3:アカネイア



「あ、ねえ、ジョルジュ。今日は泊っていくんでしょ?旅行中でもなんでも今から何処にも行けないもんね?」
「ああ、そうだな。…部屋は借りられるか?」
「大丈夫ですよ。先生には伝えておきます」
「悪いな、あとでウェンデル司祭に挨拶に行く。…司祭の手が空く時間を教えてくれ。どうせ予定がぎっしりなんだろう?」
「! はい」
 なるほど、だから直ぐに挨拶に行くと言わなかったのか、とマリクは内心納得しながらタルトを口の中に放った。
「(美味しい。…エスナ、こういうの探してくるのはうまいなぁ…)」
「ね、じゃあ今のアカネイアの話聞かせて、いろいろ聞きたいの」
「ああ」
「(じゃあ僕は出て行こうか、というか、課題しないといけないし)」
 二人の会話を聞きながら、タルトの最後の一口をごくんと飲み込んだ。課題、のくだりは意識せずげんなりとした顔になってしまったのだが。

「あれ、マリク、出てくの?」
 椅子をずらし、皿を持つ姿が見えたので、思わず引き止める言葉が出る。
「うん、課題しないといけないしね。…じゃあジョルジュさん、あとで部屋の事は伝えに来ます」
「ああ、悪いな」
 ぱたん、
 扉が閉まると「私も、課題って何が出るんだろう…」とやはりげんなりとした顔をするエスナだった。


 かちゃ、とソーサーにカップが置かれる。
 皿にはタルトが全く残っていなくて、エスナは微笑んだ。
「美味しかったでしょ」
「ああ、悪くなかった」
「あは、カダインって、こんな気候でしょ?あまり美味しいものなさそうなんだけど!…これがたまにあるわけよ。だからね、日持ちするお菓子は休みの時にマケドニアに持って帰ったりしてたんだ。…あ!今度アカネイアにも送ってあげる。リンダやミディアも好きだと思うし」
 ぽん、と手を叩きながらにこにこしている姿を見て、一度驚いたように目を見開き、それから思わず吹き出してしまう。
「え、…何?」
「……。 いや、楽しそうで何よりだな」
 皿を重ねながら、「何か馬鹿にしてない?」と、言うが、その顔は笑っていた。

「…で、いい?」
 もう一度、お茶を淹れ、目の前に置いてから、座りなおす。何処か声のトーンを落として。
「ああ、何が聞きたいって?」
「……。うん、アカネイアの…。何か変だって思ってて。実は手紙でも出そうと思ってたところだったの」
 テーブルに置かれた、カップを、その何処か一点を見つめる。

「は、――――やはりな」
「?」
「…来て正解だったか。そうだな、お前はリンダと仲がいいし。今も菓子を送るなんて」
 視線がカップから向かいのジョルジュへと。その目は疑問に揺れていた。
「意味が…分からないんだけど…」
 その、妙な物言いに、胸が妙な速度で鳴って気持ちが悪い。無意識に胸元を手で押さえた。
「つまり、手紙は出すな。…変にお前の名が残るのは避けたい」
 目を細めて、警告するように。
「! ど、どういう事?私の名前なんて知ってる人は何人も」
「…届かない可能性がある」
「!」
「それに、出入国も厳しくなっている。妙な方向にな。 …まぁ、俺は元々アリティアに出向く予定になっていたから抜け出せたんだが。……少し気になってな。帰りにこちらに寄ったと言う訳だ」
「……!」
 身体を動かしていないのに、強制的に頭だけ動かされているように視線が廻っている気がする。
「そんな、大丈夫なの、こんな所に来てて!」
「俺はいい。…方向的にも間違ってないだろ。」
「そういう問題じゃ…! あ!やだ、町の中あんなに歩かせて…誰かに見られてたら…!!」
「アカネイアから尾けられていた訳でもない。…ま、昼間の変なのはそれとは関係ないようだしな。あれはただの人攫いだ。…気をつけていればお前には火の粉はかからんだろう」
 淡々と話しながら、昼間の事を思い出すように外を見やる。
 大した強さでも団結力でもなかった。恐らくは、戦争が終わったばかりの多少の混乱に乗じているだけの者たちだろう。
 空の色が橙色から群青色へと変わっていく。
「(…そうだ、尾けられているといったら…あの変な兄さん方か。……ま、俺がここにいる間になんとかすればいいか…)」
「私のことじゃなくて…!ジョルジュ!!」
「エスナ」

 声が高くなるエスナをなだめるように、わざと声を低くする。
 かちゃ、カップの音で一度、仕切り直しをするように、持ち直した。
「…人事異動があった。……詳しくは―――…」
「! …聞かない。 ありがと、私を気遣ってくれてるんだよね」
「ああ、察しが良くて助かるぜ」
「でも、これだけ聞いていい? みんなは、リンダは…平気? あ、ニーナ様は?」
「ニーナ様にはお会いしていないが、…リンダはニーナ様付きの女官として密かにお会いできている。……お前も気をつけろ。カダインは中立だが、昼間のような人攫いもいる。以前とは違うんだよ」
「……。うん」
「…全く落ちたな」
 ソーサーの縁を撫でるように指を滑らせ、そのままテーブルに指を落とし、こん、と叩いた。
「今、パレスにいるのはノルダの牙の兄さん方のようなゴロツキばかりだ。騎士団なんて名ばかりだぜ…」
 今自分で言った言葉を頭の中で反芻する。
「(……異動がある少し前からか…ハーディンも見ていないな…)」

「……。ね、ニーナ様を守って。国の為にニーナ様の人生をめちゃくちゃにしないでほしいの。ニーナ様だって自分の人生を自分で決めたっていいんだよね?」
「ああ、 …なんだ、突然」
 俯き、小さな声で言う。
 それは「こうなって欲しくない」と願う意味もあるように思えた。

「もっと、悪…っ……暗く…なる気がして」
 「悪く」が言えなくて。
「嫌な感じが近付いてる…。実はね、先生もじきにカダインを発つんだって。…まだ本当の平和は来ていない」
「…分っている」
「ありがと、でも、勿論自分の事も考えてよ。……さっきから聞いてれば、人の事ばかりじゃない。アリティアにだってゴードンの所でしょ?…ほんと、人の事ばっかり」
 そう笑う。何処となくそれが悲しげな顔。
「ふん。…余計なお世話だ」
 何処か苦味のある声でジョルジュは息とともに吐いた。
 そんな彼に気が付き、エスナは彼の隣に移動した。

「具合悪い?砂漠の夜は思ったより冷えるから風邪ひかないようにして。結構カダインで体調崩す人多いんだ。…魔法じゃ病気は治せないから」
「いや…」
「! ニーナ様の、事…?」
 今度はエスナが考え込む。
 考え込むというより、悩んでいるという雰囲気だ。どうも様子がおかしい。そういえば、話を始めた時から妙だった気がする。ジョルジュは目を細め、それから一度閉じた。

「………」
 頭に温かい何かが置かれて、ぱっと視線を上げた。
 ジョルジュの手だ。
「!」

「言いたい事がありそうだな」
 驚いたように目を見開き、彼を見つめる。一瞬思い詰めたような顔になって言う。
「そうだね、……あるかも…」
「なんだ? 何、他に誰もいないだろう?…俺はカダインやマケドニアの人間じゃないしな、その辺りの文句も聞いてやれるぜ?」
「あは、何それ」
 彼のこのような時の物言いには救われると思う。だから。

「…あー。……―――あのね!」
 ふいに笑いかける。
「そうだなあ。…ね、「敵」を救うってどういう気持ちだと思う?」
「?」
 しかし、直ぐにはその意味が飲み込めず、目を見て意図を汲み取ろうとする。
 それにはかまわず続ける。
「どうしても助けたくって。……今、助けなきゃ後悔するって…」
「…(敵、まさか)」
「グルニアで、あの後、カミュ将軍を見つけてね…。でも、応急処置くらいしか出来なくて。助かったのかわからなかった…。ニーナ様とね、ああいう別れはしてほしくなかった」
「……―――。…そうか。いいんじゃないのか」
 ジョルジュは一度目を閉じて、それから目線を戻して言う。
 シスターとして、…それより、彼女の性格がそうさせたのだから何も言う事はない。まして反論をする気もない。ただ、アカネイア王族の「中身」を見ればそれはどうだろうか。
「(…もし、生きているとしたら。……どうなる…)」
 国を再建する為の婚姻だったとはジョルジュを始め、数人が知っている。――ただ、今、目の前のシスターにそれを言って何になる。
「…お前がそう思って行動したならな」
「…!」
「なんだ?」
 驚いた目を向けるエスナに、眉をくいと上げて。
「…う、うんん…。……そう、言ってくれるんだ、って」
「………」
 組まれた指が落ち着きのない子のように動く。少しでも反対の言葉が出ると思っていたのだろう。
「…あのね」
 それからぽつぽつとその時の事をエスナは口にした。

 傷が深すぎて短時間で大きな魔法は使えなかった事。それは負傷者が治癒を受け付けられるほどの体力が無ければ大きな治癒魔法も逆効果になることがあるのだという。だからリカバーのような上級魔法は使える者が限られている。
 その場合、ゆっくりと魔道の力を解放するか、若しくはライブのような小さな魔法を継続的にかけてゆくのだが、そんな時間はなかった。
 ライブで応急処置のみ施し、それからグルニア、ドルーアにさえ見つからないようにとワープをかけた。安全な場所に送ったつもりだ、と。
「ありがと、聞いてくれて」
「よせよ、聞き出したのは俺だ」



「! あ!ごめん。…こんな事、話しちゃって、せっかく来てくれたのにね!」
「…っ」
 ぱん、と手を叩いて話題を終わりにする。
 笑っているが、無理に笑顔を貼り付けたような顔――――。「何を無理をしているんだか」とジョルジュは苦笑してしまう。


「…ね、特別面白いものがあるわけじゃないけど!学院の中でも、見て行って?庭も見えるし、夜は結構綺麗なんだよ」
「ああ」





ジョルジュはただ遊びに来ただけじゃなかった模様。
彼の事です、何か考えてはいるのでしょう。
このくらいの時代の話によくある「手紙が届かないかもしれない」という表現。
封印とかしてあっても名前で破られてしまうのでしょうねえ。
シーリングっていいですよね。あの蝋で封印するやつ。一時あれにハマって、ワックスがなくなって…
普通の蝋燭でやってみたら詰まりました(爆)。良い子の皆さんは真似しちゃ駄目です。

カミュって誰が助けたんでしょうね。
助けなくても何とかなる人だったのでしょうか?まぁ、強かったしね…?
残りカミュだけ!の時にやられた事もありました(遠い目)。
このあと彼は一度外伝に行ったのかなんなのか謎ですが。

治癒魔法のうんちくみたいなのを書きましたが…、実際はどうだかわかりませんよ。加賀さんに聞かないと(笑)。
ゲームで言うゲージが1とかそのくらいの体力があればリカバーも役に立つけど、
0になった(…ら死んでしまってるわけですが、ここではカミュは生きているので瀕死と言う事で)場合、
突然大きな治癒をかけても身体の再生能力がついて行かない…って感じにしてます。
だってそこでリカバー使えたら普通に元気になってしまうがね…。


飽きるくらいジョルジュとエスナで話が進んでいますが、
この二人の話だから仕方ないですよね…?ね?


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