7:長い夜
「……――――エスナ」 「?」 振り向くと、テーブルの上のポットに手を伸ばすジョルジュが映った。 カップに注ぎ、それを向ける。 「少し飲め。…ま、冷めちまってるがな、頭を冷やすには丁度いいだろ」 「え?」 「聞かせてはくれないのか?」 「! …こんなの、聞いても楽しい話じゃないよ。大丈夫!くよくよするのは私も嫌いだし」 自嘲的に笑い。その笑いと共に零した息が、妙な雰囲気を作ってしまい、エスナはまたくるりと背を向けた。 寝る準備をするように見せかけて。 「そんなのは、俺が決める事だ…」 カップをサイドテーブルに置き、その身体を引き寄せ、抱きしめる。 「あ ジョル、ジュ…?」 「酔いがまわった…。こうしてろ」 「え?でも、 …あ!船酔―――?」 酒に酔う――そんな筈は無い。ジョルジュは船に乗ってから酒を一口も口にしていないから。だから船酔いなのかと焦りの声を上げるが。 「…なわけあるか。……いいから、話せ。今の俺は酔ってるからな、きっと朝には覚えてないぜ…。だから遠慮するような事でも何でも言ってもいい。 …何、心配するな。早起きは慣れてる」 エスナのその言葉を遮るように言い、腕を少し強めた。 髪を梳かれる。髪から響いてくるその感触に目を細め、ひくっ、と一度息を吸う。 「!? …。っあ ………私…!」 膝が折れ、ずるりと二人で床に座り込むようになる。 「もう、人の世界には戻る気なかったみたいに言ったけど、ホントは戻るのが怖かっただけ……。チキもいるのに。…あの子を置いて…酷いよね…」 「……」 「ずっと、距離置くのが寂しかった。見た目だけでもって、赤い髪に染めた事もあったんだよ」 「………」 「兄さんに怒られた、レナ姉さんに緑の髪好きだからいいのって言われた。…それよりね、染めて直ぐ色なんて落ちちゃった…」 髪に触れる指。 「っ あ…。もういや…。誰かと離れるの…。だから、100年以上経ったらラーマンから出るつもりだった…。最初から、なければ!想いなんて忘れちゃえば…」 「ああ…」 「お願い。……ジョルジュ…」 「…ん?」 「アカネイアに着くまででいいから……、……あ…と」 目線を合わせ、そこまで言うが、続きが言えず、つぐんでしまう。 「どうした?」 「……っ。…ええと…、……お、なじ…部屋にいて……」 「…パレスに着いてからもいてやるよ」 「………」 それにそっと首を横に振り、 「エスナ?」 「竜に戻れなくて、中途半端に竜なんだけど、人にもなりきれないんだよね」 「…お前、まだそんな事言ってるのか。やれやれ、随分と慎重な性格になっちまったな」 「そうじゃない。さっきの人だってね、私のこと、マムクートだって。…見下されたような目だった。差別ーみたいな。…つまり、今は見下されるような存在なんでしょ?竜族は。 ……そんなの、許されるわけない。ほんと…壁があるな、って」 ジョルジュの言葉を遮り、首を横に振りながら、言う。 「そっちか。…反対なんてさせるかよ。離れたくないって今言ったばかりだろ」 「ジョルジュ一人の問題じゃないよ。…アンタ、一人息子じゃない」 「――――。…あぁ、子供が出来ないかも、って話か?」 「……はっ? へ…!」 「なに照れてるんだ。神竜族なんていってもほんと普通の女だな、威厳の欠片もないぜ」 「っあ…ジョル…!ん、もう! …で、でも、大切な話しだと思うんだけど…特に、――――人には…」 そっと手を離し、身体を逸らす。 「………。堂々巡りだね…。なんだか同じ事喋ってる。慎重とかそんなじゃなくて、なんか…」 「…一度にたくさんは考えられないように出来てるんだ。少しずつでいいだろ。…――さて、邪魔して悪かったな」 立ち上がるジョルジュの袖をく、と掴み。怪訝な顔で見下ろして思わず固まってしまった。 「…エスナ?」 縋るような目。 「……(おい…)」 どくん、とジョルジュの中で大きく跳ねる。 「へぇ…、同じ部屋に居て、か? お前、他の奴にはそういう態度するなよ」 腕を引き上げ、そのままベッドにゆっくりと押し倒した。小さなベッドが大きく軋む。 「ジョル――――…!」 「…折角出て行ってやろうとしたのにな。エスナよ、冗談じゃ済まされないぜ…?」 「ン……っ」 頬から耳、髪を滑るように撫で、梳き。 「………」 「っん あ」 服の上から撫でられる。首筋に顔を埋め、金の髪が頬をくすぐっていく。 当たる息、指先にぞくりと震え、身体が熱くなる。 「! あっ、――――あのっ!」 背から首筋へ抜ける震えを止めるように声を上げ。は、と大きく息をつく。 「……」 「…ま、まだ、 ね、待って…!」 真っ直ぐに向けられた瞳は、羞恥も入っているのだろうが、他の感情もあった。 「ゃ、……じゃ、ないけど………駄目!…待って」 腕をぎゅっと掴み、目を真っ直ぐと向ける。 「……。 ふ、…それこそ冗談だ」 大きく息をつき、長い前髪をかきあげた。 恐らく、このような事をされたのは初めてなのだろう。なのに、震える身体や手を感情で押し付けて、必死に見上げる目を見、苦笑する。 「! じょっ…だ !?」 「ありがとな、エスナ」 「!」 少し乱れた髪に触れながら笑みを向ける。その表情は遠慮などしていない、ただ、優しい表情だった。 「え…?」 「分ってるつもりだ。それでも俺はいいんだが、お前が納得しないんだろう? …そうだな、アカネイアに着くまでこうしててやる」 「! ごめん…」 「何を、お前が望んだのはこっちだろ」 いい、と言うように頬に唇を寄せ、緩やかに腕を回す。 「っ!」 「…いちいち反応するんだな」 それから、きゅっと縮こまったエスナの身体を安心させるように背を叩いた。 「(…そう言うならお前の方が…)」 ――――心配だろうが。 …という言葉をジョルジュは飲み込んだ。そう口に出したとしても「私は大丈夫だよ」と返ってくるのは目に見えている。それに、それを口にしたところで変わらないのだから。 「………ん、くすぐった… ん」 触れるだけの口付けを受けながら、傍らの身体にそっと身を寄せる。 「…ジョルジュ…」 ゆったりと撫でられ、緊張した身体が段々と力を失ってきた。服からむき出しの腕や首筋にジョルジュの手が触れる。弓を扱う者の、硬い感触。だが、それが心地良い。 「あん?」 「…深く関れば色々…危ないかもしれないのに…ありがと。私ももう戻れない…。だから…私、守るから…。だから私の事も…」 「あぁ、覚悟がなきゃ迎えに行くかよ。生憎、そういう性格じゃないんでな、計算高いって言ったろ」 そうだ、半端だったら迎えになんて来ていない。 戦争が終わってからこちら、考え、考え抜いて決めた道だ。この数ヶ月後悔はした。だが、これから、触れられない後悔はしたくない。 「ふふ……。――――あと…。ラーマンの結界ね…」 触れる温かさと香りに安心したのだろうか、先程からの声が段々と眠りに落ちる前のようにゆっくりと。 「ほんとは、もっとちゃんと…出来てたつもりだったんだよ。私、ああいうのだけは得意だから。…なのに、入って来られたのは…やっぱり、…寂しかったのかな。駄目だね…こんなんじゃ…。得意なんて言えなくなっちゃう…」 「………」 「…ジョルジュが言った通りね、何度か多分襲撃あったんだよ…。結界に驚いていなくなることもあったけど、…入られたこともあった…。まぁ、あんな状態だったからよく覚えてないけど…」 「ちゃんと出来てたつもりだった」―――つまり元から結界は不完全だったのだ。きっとその「襲撃」でさえ、誰かが来てくれると寂しい気が紛れると、利用していた。 そうして、会いたかった人の気を意識深くのどこかで感じ、結界は完全に消えた。 「………」 言葉の代わりに背を撫でる。すると力が抜けて、眠そうな目が落ちていった。 「…おやすみ、エスナ」 ――――ごちゃごちゃと、たくさんの夢を見た。 久々だ、と思う。 最も、「久々」という表現はおかしいのかもしれないが。 過去の夢だった。懐かしい顔ぶれの。 時を遡る。 二度目の人を守る戦いで、殆どの神竜族が死に絶えた時に、クラウスはその戦で竜石を残して生死不明となった。 エスナは氷竜神殿で眠らされているチキを守りながら戦い、チェイニーが戻ってきた時には、ほぼ瀕死の状態だった事。 『チェ…イニー…兄…さ、…チキは、王女は…無事…?』 『無事だよ…。でも、どうして、こんな無茶を…!?』 『…あぁ、でも、良かった…、チキ、泣いてない…?』 それから、間もなくして力尽きる。 哀れに思ったガトーはオームの杖を行使したのだが、この時のオームの杖はまだ完璧ではなかった。 その為、クラウスとエスナは竜族のまま生まれ変わる――――という表現が近いだろうか。術を行使してから具現化するまで時は随分と流れてしまったが、子供の姿を持ってもう一度生を受けた。 そして、何もかも忘れてドルーアとマケドニアの国境を彷徨っていた事。その国境付近で飛竜狩に来ていたマチスと家族の者に拾われ、数年間、レナと共に育った。 『私、神竜族なんだって』 二度目の戦争の時に、氷竜神殿に戻って来て、全ての記憶のパーツが合った。 これからの戦いに必要だろうと、神殿に保管されていたままだった竜石(とても小さくなってしまって、竜には戻れないが)を手にし、竜の力を呼び起こした。 子供の姿で生き直した事も、その前の氷に閉ざされた神殿での千数百年も。 走馬灯のように流れてゆく。 『アカネイアは……。 私、好きじゃないかも…』 |
エスナの考えがぐるぐる廻りすぎだと思うんですが、 当時のファイルの所為にするのもいい加減アレですので(笑)、とりあえず言ってみる。 「ハイ迎えに来ました→問題なくついて行きます」にはしたくなかったのです。 くどくなると分ってても〜…。と多分当時の自分も思っている筈だ(笑)。 自分は加賀氏のFEしかやってないのですが…、 他作品にはマムクートってハーフ居るらしいですね。 でも少なくとも紋章には居なかったので(もしかしたら古い歴史上にはいたかもしれませんがね?)、 戸惑い、身を引いてしまうのは当然の流れなんじゃないかと。 最後の方はちょっと説明くさいのは分っているのですが、 とりあえず現在はこの「英雄戦争後シリーズ」しか載せてないので、違うファイルからの引っ張り出しです。 そして何をテンパったのか、名前間違ってた。オイ… 「ナーガ様」じゃなくて「ガトー様」だ(汗)直しておきましたので…。 ナーガ様この頃はもう居ないです。…でもなんだか見守ってくれてはいそうですけども。 …そう考えるとナーガ様でもいいか。 挿絵 NEXT TOP |