2:突然の来客



 ――――ヒュッ!

 鋭い、空気の間を縫うような音。
 傭兵達の慌てた声と、また、威嚇の攻撃。その攻撃に適わないと思ったのか、今度は逃げる為に駆け出す音。砂を蹴る音は足が滑ってしまっているのだろうか、不規則だ。

「…え?」
 気が付くと誰もいなかった。ただ、手入れの悪い壊れた剣のようなものが数本転がっていた。
「おい」
 顔を上げ、目を開けたが、逆光で満足に見えなかった。少し身体を動かすと、一気に立ち眩みが襲って来る。
「あ――……」

 エスナを助けた影は、その腕を取って。
「大丈夫か?」
「う ……は、はいっ…すみませ…」
「ほら」
「あ、 ……。…は!?」
「全く、裏通りなんて通るからこんな事になるんだ」
「はい!?」
「…表と裏の区別もつかないのか、お前は」
「あの、近道を…。じゃなくて!?」
 漸く視界が戻ってきて、認めた姿は「有り得ない」人物であったから。

 アカネイア人に多い金色の髪と青い瞳。
 長いその金の髪を無造作に結い、その手には銀の弓。

「!? あ…ジョルジュ?…なんで、ここに…?」
「物見遊山…というわけでもないがな。俺の事はなんでもいいだろ」
「……あ、ありがと…」
「いや、無事ならいい」
「……っ」
「……。それより、身体は?」
 目尻に浮いた涙は指摘せず。
「あ、…ああ、そんなの平気。ずっと陽の当たるとこ歩いてたからなの。やっぱり傘かフードは必要だよねー。買っておかないと」
 安心して、なのか、それともそう振舞っているだけなのか。エスナは妙に早口でまくし立てる。
「…あ、あれ…でも、ほんとどうして?」
「…ああ」

「! ……ね、時間ある? この通り日差しあるし…暑いし」
 ぽん、と手を叩く。
「買い物終わったら学院に寄って行かない?…あ、もし、急いでなければ、なんだけど」
「ああ、…それはいいが。まだ歩くならこれ被ってろ」
 渡されたのはジョルジュのマント。言いながらそれをエスナの頭から被せる。
「! あ、 うん。ありがと、さてと!」
「おい!……お前、人の話を聞いてたか?近道はするな」
「ふふっ、――――じゃあ、こっち!」
「……やれやれ。おい、そっちの荷物、寄越せ」
「いいの?ありがとー、結構重いよ?」
「……お前の重いなんてたかが知れてるぜ」
「そしてまだ買い物はあるんだけど」
 ぺらり、鞄からウェンデルのメモ書きを取り出す。

「………。 司祭も容赦ないな。女一人にこの量かよ」
「あは。…多分マリクも引っ張って行くのかと思ってたんだと思う。でも!ふふ、ジョルジュが居るからまだ続けられるね。 …ね!付き合ってくれるんでしょ?」
「…はいはい」
 その声、明るい物言い。
 先の戦が終わってまだそんなに時は流れていないが、とても懐かしく感じる。




*




「たっだいまー。マリク!」
 学院の生徒達が休憩に使う小部屋。
 マリクは時間があるとここで魔道書を開いていた、という事を思い出し、まずはそこへ立ち寄った。
「うん、遅かったね。おかえり…って!!なんだか量多いよ!?」
「なんとあの買い物メモ、…ウ・ラ・も!あったの!酷いよね!」
「!? …え、じゃあ僕も行けば良かっ―――― あれ、ジョルジュさん…?」
「ああ、久しぶりだな」

「さっきそこで会ったんだ。 えと…ここに置いてくれる?ありがとー助かった」
 エスナの何冊かの魔道書をテーブルに置き、言う。
「ふん「そこで」じゃないだろ、あんな裏道通るからだ」
「う…だから、ごめんって言ってるじゃないー。 大体治安悪くなりすぎ、昔はあんなんじゃなかった!私、ちっちゃい時一人で通っても大丈夫だったのに」
「(通らないでよそんな所…)確かに戦争終わったばかりだからね。…――――でも」

「何?マリク…」
「いや、なーんでも」

「? じゃ先生に魔道書渡してくる!」
「あ、さっき聞いたんだけど、先生がここの本棚に置いてくれって。あと数冊だけ持って行けばいいみたいだよ」
 言いながら本の山から「持ってきて」と言われた魔道書を抜き出し。
「あ、そうなんだ。 ……あ、リカバーの杖欲しいなぁ」
「いいと思うよ。リカバーなんてエスナくらいしか使えないだろ?そういえばエスナに杖って言ってたし」
「やった!ふふっ、とりあえず聞いて来るね」
「(やけに楽しそうだなぁ、…でも、仕方ないのかな)」

 随分減った魔道書とリカバーを抱え、部屋を出て行く。マリクは扉が閉まるのを見届けてから、ジョルジュに向き直った。

「……」
「…エスナも、今日ついたばかり…なんですよ?」
 この小部屋の内装をなんとなく眺めていたジョルジュだが、その言葉に眉をくいと上げた。
「…? ――ああ、何を言い出すかと思えば」
 少し「確かめる」ようなマリクの物言いに苦笑する。
「ジョルジュさん、エスナが心配だった、のかなって思って」
「は、……どうだか? ハーディン皇帝の勅命かもしれないぜ」
「カダインは中立ですよ」
「だからさ。…ま、いい。俺の事は通行人とでも思ってくれ」
 ぎし、とソファに身を預ける。
 窓を見やると、先程通ってきた聖堂のクーポラ(と、工事の足場)がカダインの強い太陽の光にきらきらと光っていた。
「……。ああ。治安が悪そうなのは本当だな。裏道と言っても大通りから直ぐ隣りだ。マリクよ、気をつけろ」
 自然、声を潜めてしまう。
 その声にマリクは目をくっと細めて同じように聖堂の方角を見つめた。
「…魔道士、ですか?」
「いや、あれは外の人間だろ。カダインの人間なら…あんなわかりやすい通りを根城にしない。 隠れる気がないにしちゃあ力も中途半端だしな。あれじゃすぐに見つかっちまうぜ」
「え?…じゃあ何処の…。そんなに大したことがない強さならカダインの自警団ですぐに取り押さえられるんじゃ…。居ても意味がない気が…」
「ああ…」
 通りは「いつもの通り」に思える。しかし。


 がちゃり、扉の開く音とともにエスナが入ってくる。
「お茶入れてあげなさいって。先生が。仕方ないから入れてあげる!」
 手にはお茶道具一式。ウェンデルに持たされたものだろう。
「なんだ、偉そうだな」
「ふふ、だって「お客様」じゃないでしょー。 でもま、やっぱカダインに来たらお茶。心に余裕のない民族は不幸ですってね。ちょうどさっきお茶買って来たから。カダインの紅茶美味しいんだよね」
「ありがと、エスナ」
「! あのね、パン屋さんでタルト買って来たの。ベリーとチーズの!」
「あ、パン屋寄ってきたんだ、やっぱり。あの荷物だから寄らないと思ってたよ」
「ふふ、当たり前でしょ。あ、頼まれたパンは保管庫に入れてあるよ。名前書いておいたから後で取ってね。 …あ、ジョルジュはこういうお菓子平気?あまり甘くないの買ったから男の人でも大丈夫だと思うんだけど…。お腹すいたでしょ?ここ、夕食遅めだから食べない?」
「……ああ、じゃ、頂くとするか」
「はいはーい」
 紙に包まれたドライフルーツが乗ったタルトを切って小皿に取り分ける。
「良かったー。私、お腹空いちゃったんだよね」
「あ、僕もだよ」
 マリクは紅茶の用意をしながら、「あれ、新作?」とタルトを見て思わず微笑んでしまう。
 確かに今日のマリクは昼前に少しのサンドを食べただけで後は魔道書にかかりっきりだったため、夕食の時間にはまだあるが、既にお腹は空腹を訴えていた。

「――あ。そうだ。…マリク!課題、終わってる?さっき先生に聞かれちゃて」
「ええ!?もう先生、エスナに余計なこと…!」
「…あ」
 こと、と、カップを置いて、窓を見て。思い出したように。
「忘れないうちに言っておくけど…、マリク、卒業できた時に私もカダインいるかな?」
「どうだろうね。……! あ、指輪の話しかい?」

 ああ、と苦笑しながら。
「そ!その頃には私も司祭のお許し出るかな〜って。タイミング良くカダインにいればいいけど」
「指輪、…ああ、司祭の祝福の指輪か?」
 「うん」と頷きながら今度はジョルジュを見る。
「互いに、交換しようねーって子供の時からの約束で」
「っ! エスナ!!」
 がたん!椅子を高く鳴らしながら思わず立ち上がってしまう。

「え?だってそうだったよねえ。…あー、マリク他の人と約束しちゃったわけ!?」
 慌てるマリクと、不機嫌そうなエスナ。二人の思いは何処か噛み合っていない。
 そんな二人のやり取りをまるで漫才を見ているかのように一線引き、椅子に凭れながらにやにやと見ているジョルジュ。「こうも話題が尽きないとは」と。
「ジ、ジョルジュさん。…カ、カダインの風習で共に修行した「兄弟弟子二人」で司祭の指輪を交換するって言うのがあって…、当初は「師弟」だったらしいんですが、いつの間にかそういう話に…」
「へえ、魔道学院らしい話だな」
「………マーリークー…」
「だ、大丈夫だって!誰とも約束してないし!」
「良かったー、一緒に買いに行くんだよ」
「ああ、わかってるよー…」
 心臓に悪い、とげんなりする顔。ちらりと見ると、ジョルジュの目が「気にするな」と言っていたので胸を撫で下ろした。
「あ、ああ!…ほ、他にもカダイン独自の司祭の指輪の言い伝えって結構あるんだったよね。えーと、一度司祭になった人がもう一度指輪を付けるとお守りになる、……だっけ?」
 男のマリクはあまりそういったことは詳しくないようで、以前、女性魔道士やシスターたちが噂をしていたその話を(話題を変える意味で)引っ張り出してきた。
「(カダイン独自の文化とは言え、確かに女が好きそうな話だな…)」
「あー、うん。それもあったね、…あ、素朴な疑問なんだけど…重ねてつけるのかな…?…邪魔じゃない?」
 とん、とその指に指を当て。

「…さ、さぁ?慣れれば大丈夫なのかな?」
「よし、司祭の指輪は細いのにしよう」
 うむ、と一人拳を作って気合を入れているエスナをマリクは何処か付いていけない顔で見てしまう。
「……(そっ、…そういう問題なのかな…)」
「ふーん。…パレスの司祭はやたらと指輪をしてるが…アレとは違うのか?」
「多分アレは司祭のナントカって言うより装飾の指輪とか地位のでしょ? もしかしたら魔力増幅の石もあったりするかもしれないけど。…でもどうなのかな?リンダに聞いたことなかったし…。カダインってこういう文化多くて、そういうの好きだからカダインだけかもね」

 無意識に町に目が行く。
「……その頃には大聖堂、直ってるといいな」





やっぱり現れたジョルジュさん。世話やきさんですもの。
昔のファイルがファンタジー過ぎて付いていけない、を素で行っている感じです。


カダインは妙な言い伝え多いかな?って。カダインを興したのはガトー様ですけども、
そこから魔法を戦に使う事を覚えた人と、守りに使う事を考えた人と、いろいろいたと思うんですよ。
魔道を教えた事は悪いだけじゃなかった…と思いたい。

で、「お守り」なんて短絡的ですけども…ありかな?と。

最近になって思うのは、ほらほら、教皇の漁夫の指輪とかありますしー……?ってあまり関係ないか?
とにかく司祭って指輪が多いイメージ?
うまい事書けませんが、雰囲気的にはそんな感じで。
何にせよ「しさいのゆびわ」という重要アイテムがゲームにあるのだから、
それを使わない手はないでしょう!!
カダイン自体言い伝えがなんとかって言う程、歴史が長いわけじゃないのですが…。


長編でジョルジュが「カダインが〜」と言ったのと、守りの指輪の事を知っていたのはここからですかね。
後に細かい事をマリクに聞きなおして……買いに行ったのか(遠い目)。

そしてやっぱりなんか食ってる。
だってマリクが「あそこのお店のパン美味しいんだよ」なんて言ってるからだ。漫画で。


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