観覧車


「ありがとう。サエちゃん」
「あはは、いつもの事じゃない」
「あらぁ、言うようになったわねえ。ああ!そうだ、コレあげるから持って行きなさいな。グレイシアちゃんのところ、あと二人いたでしょ?」
 そう言って手渡されたものは紙が三枚。
「?」
「ウチ、そんなの欲しいトシじゃないからねえ」
 配達先の近所の家で、紙切れ三枚を貰った昼下がり。




「観・覧・車ぁ?」
「へー!………。で、なにそれ」
「……。ホントに知らないの?二人とも」
 アルフォンスは二人の反応を見て、思わず呆れたような声が漏れる。
「いや、オレは知ってるけどさ、なんでそんなチケット…」
「だから配達先で貰ったって言ったじゃない。んで〜…なにそれ」
 テーブルには例の紙切れ三枚。それは観覧車のチケットのようだった。
「今、移動遊園地来てるだろ?それの乗り物だよ、高い所を見られるんだ。…知らない?」
「イナカ者だってバカにしてるでしょ…。ふんだ、しょーがないでしょ!私の村、こんな都会じゃないもん」
 そういえば、何日か前、町の告知板で見かけた気がする。
 今、町のとある場所で祭りが開催されている。そこに来ている移動遊園地。
「サエナはすぐそう言うんだから…。それより、せっかくだからさ、行ってみようか?」
「! わー!行こ!」
 ぷいっとそっぽを向いていたが、アルフォンスの提案に笑って頷く。
「ああ」
「……行くのかぁ?」
「エードー?三枚あるってよ?ね。行こうよ!」
「お前が二回乗ればいいだろ」
「そんなんやだよ。ねー!」
「………」
「ねえってば!!」
「…しゃーねーなぁ…」



 しかし、三人は『観覧車』へは簡単にたどり着かなかった。
 アトラクションの目玉である観覧車の前には数々のハードルが待ち構えていたからだ。
「はー、これ、結構ウマイな〜。おう、サエナ、それと交換しねえ?」
「ね、アル!アレ食べない!?ほらー、美味しそう〜」
「流石…いろんな醸造所が出してるんだなぁ…、エドワードさん、見かけないところのビールありますよ。…って、お金、足りるかなぁ…」
 そうこうしていて、ようやく観覧車に辿り着いた時には片方の手にはソーセージ、もう片方にはグレイシアへのお土産のパンなどが詰め込まれた袋。

「あー、やっぱこういうのって楽しいよねー」
 色とりどりの三角形旗の様な布切れがワイヤーに括り付けられ、それが頭上に幾重にも張り巡らされている。
 両脇にはソーセージや飲み物のスタンド、ビアホール。お祭り気分を掻き立てるに十分な色使い。
「(観覧車に来たんじゃなかったか?)」
「(まぁ、いつもの事だよね…)」
 串刺しの長い焼きソーセージにスタンドのマスタードを勝手に拝借して付け。
「じゃあ、メイン行こっ!!」
「ったく、ここまで何時間かかったんだよ?」
 笑うエドワードにアルフォンスもつられて。


 遠くからでも大きいと思ったが、近くで来るとさらに大きい。
 かたたん、かたたん、と金属製のゴンドラが廻っている。人がたくさん並んでいたが、廻る様を見ていたら直ぐに順番は廻ってきた。
 乗る時も完全には停止しない。わたわたするサエナをアルフォンスが助け、それから二人乗り込んだ。
 三人乗ると、ぐらりと揺れるからその度に誰かの声が上がる。それでも、すぐに慣れてエドワードがわざと揺らしたりしていた。
「たっかぁあああ〜い!!!」
「まだ上がるね、すごい眺め…!」
「アパート、あの辺か?」
「え、こっちじゃないの?」
 エドワードとサエナ、二人で微妙に違う方向を指差すから…、
「二人ともちょっと違う。…あの辺ですよ」
 アルフォンスは呆れ顔で訂正した。

「2.30年位前に出来たんだって。このモーター式の観覧車。人力ならもっと昔みたいだけど」
「へー…すごく昔ってワケじゃないんだ」
 一番高いところにゴンドラが来た。
「すごいなぁ、作った人って。ホント高いところ好きなんだね。……あー、天気いいー!!」
「高いところかぁ、…空が近いね…。建物とか人工物が見えない」
 アルフォンスが眼下に広がる街から、天上を眺めて。
「青と雲の白…だけ」

「! 何にもない、か」
 それにエドワードが苦笑したような顔で答える。

「……エドワードさん…?」
「…(んもう)」


「………。なぁに、二人とも」
 気が付いたらゴンドラは建物と同じくらいの高さまで下りていた。
 サエナが声を出したのは、二人の話が途切れたから。
「たっかいとこ好きなんだったら、自分で行けばいいじゃない」

「もしかしたら、何もないわけじゃないかもよ」

「! ……うっせ」
 はっ、と笑い。
 自分が求めているものは、もっと上にあるものと信じて…いる。それはあちらに残してきた家族だったり友達だったり。

「今、やってるっての!な、アル、フォンス?」
 それからにやり、と。

「……。ええ、そうですね」
 エドワードの気持ちの切り替えの笑みに、アルフォンスも笑う。
 一瞬、呼び方が変わったのは気にしない。それより、「今やっている」と言ってくれたから。それでいい。

「(ったく、難しい人たちなんだから…。男の子の方が難しいよねー…もう…)」


 降りる時、やはりゴンドラは完全停止しないから、先程のように手を貸すアルフォンス。サエナはその手をしっかり握って下りた。
 先に下りていたエドワードはうーんと伸びをする。

「なぁ、…グレイシアさん誘ってさ、今日はこのビアホール、…呑み来ないか?たまにはさ…こういう祭り、見たいだろ、グレイシアさんだって」
 こちらを振り向かずに言う。アルフォンスとサエナは顔を見合わせ。
「いいですね」
「うん!……じゃあ、シア姉のとこ、一度帰ろ!!」
 握ったままのアルフォンスの手をそのままに、反対の手でエドワードの腕を掴む。
「っおい!」
「早く早く! 早くしないとシア姉、お夕飯作っちゃうかも!」
「と、そりゃまずいな。おい!走るぞ!」
「えー!エドには付いていけないって!!」





直ぐ落ち込むな、エドは。
そして直ぐ反応するな、ハイデリヒは。
難しい人たちだ(?)。

冒頭部分だけかなり前のものなのですが、どうにか繋げた…??
観覧車のように直ぐ揺れる心ってカンジでいかがでしょう。
モーター式の観覧車は1890年代にアメリカで出来たそうですな。

2009.05.17


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