4:魔道
「庭も砂漠か。…で、あの水場は人工なのか?」 魔道学院の渡り廊下。昼間とは違う冷たい空気が流れてくる。 その真ん中には小さな湖があって、木々が茂っている。 「? …うーん?…多分天然物じゃない?私が来た時からあったし、誰かが魔法かけてるーってのも聞いたことないし。…ん、でもね、ほらほら星は綺麗でしょ」 指を上に向けて指し示す。確かに雪の日の空のように降る様な星空だ。 「……なるほどな」 「カダインは好き、私の第二の故郷だもんね」 二、と指を二本立てて。 「…第二?」 「私、ここにいた時間結構長いの。マリクより全然」 「へぇ、よく許したな。マチスやレナが」 マチスらとは本当のきょうだいではないエスナだが、とても仲が良かった。少なくとも幼くして長く留学させても良しとする雰囲気ではなかったのだ。 「! 確かに、兄さん達は、ちょっと怒ってたかな。もう少し大きくなってからでもいいだろって。…でも、私が無理やり。…うん」 「………」 「私、まだちっちゃかったから、先生にずっとくっついてた…。だから後から来たマリクとも仲良くなれたんだ」 昔を思い出すように、庭へ目を渡し、微かに笑う。 「……?」 「…昔のことだよ」 「…?」 耳に何か触れる。 空気の流れが変わった。 「!」 案内の為に先に行くエスナのローブを引っ張り、ジョルジュは自分の後ろに庇った。 「ひゃ!? え?何…?」 「は、こんな刻限にお礼参りご苦労さんだな。……ま、探す手間が省けてありがたいぜ」 「…殺してやる!」 その言葉が合図のように、建物の手摺や庭の像、木やらから黒い陰がわらわらと姿を現した。 まずは最初に手が届く傭兵を手刀で黙らせ、その手で細身の剣を奪う。 勿論、剣の扱いは得手ではないが、アストリアたちの動きを見ていて習得した技は「この程度」なら蹴散らせる。 「やれやれ、こんな大勢いたとはな。……と、エスナ、俺の側を離れるな」 ちらり、と廊下を見やる。――――身を隠せるような影はない。何かの部屋のドアもあるが駆け込むまでに見つかるだろう。そう判断したジョルジュは未だ訳の分からない表情を隠せないエスナにそう告げた。 「!? ん…」 わけのわからないまま、目で返事をし、背後を取られないよう、真後ろの壁に背を付いた。 「(ジョルジュ…!)」 声を出したら標的になって足手まといになってしまう、と口を手で押さえる。 「きっ…貴様…!」 「あー…誰か弓は持っていないか。何、こいつじゃ役不足でな」 「こいつ」と剣を取り、にやり、不敵な笑みを浮かべ。 「なんだと!」 「………このまま去るなら見逃しても良いが」 低い声。目は細められ、じっと傭兵達を見やる。 ひゅっ、と空気を縫う音がしたと思ったら、傭兵の顔、ぎりぎりの所を通過し、剣は木に突き刺さった。 「俺は飛び道具の方が得意でな。剣が軽くて助かったぜ、こいつは良く飛ぶ」 「っ…な!」 「さぁて、お仲間がご丁寧に武器を転がしておいてくれるからな。…まだあるが、どうする?」 「く…!」 「た、退却だ!」 数人残った傭兵は顔を見合わせると、まるで怖いものを見た子供のように闇に消えていった。 「ふん…」 「あ…!ジョルジュ、大丈夫!?あんな無茶な戦い方して…」 「別に。…無茶に見えたか?」 「もう…!……でも、あの人たちは」 「ああ、転がってるだけだ。殺してはない。…あれも俺に用があったんだろ。お前の事は見ていなかった」 ジョルジュの腕の真上に手を翳し、治癒の魔法をかける。 「ありがと…」 「………」
「!? え!」 ざわり、と全身が粟立つような嫌な気配を感じて、振り向く。 耳に甲高い音が一瞬届く。 そちら―――傭兵達が消えていった闇を見つめると、一瞬風が通った。 「これ…」 「…?」 「あー……。 っ!? 行かないで!止まって!!!」 それから沈黙。風も空気も止まったかのように。 「エス…?」
続いて、先程よりまた甲高い音と、風の舞う音。 それから一瞬間を置いて、 「!!」 今度は腹に響くような低音と共に、闇に突如浮いた赤黒い魔法陣。 「だ、駄目っ!!」 手を伸ばす。その、得体の知れない力に向かい。 「!? エスナ!近付くな!!」 「でも! …うっ…!とめ なきゃ…!ジョルジュ…下がってて!」 吐き気が襲ってくる。それを手で押さえながら堪え、それでもそちらの方へと足を向けた。 「ッ――エスナ!!」 「!?」 聞かないエスナを魔法陣の範囲が届かない所まで引きずり、胸に押し込め、目を閉じさせる。 地の底から響いてくるような声と、救いを求める甲高い声。 「ち…ッ」 「ジョルジュ!離っ…離してよ…!!止めないと!!」 「言う事を聞け…!」 ガタガタと震える手で胸に手を突っ張るが、全く力にならない。ジョルジュは言葉の代わりにエスナの耳を塞ぐように手を回した。 「!? 何の騒ぎ? え、ジョルジュさ……!?」 ただならぬ気配に廊下を駆けて飛び出してきたのはマリクだった。 見慣れた学院の庭が、今は全く違う気配を纏っている。その様子に言葉を途中で飲み込んでしまった。 「…なんっ…。…これ……魔法の罠……!?」 範囲が狭く、それが広がらない事こそ救いであったが、庭の真ん中の一部分だけがぽっかりと穴が開いたように真っ暗だ。 やがて、段々とそれは収縮し、消えて行った。 何も残さず。 「あの時のグラの魔法陣と似てるけど…違う。転移みたいな、魔法…?」 「なんでもいい、俺にもわかるような禍々しさは普通じゃないぜ」 「……エスナ、大丈夫かい…?」 「怪我はない。ああ、後で追うから、マリクはウェンデル司祭に伝えてくれ。…ああ、学院に居る他の者たちも、だ」 何も言えないエスナの代わりに答え、このままでは突っ立ったままになるであろうマリクを言葉で動かす。 「……はい。じゃあ少ししたら大広間に…」 「ああ」 マリクの姿が見えなくなり、辺りがようやく静かになってもエスナの震えは止まらなかった。 「…他の事は考えるな」 ジョルジュはエスナの肩をたたき、出来るだけ穏やかに言った。それを聞くと、エスナは身を任せるように縋る。 「ッ……わた、…し…」 「……」 「(鼓動…が聞こえて……ジョルジュの………)」 「エスナ…」 「ありがと…、もう、平気。 ――――でも、こんな大掛かりなの…いつ用意したんだろう……」 ジョルジュから離れ、そちらを見ると、月光に照らされ、空に向かって生える黒い「線」それは今まで彼らが持っていた剣や槍だ。その周りを魔法の残骸のような重い色の霧が絡み付いている。 「線」は天に助けを求めるかのように、真っ直ぐ、上を。 「っ… あぁ…」 「行くぜ、…マリクが待ってる」 首を横に振る。 「……ちょっと待って…」 言いながら治癒の魔法をそちら側に使った。あたたかい光が辺りを照らす。しゅうしゅうと音を立ててその「線」に絡み付く霧が溶け落ちてゆく。 ひくっと、肩が上下する。 「ジョルジュ、…行こう…」 |
…ダーツ?(笑) 飛び道具得意ならダーツみたいなのも得意なのでしょうか。 5巻で素手でノシてるくらいなので、ダーツあったらきっと無敵。 リンゴの代わりにダーツ(だからダーツから離れろ)。 さて、実は3話にエルレーンがいたりしました。 よそ者ジョルジュを思いっきり嫌な顔で見ていた記憶があります(笑)。 変に仲良すぎる気がするのですが、 絵だけ見ていても「支援効果Sクラ」らしいので(と某所で言われた)。 NEXT TOP |