こえないように。
「いつだか聞いた。エスナはクラウスから魔道を学んだらしい。…転移の魔法、それと今の司祭。…単純に見ればエスナの力が欲しいんだろうよ」
「ええ…。でもそれなら他の魔力が高いシスターも…」
「――いや、どうだろうな。その名簿で誰か欠けたか?……ないならエスナだけなんだろう。少なくともカダインではな」
「はい…。ここに居る間は注意します」

「…エスナ!転移の魔法使ってくれるか。すぐアカネイアに戻る」
「ええ!?ジョルジュさん!本当に今…?」
「もう大丈夫だろ。大掛かりな術だって話だからな。本人も気を付けて、内通者に注意していれば再発はないだろうよ」
「…ジョルジュ様、エスナは疲れているようですから、私が……。あ、エスナさん?」
 そうシスターの一人が申し出るが、エスナはそのシスターを止めた。
「大丈夫。こういうのは得意だから。 ああー、杖持ってくるね!マリク。礼拝堂の魔法陣のとこに案内しておいてくれる?…距離も長いし、負担かけずに済むから」
 言葉だけは元気だったが、ふらふらと(そう見えるだけだろうが)ホールを出て行くエスナ。姿が見えなくなると、マリクが言う。

「やっぱり、帰るのは明日にでも…」
「あん?俺に何か出来れば残るさ、だが、無理らしいからな。ガキの頃からここで学んだ仲なんだろ、お前がついてろよ」
「……。じゃ、この事は頼みました。何か分かったら教えてください」
「ああ」




 木製の重い扉を押し開けると、ひやりとした空気が足元を流れていく。
 そこへ足を踏み入れ、中央まで。床には色の付いた大理石で描かれたモザイク。それは魔法陣。流れるような仕草で淡々と準備を進め、その中央にジョルジュを誘導する。
「……っ」
 杖を胸の前で横に構える。
 直ぐに発動できるのだが、その手が止まってしまう。

「…?」
「私は、…何も出来なくって。…もし、あれが私の所為だとしたら、また……。あれは確かに転移っぽかった。攻撃だけじゃない」
「ああ、マリクが言ってたな。だが、転移の魔法ってのはあんなにも禍々しいのか?」
「うんん、違う。よく見てないからなんとも言えないけど…多分それなりの魔力があれば無事に通れるんだと思う。…ふるいにかけてるのかな…だとしても、意味が分からないんだけど」
「……」
 つまり、あの傭兵達は魔法に呑まれたということ。
「尚更だな。もたもたしてる場合じゃないぜ。……いいな?エスナ…」
「……ん」
 こく、と小さく頷く、そのまま頭が少し下がったまま。
 ジョルジュの手がその肩に触れようとして、宙で止まった。
「(傍に置けば守りも出来るが…。今は連れて行く方が危ない、か。……それに、言って聞く奴じゃないしな)」
「…元気で」
「ああ」

「………! あ、大丈夫!ほら、杖ってこんな痛そうなもの付いてるし」
 と指し示したのは杖についている魔道の力を封じた石。
「これでぼかっ!と。…実はマリアがやった事あるらしいんだけど、すごく痛いんだって。ジュリアンが言ってた」
「…っ、はは、頼もしいな。全く。…やりそうで怖いぜ」
 振る真似をするエスナに思わず吹き出してしまう。
「…なら、大丈夫か」
 強がりなのは分っている。だから、否定的な言葉も掛けず、また、「強がりだ」と言う事も指摘はしなかった。
 それを恐らくエスナは知られたくない筈だから。だったら、今は騙されてやる、と。

「くどいようだが、パレスには…」
「ん、手紙とかは我慢する。……今はね、ジョルジュが会いに来てくれた事が嬉しかった。警告でもなんでも、来てくれるのは嬉しい」
 にこりと笑った顔は、無理な笑顔ではなく、本当に喜んでいるようだ。それからジョルジュへと手を伸ばし、触れるか触れないかの距離まで。
「?」
 途端、温かい光が身体を覆ったかと思うと、身体の内へ消えていった。
「…魔法防御。あまり期間はもたないけど、…こんなでも少しは魔法耐性付くから」
「…これから大技使うって時に何してるんだ」
「ふふ、大丈夫大丈夫!こういうのは得意なのは知ってるでしょ?」
「……」
「ねえ!またお茶しようね。美味しいタルトとか探しておくから。今度はみんなで」
 ぽん、と手を叩いて首を傾げる。
「は。…ああ、期待しておく。……ありがとな」
「?」
「魔法防御の術だ」
「…ん」

「さて!…じゃあそろそろ。場所は―――…パレスじゃなくて港近くでいいかな。怪しまれないと思う」
「悪いな」
「うんん、…みんなによろしく」
「ああ」

 一歩離れ、魔法陣の外に立つ。
 何処か名残惜しそうに。

「じゃあ、行きます」
 一度息をつき、身体に染み付いた魔術を外に開放する。

「聖都アカネイアへ――――」


 青白い光が増し、一瞬、礼拝堂の中は何も見えなくなる。
 次の瞬間、光が止んだ時にはもうそこには何もなかった。

「っあ! ジョルジュ…。…絶対、無事でいて」
 杖を抱きしめ、俯く。
 歯を食いしばり、こみ上げてくる涙を堪えた。
「…もっと………」
 「自分の代わり」にかけた魔法防御の術。その手を眺め、それからきゅっと握った。




 それから間もなく

アカネイア神聖帝国歴二年。
皇帝よりアリティアへ一通の書簡が届く。



……それは、見せかけの平和の上に乗った歯車が狂い、瓦解する瞬間だった――――。





暗黒戦争にマルスの軍に居たシスターがことごとく攫われる事件でした。
……まぁ、それだけって言えばそれだけなのですが…(汗)。

こんな感じで第二部「紋章の謎」へ。


ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたらとても嬉しいです。

挿絵のようなもの

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