4:異種



 二人で、(とりあえずは)ジョルジュの部屋に戻り、船員を呼ぶ。…それから数分後、現れた船員に今まで出来事を説明し、船員が消えると一つ息をついた。
 扉の向こうの足音が段々と遠くなっていくのを確認してから錠を下ろし、ちら、と背後――部屋の中を見る。ベッドの隅に腰掛けてこちらを心許なげに見上げているエスナが目に映った。
 狭い寝室にはあたりまえだがそう物は置けない。「座って待っていろ」でベッドに掛けるしかないのは当然なのだ。
「終わったぜ、もういいだろ」
 少し声のトーンを上げ、ジョルジュは振り向いた。

「全く、騒がせたな」
 はぁ、とまずはため息。
「ごめん…」
「迷子になるどころの話じゃないぜ」
「だ、大丈夫…だから。その」
「……ま。何もされてはいないようだな」
「う、うん!…ほ、ほら、見た通り大丈夫」
 見られている事に緊張しているかのように、手で服を押さえながら。ただ、腕を引っ張られただけだ。何もなかった筈なのに何処か緊張している。
「あ あの」
 それは、(勿論、連れて行かれた事、触れられた恐怖もあるが)部屋を飛び出した原因が大きかった。

「……――――ごめん」
「! いや…」
 謝る方向が変わった、と、二人の間の空気が重くなった。
「でも、ね。さっきの。 ……あの…」
「……………」
「そっ、そういう、意味なんでしょ…。ジョルジュは…私と、その…」
「どういう意味だか」
「っ!!」
 怒りながらも、羞恥で顔を赤くするエスナを見て、ふ、と苦笑し。
「…ああ、恐らくお前が思っている通りの意味だな。俺がラーマンまで出向いた理由は」

 きゅっとローブを掴み、目を床に落とし。
「ひ、…人と竜が一緒になんてなれない。今の私が竜になれなくても、血とか、力は多分そのままなんだ。…だからね、私、チキの事が心配なくなったら、またラーマンに戻るつもりでいた」
「…………」
「人は脆いから、何かあったら死んじゃう。さっきだって…私、魔法に頼ろうとした…っ!昔はあんな攻撃魔法嫌いだったのに…!あの人、私が……私が殺しちゃったかもしれない。攻撃魔法使おうとしてる自分が嫌…!」
 目をあわせないように言う。
 ジョルジュの視線から逃れたいように。
「お前以外の女には興味ない…って言ったら?なぁ、さっき言ったろ、垣根作ってるのは誰か、と」
「! バカじゃないの!?そういう問題じゃない!ジョルジュが危ないんだよ!人が竜族と深く関ってどうなるかなんて私知らないもん!他の大陸じゃ人と関れなかったってくらい!」
 がたん!
 立ち上がった時にサイドテーブルにぶつかったのだろう。揺れ、音を立てた。
 一方のジョルジュは何も言わないまま、ベッドに腰掛けた。

「………」
「こっ、この目も耳も怖いでしょ…!?」
「今更なんだよ、怖がって欲しいのか?そればかりだな、他に言う事ないのかよ」
「―――そ、それに!メニディの家はアカネイアの有力者…普通なら、アカネイアの貴族同士の事じゃない!ほんとはミディアだったんでしょ!?」
「……?」
 エスナの物言い、声音に少しばかり違和感を感じて、見上げる。目線は泳ぎ、何処か言葉を選んでいるかのように取れたのだ。
 だが、それに気がつかない振りをしながら、淡々と答えた。
「関係あるのか?そんな事が。たまたまここに生まれただけだ。 ああ、付け加えておくが、ミディアの後はそんな話はない。…最も俺が自由に暮らしてるからだろうがな」
「なんで、そんな……っ。 そ、それに、ジョルジュが良くても。―――だって…」



『ええ、私は……アルテミス王女を――…』
 アンリが帰る前の日。その心の内を聞いた。「何故、貴方がそこまでして戦うのか?」と。
 そんな問いに微笑みながら答えてくれたあの顔を今だって忘れてはいない。

『そっかー。……ね、じゃあ、約束して?私はアンリたちが生きる大陸を守るから、アンリはアルテミスを守るって』
『エスナ司祭…! しかし、私など…王女と…』
『イ ヤ! 約束して?じゃなきゃ協力しないよー?兄様たちだって私が嫌って言ったら協力しないかも』
 上目遣いで少し意地悪そうに笑い。からかってはいけない事なのに、少しからかってしまった。
 エスナは生まれた時から氷竜神殿から出た事がなかった。だから、人の世界からの旅人にとても興味があって。
『はは、適いませんね。…ええ、わかりました』
『ふふー…約束』
 アンリは幸せになれるんだ、と、勝手に思い込んでいたから。



「――――だってこれはアカネイアの歴史じゃない!!」

「……ッ!」
「あの時はなんでこんな国を救う為にって思ったよ!…アンリはアルテミスと一緒になれるって思ってた。私、応援するからって言ったのに…!!あんな風に言って…きっとアンリはわかってたんだって思うと…。私っ…」
「……」
「嫌いだ。…アカネイアなんて…! 貴族も王族も!!」
「……」
「ひっ、人同士がこれなんだよ!?種の違いなんて…無理に決まってる!!大変になるのはジョルジュなんだよ…!私を庇いながら周りとどうやってっ!」
 段々と声が高くなる。悲鳴に近くなる声を、ジョルジュは黙って聞いていた。
「好き好んで大変になることなんてないじゃない!? だ…から…ッ」
 どくんどくんと胸が鳴って、とても痛い。
「だから…!私なんて」


――――どうか、放っておいて欲しい――――


 そう言いたいのに、それだけは言葉にできなかった。
「………」

 ベッドに腰掛けているジョルジュがその腕を引っ張り、その反動で倒れ込んだ両手を押え付ける。
「ひゃっ! あ…!?」
 二人分の重さをかけられたベッドは大きく軋む。ジョルジュはそれに構わず、そのまま組み敷くような体勢で、顔を見下ろした。
「ジョルジュ……」
 「こう」されている恐怖と、それと「他の」感情が揺れている目。
「……」
 その押さえ付けた手、その中の司祭の指輪に気が付き、手を緩めた。
「…っ」
「っ あ?ジョル、ジュ…」
「エスナ、お前の言い分は体裁だけか…?」
「てっ…?」
「……」
 漸く合わされた蒼色の瞳は、痛みを堪えるように、く、と細められ。
「……」

「ジョルジュ…」
「……。――――全く、我ながらややこしい女に惚れちまったな…」
 大げさに息をつき、小さく首を横に振るとエスナを開放し、前髪をかきあげながら座りなおした。
 エスナもそろそろと起き上がり、そのまま隣りに座る。
「は…。最初の戦の時だったか」
 隣りに座った気配を感じ、「今度は逃げないのか」と苦笑し、そして何処か安堵しながら口を開いた。





なんだかすごく、説得にまわってるジョルジュさん。
元はこの倍の長さがあったのですが、長いので半分に切りました。


しかし…昔から暴走していたのですね、とミサカは冷静に分析します。
ホント、自分の暴走っぷりにびっくりですよ。
そしてジョルジュの口調がいまだによくわからないです。
マンガでもよく見てると…口調が変わっていってるんですよね。微妙に。


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