届かない扉


 ――――私が小さい頃から古かったような気がする。
 ここはとても大きくて、とても謎が多かった建物だったような気がした。
 小さい頃から住んでいたわけじゃないから、たまに遊びに来るとイトコと探検隊を結成して遊んだっけ。
 そして、誰か、とても大好きな人がそこにいたことだけうっすら覚えている。


「開かずの間、なのよねー……ここ」
「あー、思い出した!こんなだった頃、二人で一生懸命開けなかった?なんだ、そのドア、夢かと思ったらあるんじゃない」
 サエナは手で「こんな」と腰くらいを示した。それは二人の当時の身長。
「でも開いた記憶はないでしょう?」
「ないかも。…開けたいの?」
「…え?あ、ええ。…倉庫にでも出来るような状態だったら、って」
 二人は扉の前でそんな会話を繰り広げながら、びくともしない扉をガタガタと押したり引いたりしていた。
 今まで使っていなかったのだし、むしろ忘れていたのだから今更開かなくても開いてもどうでもいいのだが、気になる。
 何故、今まで知らなかったかというと、最近まで棚やら箱やらが扉の前にあって、すっかり忘れられていたからだ。
「シア姉、ずっとここ住んでたんだっけ」
「ずっと、って訳じゃないけど、まぁ、昔からは誰か家の人が使ってたわよね…。ええと、ここはお祖父さんが使ってた部屋、だったかしら」
 普通、女一人でこの建物(アパート)の権利を持っていることは稀だが、それはグレイシアの家族のものだった、それだけのことである。
 だから、グレイシアは一人になってもここから離れようとも譲ろうともせず、開いた部屋をアパートとして貸していた。
「………」
 無言で扉を眺めるグレイシアにサエナが言う。
「大丈夫!」
「え?」
「男が二人もいるじゃない!」
「……え」



「で?ドアを開けろ、と。は〜…」
 その日の夕刻。呼び出されたエドワードとアルフォンス。
 エドワードはこつこつと扉を叩きながら、
「私とかシア姉じゃ、どついてもダメなんだもん」
「どついていいのかよ。壊れんぞ。…古い建物だからな、木だって強くないし…って、こないだまでここ、棚がなかったか?…ふーん。だからこんな木がダメになってんだな」
「扉としても使えなくなってますね、歪んでる。…鍵穴も随分錆付いてるし」
「…ドアくらいなら、壊れても仕方ないって」
「何で開けたいんだよそこまでして、いままで壁状態だったろ」
 扉に身体を預け、腕組みしながらエドワードは息をついた。
「私、そんな覚えてないんだけど。シア姉がなーんか引っかかる顔してんの」
「まぁ、使ってないと建物自体もダメになるよね」
 エドワードは身体を扉から離し、「よし」と声をかけて。
「ぼくも手伝いますよ」
「いや、ドア自体が細いからな、二人でやれないだろ。とりあえずオレだけやってみる」
 そして、
 エドワードの気合の叫び声と一緒に、どがん!だか、ずがん!だかの音がした後――――。


「エドー…だ、大丈夫…?あ、動かないでー」
「うげえ〜…けほ、何年分のホコリだよこれ…え」
 数分後、店の前。
 エドワードを椅子に座らせてサエナは彼の頭の上のホコリやらなにやらを取っていた。
「ごめんねーエド、怪我はない?サエ、取り終わったらお風呂用意してあげて」
「うん」
「い、いいって。別に怪我もしてない。…グレイシアさん、とりあえずドア、開いたから…って蝶番壊れたから後で直す。あとはアルフォンスが見てるから」
「ありがとう。アルは…中見てきてくれてるの?あ〜!もっと大変な事になりそうだから行ってくるわ」


 ぎし、ぎし。
 床がきしむ音で既に部屋の中にいたアルフォンスが気が付き、振り向いて声をかけてきた。
「グレイシアさん、あ、そこ、床が弱くなってるみたいだから気をつけてください」
「ごめんねー、本当に。ああ、でも…本当、きれいな部屋じゃないわね」
 グレイシアは苦笑して。
 半地下、上の方にある窓から光が落ちていた。
 昔、誰かが使っていたのだろう、椅子と机と本棚と。
「ぼく、箒持ってきますね。 多分そこ以外は床は大丈夫そうです」
「ありがとう」
 ぎしぎしと音をさせながら歩いて、その本棚の下にある箱を開けた。
「ビン…? …ああ、もう文字、見えなくなってる…、何処かで…見た?」


「私、知らないよ。等級ってもV.d.T位しか知らないし。それにイタリアのだよ」
「何、それ」
「テーブルワインのことだって。パパが隣りのおじさんとよく呑んでた」
「へー」
「で?ワインだったのか、コレ」
 一階のグレイシアのリビング。そこに先程のビンをきれいに拭いたものが置いてある。暗がりで分かりにくかったがコレはどうやらワインらしい。
 そこに風呂に入ってきたのであろう、髪が濡れたままのエドワードが現れ、ひょいと持ち上げた。
「多分…なんか貼ってあるシールとか。こんなんじゃない?18〜とか書いてあるけど続きわかんないんだよね…年号かな?」
「見せて、…うーん…―――レーゼ…?ダメだ、読めないね」
「高いのか、これ?…サエナがいうナントカって安いやつじゃねえの?」
「文字もすすけちゃって殆ど見えないのよ。はい、お茶どうぞ」
 全員分のお茶を並べて、グレイシアも椅子についた…と思ったら顎に指を当てて何か考える仕草をしながら部屋を出て行ってしまった。
「シア姉…?」
「――――そういやさ、…あの部屋暗かったんだろ?」
「上からの光がありましたけどね。でもそれは箱に入ってましたよ」
「だとしたら保存状態はいいんじゃねえの?これ。あそこ、地下だから気温も悪くないだろうし」
「あ!」
 そこで手を叩くサエナ。二人の視線は自然とサエナに。
「大人の男の人に見てもらえばいいよ。ほら、おまわりさん!そろそろ警邏の時間じゃない?それにー、エドもアルもお酒はよくわかんないんでしょ?」
「なるほど」
「ビアホールのおっさんたちも知ってそうだしな」
 謎のビンが何故ここまで気になるのか分からなかった。古い部屋にあったただのビンなのに。
 ――――でも。
「(何が気になるって、シア姉が気になるんだよね…)」


 そしていつも警邏と言いながら通りかかる時間、今日は三人で出迎えた。
「お、お!お前ら、コレ何処で!??」
「…なんだよ、そんなんどうだって…え!?」
 がっしり肩をつかんで腕を回してひそひその体勢。
「い い か ら !」
「このウチん中だよ!」
「ホントだな!?…ってなんだ、じゃあグレイシアも知ってるのか」
「くどいって!…つーか、グレイシアさんがどう関係するんだよこの話の流れで!」
 ようやく開放されてたエドワードはベストの襟を直しながら、ハッ!と息を吐く。
「…で、ヒューズさん。それ、なんなんですか?ラベルは殆ど見えないし…」
「なんだ、アルフォンス、ドイツ人のお前も知らないのか?…こーれはなぁ!」


「どうぞ、みんなで呑んで。あ、アルとエドはだめかしら?サエは呑めないんだったわね」
 前の道路が騒がしかったからか、店の奥から顔を出すグレイシア。その手には数冊の本のようなものが抱えられていた。

「グレイシア!いや、俺は…」
「シア姉…。え、わかったの?これ」

「開けてないから保存状態も悪くないでしょう。三人が呑めないならお料理にでも使えるのかしら。ワイン煮込みのお肉も美味しいし」
 グレイシアが手招きするから駆け寄って。その手にある本をめくる。中身はノートで文章といくつか張り付いた写真。
「うわ!これ、…あ!ちっちゃい時のシア姉?かーわいい!」
 古い古いすすけた写真の中には、小さい女の子とおそらくはそのビン。
「これって」
「私の生まれた年の、かな。その時にお祖父さんが、買ったみたい。…写真みたらやっぱりあの部屋、お祖父さんの部屋ね」
「で、ラベル見えるけど」
「読めても意味がわかんねえな」

「や、やっぱり…流石、グレイシアの〜!」

「ねね、料理に使うの〜?煮込みのお肉っておいしいよね〜っ!それ、使える種類ならいいね!」
「そうね、いけそうなら。…また仕舞っちゃってもそのままになっちゃうでしょう」

「ええ!?料…!?」

「…さっきから一人で何、青くなったり赤くなったりしてるんだよ、ヒューズさん…」
「(価値と味が分からないお前らに言われたくない!!)」
「おまわりさんはこれからもお仕事かしら?よければ……夕食、どう?どうせたくさん作るから」
「ぜ!是非…で、でも…それ…つ、使うのか?」

「ええ、使えるようなものなら。甘くなければいいんだけど」
 …と、笑ったグレイシアの顔が彼には天使に見えた…が。

「(キツイぜ、グレイシア…!折角のベーレンアウスレーゼを…!つーか絶対ムリ!ムリなんだそれはぁ!)」
 出来れば一張羅のようなキラッキラのグラスに注いでグレイシアと呑みたかったとか、ああいいもう、この際、このうるさい三人がいてもいいから普通のビアマグでもいいから呑みたかったとか。
 ヒューズの頭にはいろいろ駆け巡った――――。




*



 『そう、グレイシア。 君がこれが呑める位の年齢になったとき、同じように甘く幸せなものであるように』





今回はシア姉が主人公ー。

ドイツワインの等級とか、そんな名前をTAK!さんから聞いたのでー。
…す、すいません…お酒が呑めないヤツが書くとこんな当たり障りのない話に…。

んで、「ベーレンアウスレーゼ」は格付けの中でも高級品だそうでー。うはぁ!
で…コレは料理には使えない(デザートワインと言われててあまーいそうです)から、
シア姉は開けてからがっくりするのです。「ああ〜…甘いのね」って。
だから今日の煮込み料理は違うモノを使ったんです(笑)。めでたしめでたし(?)。
そうだ、甘いのは料理に使えないぜ。


サエナが言っている「V.d.T(ヴィーノ・ダ・ターヴォラ)」は気軽に飲めるテーブルワインの事で等級の1つ。
D.O.C、D.O.C.Gと格付けが上がっていく模様。
そういやイタリアで生まれ年のワインが買えるのですが、…高いんだろうなぁ。
じーちゃんに土産にしようと思ったものの1つでしたが…。

2009.06.20


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