花柄の紅茶缶


 暑い暑いと思っていても、気温はとても変わりやすく。
 例えば、今日半袖でいた人が、翌日には薄手のコートを羽織っている、なんて事も珍しくない。

「折角果物貰ったのにねー。このインフレ?その中で果物を頂けるなんてすごい事なんだと思うわけよ」
 椅子に背を預け、ゆらゆらと椅子ごと揺れる。見ているほうは「いつか倒れやしないか」と心配になるほどの角度。
「……う、うん」
「昨日なら暑かったのに、今日はなんだか寒いし!」
「お父さんのコート、出してきちゃったもんね」
「だって秋の服出すの面倒だもん。パパのコートはずっとかけてあったし」
 男物の黒いコートを肩に羽織り、がたん、と椅子を戻して。

「…エドはどっか行っちゃったしね?」

「………」
「きっとエドは太陽男なんだよー」
「ははっ」
 今度はテーブルに顎を乗せて、だらりと腕をたらしながら、不満と怒りが入り混じったの声でそう言った。
「……ね、アルは」
「うん?」
「…アルは、冷やした果物…暑い時に皆で食べたいよね…?」
 先程までの不満と怒りの声は何処へやら。
 薄荷色の瞳は少し揺れて。それが真っ直ぐにアルフォンスへと。
「っ…。うん、そうだね。大丈夫だよ。エドワードさん、夕方にはきっと戻るよ」
「…じゃあ、明日は暑いのかな。いやんなっちゃうね、暑いの」
「サエナ、言ってることが滅茶苦茶だよ」
 苦笑しながら、立ち上がり台所に向うと、動く気が全くなかったようなサエナも同時に立ち上がる。

「お茶の時間――――だけど、何も無いんだよねー ね、スープの残りあるけどそれ飲まない?」
 コートを脱ぎ、椅子の背もたれに掛けながら、朝のままになっている鍋を指差した。
「ああ、それならぼくがやるよ」
「いいって。…あ、紅茶の缶…」
 棚の上には花柄の缶。
 両手で持つと丁度いいその長方形の缶は、いつだったか、市場に行った時に「缶が可愛い!アンティークみたい!」と買ったものだった。薄い水色とピンク色の淡い小花柄で、金色で縁取られている。
 サエナはそれに手を伸ばし、中身を見――――ぱたんと閉める。
「どうしたの?」
「……駄目です、断られました」
「………缶に?」
 その物言いに思わず吹き出しながら、問う。
「あと一回くらいしかないと訴えています。ので!やっぱりスープにしましょうねー…」
「じゃあ。ぼくはこっちを」
 いい、と言われて素直に引き下がれないのがアルフォンスだ。鍋を火にかけるサエナの横で洗い物を始める。

「……そういえば」
「?」
「前、スイカもらって…エド、内緒で食べたよね」
「…………う、うん」
「………。そう思うと、仕返ししたい気持ちもあるんだけど! …あはは、でも、なんかこうしてる方が勝つんだよね」

 くるり、とサエナはテーブルを振り返る。
 そこには勿論何もないが、二人の目には数日前の夕食の様子が浮かび上がった。

「…だからさ、待っててあげよう。あの果物ね、あと2、3日くらいは大丈夫なんだって」
「……うん。ぼくも賛成」
「……アール」
 隣りの肩に顎を乗せるように寄り添い、くすくすと笑う。
「ほ、ほら、サエナ、鍋見てないと…!」
 慌てるアルフォンスに「じゃあこうすればいいよね」と火を消し、甘えるようにまた、ぎゅっと腕を廻した。
「ふふー…」
「っ、もう、サエナは…」


*


「…エドワードさん…?電気くらいつけて下さいよ」
 外から見た二階が真っ暗だったので、誰もいないのかと思っていた。だが、二階に上がるとぼんやりと人影が見えたので、苦笑しながら話しかけ、手探りで照明のスイッチを入れた。
「っ、 ああ…。お前、また行ってきたのか?」
 うたた寝していたのだろうか、頬にシャツの跡がある。それと、何かの走り書きのメモ。頭をぼりぼりと掻き、乱れた髪を結い直す。
「…ええ」
「治安、悪くなってんだから気をつけろよ」
「大丈夫ですよ」
 こと、とテーブルの真ん中に布がかかった食器を置いた。意識せずエドワードの視線はそこへ。
「? なんだよ」
「どうぞ、開けてみて下さい」
 何処か寂しそうな笑み、それでも精一杯笑ったような顔。そんなアルフォンスの態度に訝しげな顔のまま、エドワードはそれを捲る。
 すると、

「なんだよ。……これ」

 背後から聞こえてきたエドワードの声。
 アルフォンスは台所で花柄の紅茶の缶から残り少ない茶葉を掻きだし、湯を沸かして。

「帰って来てくれたんですから、一緒に食べましょうよ。エドワードさん…?」

 テーブルの上には、出来栄えは見事、とは言えない果物を使った焼き菓子。
 ホールのうち、ひとカケラが無くなっている。

「サエナ」

 そのひとカケラは、今、8月も終わりの空の下。


*


「もう!そろそろ生で食べるのはちょっとまずいかもしれない!いくら熟す前のやつ貰ったって言ってもね、そろそろね…」
 窓の外を見、それだけでは飽きたらず、開けて身体を乗り出す。
 勿論、そんな事をしてもいつもの通りが見えるだけ。
「あ、それ、焼き菓子にすればもつんじゃないかな、…た、多少は」
「多少、のうちにあのバカエドは戻ってくるかな」
「戻るよ。そうしたらさ、あの紅茶缶、開けようよ」
「じゃあ、私、シア姉に作り方教えてもらってくるよ!」





リンゴではないと思うんだ。リンゴは…8月じゃないし。
また食ってる。

エドと微妙な頃になってしまった8月って、1923年じゃん…と思い、最後なんかこんな感じになってしまった…。

30度以上になったり、20度くらいになったり、結構暴れるんですよね気温。
そんな事を思っていたら出来た話です。
久々に書いたんですが、エドやハイデリヒの声はちゃんと再生されました(笑)。


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