パレスの地下に礼拝堂を貰い、そこに封印の盾を置いた。

 三種の神器は、三つの武器がばらばらにならなければ良い、との緩い約束の上、式典がある度に取り出されていたし、また、騎士団で一番上の者が所有するという事も許されていた。

「その構えでよく引ける。…事情を知らぬ弓兵が見たら卒倒するな」
「!」
 からかう口調に、つん、と正直に反応してしまう。
「む、しょうがないじゃない。呼応してくれてるだけなんだもん。私は弓使いじゃないしね!」
「なるほど?」
「…でも、本当に大事にしてくれてたんだなーって思う。綺麗なのはそうだけど、…こう、伝わって来てねー…」
「………」
 手を下ろすと蒼白い光の弦がすっと消えた。
「…じゃ、どーぞ。 あ!…ふふ、なんか儀式みたいなこと言ったほうがいい?我、神竜の司祭エスナが〜――…とかって」
「いや、いつものお前でいい。あまりカッコつけられると調子狂うぜ」
「あは、私もああいうの苦手。…じゃあ、これは、ジョルジュへ」
 その手にその黄金の弓を載せる。金銀細工が施され、小さな赤い宝石が嵌め込まれた弓。
 聖焔翔ける神弓パルティア――。
 それは全弓兵の憧れだ。アカネイア王家の宝であり、元を辿ればメリクルソードとグラディウスと並び、神竜族の物。

 受け取るとジョルジュは軽い動作でそれを構えた。途端、焔のような紅い弦が現れる。薄暗いこの礼拝堂に突如現れた光に、不自然に大きな二人分の影が踊った。
「ああ、久しぶりだな。――――うん?こんなに軽かったか?」
 指先から伝わる熱に、思わず口角が上がる。
「ふふ、それが軽いなんて、もうすっかりジョルジュのだね」
「ふぅん」
 そう相槌しながらもまんざらでもない様子で、生じた弦を弾く。まるで琴のように高い音がした。

「……。ね、手放さないで」
 その声音が、少しばかり低くなって、ジョルジュはエスナを見やる。
「…?」
「使う人の鍵みたいなのかかってるのにね。でも、これだけは他に渡るのが嫌…。何処か行っちゃうくらいならいっそ壊して欲しいくらい」
「……。 ああ、…なんなら、俺が死ぬ時に持って行ってやるぜ?お前の弓は誰にも渡さない、弓騎士としても個人的にも…」
「うん…!お願い」
「……。無論、お前の事もな」
「!? もう…今言う台詞じゃないよ…っ」
 髪に鼻先を埋め、言われたその言葉。頭に温かい息がかかり、その熱で顔を朱に染め、嬉しさを隠しながら、それしか言えなかった。それから腕に巻き付いている布――細かな刺繍が施されているエトワールで互いの手を包み、…微笑んだ。





その約束は――――。



12話:終章1 聖炎弓 パルティア



「(私も、誰にも渡さない…。私だけの…)」
 魔道の杖をきゅっと握って、微笑んだ。


「この辺も随分変わったよ」
「? んー、そうかな。 …うむ、そうかも」
 窓ガラスの外を眺め、疑問の言葉を肯定に変える。

 ――――あれから、滅亡した国も、新しく誕生した国もあった。
 「ここ」も取り壊しの対象になったこともあった。

 あった、あった、と全て過去形だが。


 薄荷色の水晶が付いた杖を長椅子に寝かせ、こつ、こつ、と言う音をさせながら建物の中央まで来た。
 そこは一つだけある天窓からの光が落ちる場所だ。見上げると、天使か竜か、そういった類のものが描かれているフレスコ画がある。
「………。ねえ、兄様。出て行くの?」
「うん、氷竜神殿だって廃墟同然だし、この大陸にもう知ってるヤツもいないからね」
 伸びをしながら天井を眺める。
 エスナの力でどうにか保たれてはいるが、崩れそうな箇所もある天井、建具。
「それは、…そうだけど」
「おっと、そんな顔させるために言ったんじゃないよ。僕は。形ある物はいつかは壊れるし、純血の神竜族だってこの大陸では僕らだけだ。チキもひとり立ちしたしね」
「ああ! ん、いろんな所を見たら戻って来てくれるって」
 チキの名を出され、思わず微笑む薄荷色の髪の司祭。
 天窓からの光があまりに強くて、赤い髪の青年は一瞬びくりと身体を震わせる。

「あ? 兄様…?」
「……エスナ」
 抱きしめたのは、光に溶けそうだったからだ。
「どうしたの?」
「……」
 以前のように、床に付くまで髪は伸ばさない。それを梳きながら。
「チキも成長して、封印の盾の力を必要としなくなった。…もう、大丈夫なら、一緒に行くかい?前だって一緒に暮らそうって言ってたよね」
「………。 アンリとの約束だからエスナはこのアカネイア大陸に居ます。それに、ここにはクラウス兄様もいるし、…あと――――」
「はぁー。……全く、色々見ておくもんだと思うけど?お前の子だってここにはいないじゃないか」
 やれやれ、と息を吐きながら腕から開放する。
「あー…止めたんだけど、どうしても行きたいって言うんだもん」
「へえ」
「…あーあ、竜の力を受け継いだ聖騎士の昔話なんてしなきゃよかったかなぁ…」
「あぁ、エスナがまだ小さかった時の話だったよね。何処だか、他の大陸の話し。竜が人と関れない場所の」
 そういうチェイニーも記憶が曖昧なのか、うーんと唸りながら。

「…ここは関れて良かったよね?」
「はは、なんだい、それ。 ――――まぁ、お前は関ったよね。そんなに人間が好きだった?」
「あら、兄様だって同じじゃない。二回も戦に出て!…あれ、その前加えたら、三、四…回?」
 人差し指を顎に当て、無意識に目線は上へ。んー、と記憶の糸を辿るようにして言うエスナに苦笑して。
「なんでもいいよ」
「私は、人が好き」
「人が好きってより、…あれが好きなんだろ?」
「?…――――あ!待った!!やめてよ、ダメ!変身しないで!」
 周囲が不自然にブレた瞬間、エスナは腕を取ってそれをやめさせる。
 それでも魔法の煙の中に一瞬だけ見えた金の髪に目は釘付けになってしまったが。
 しかし、次の瞬間現れたのは、同じ赤い髪の青年。
「…もう!そういうこと何度もやって!シーダに怒られてたじゃない!」
「あっはは!懐かしいなそれ。折角変身するんだ。喜んでもらいたいじゃないか」
 両腕を頭の上で組み、伸びをしながらけらけらと笑う。
「んもう!喜ばないっ!」
「…しっかし、勝者を間違えない、か。――――確かにそうかもね。人の世界としては」
 先程、一瞬、金色に変えた自分の髪を、指でつまみ上げて。
「?」
「アカネイア五大貴族の血筋ではっきり残ってるの、メニディだけでしょ」
「ふふ、…別にどうでもいいの。そう言ってたもん」
「はいはい」

「……でも、あの子はアカネイアから出て行っちゃったよ」
「そりゃあ自分より巧い弓の使い手なんて倒したくなるだろうしね。治癒の魔法じゃなくて弓だなんて父親譲りか。ま、特技やら…人の血が強くなるのは仕方ないかもしれないけどね。…ちぇ、全く」
「へ…!? やだ、あの子、戦いに行ったの!?」
「勝負、でしょ」
「まあっ! …でも、そうか、やりたい事があって行ったんだ…。そうだよね、昔話聞いてからだもん、他の大陸に興味持ったの…」
「……はは」

 昔々、最後に「ここ」で見た姿と全く同じだけれど、全く違っていた。薄荷色の髪も赤い石の付いた金と銀の髪飾りも同じだけれど。
 白いローブの胸元に当てた左手に目が行くと、そこには銀の環。
「…お前も随分人間に感化されたね」







いよいよ最終話です。

お付き合いありがとうございました!


あとがきは終章2でやります。




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