傷跡


 お喋り好きなサエナはこちらから話題を振らなくてもいろいろな事を話して来る。それは今日の出来事だったり、昔の話しだったり、いろいろ。
 だけど、とある事に関しては覚えているのかいないのか、あまり話してくれない。だから、ソレは聞いてはいけないことなんだろうな、とアルフォンスは思っていた。


「アル、消毒液とか、そんなん持ってない?私が持ってたのなくなっちゃって」
「ああ、あるよ。あ、…怪我でもした?」
 言いながらサエナを見るが、何処か痛そうにしているわけでも、傷をかばっている様子でもなかった。
「んーん、違う。シア姉が指切っちゃったんだって。花を切る鋏かなんかで、うわ〜傷、思い出しちゃった」
 切っただろうその指を示して、痛そうな顔を作る。それからアルフォンスからビンを受け取り、一階に下りていった。
「めずらしいな、グレイシアさんが…」


 そういえばここの住人は怪我履歴が妙にある人ばかりだ。
 まず、エドワード。腕の付け根と胸と脚の傷はいくら塞がっているとはいえ、目を覆いたくなる程だ。この以外にも普通に生活していたら受けないであろう傷がたくさんある。しかし、彼の性格からか、それらを詳しくは話さない。
 どんな生活をしていたのか今更ながら心配になる。

 ――――そして。



「グレイシアさん、どうだった?」
 あれから数十分後。二階に戻ってきたサエナはいつもの如く、一階からお菓子を貰って来ていた。
 それをお供にお茶をしていたとき、アルフォンスは他愛もない会話の後、聞いた。
 サエナは突然グレイシアの事が出てきて、一瞬、「?」と言う顔をしたが。
「あ、うん。大丈夫だって。傷もね、ちょっとだけだった」
「そう。………」
「? どしたの」
 突然黙り込んだアルフォンスを眺めながら、焼き菓子を口に放り込んで。
「…エド遅いねー。折角お菓子貰ったのに全部食べちゃうよ」
 外を見れば、少し曇ってきたようで、今にも泣きそうだった。
「傷、痛むなら早く戻ってくればいいのにね」
「え。何か怪我したっけ、エド」
「! い、いや…なんでもない」

「あ、一緒に洗うー」
 皿を持って立ち上がったアルフォンスの後を追って、腕まくりしながら立ち上がるサエナ。ふっとそちらを振り向いたアルフォンスの目に止ったのは。
「! あ」
「ん? うわ!何、アル!」
 がたんっ!
 大きな音を立てて椅子が転がった。椅子に掛けてあったストールが床にふわりと落ちる。それにはお構いなくサエナの手から皿を奪って、アルフォンスが掴んだのはサエナの腕。
 いつもは服に隠れているその腕の内側にはこの先消える事のないだろうミミズ腫れのような線が走っていた。
「…は?」
「これも、ミュンヘンに来る前?」
「へ?この傷?そうだけど」


 ――――ここに来たばかりのサエナが、グレイシアに傷の手当てを受けていたことは知っている。
 大きな怪我がなくても、道のりは大変だったであろう。
 イタリアの村を出てからの話をサエナはあまりしたことがない。たまに話しても「歩くのが大変だった」とか当然の事だけで。中身がある話ではなかった。


「それの、時の傷…」
「…? ソレって何?あー、別にアルがつけた傷じゃないし。ね、なんで変な顔してるの!アル〜」
 何故機嫌が悪そうなのかが分からないので、へらへらと変に笑いながら繕う事しか出来なかった。
「(サエナも、エドワードさんも…、ここに来る前は…こんな。話しても来ないし)」
「アール。猫に引っかかれた傷なんて別にどうでもいいんだよ、私」

「猫?」

 ぽんっ。
 アルフォンスの頭の中で何かがはじけたような気がした。

「これ、猫に引っかかれた傷?」
「よそン家の猫をムリヤリ抱っこしたらねー。で、こっちは家の窓でしょ…んで、これは〜」
「………」
 アルフォンスの腕の力が緩んだから、サエナはそれから抜け出して台所に向う。そうして皿を洗いながら。
「あはは、いろいろあるよねー」
「…そんなに傷、たくさん作ってさ。全く」
 この変な気分に気が付かれない様に、平常心を装ってサエナの隣に立って手伝う。
「あ、さっき〜ミュンヘンに来る前、って言ったっけ」
「! ああ」
 同時に腕のシャツが濡れた冷たい感覚と肩に重み。

「道間違ってたらどうしようとか。シア姉が引越ししてたらどうしようとか。夜になったらどうしようとか。寒いとかお腹すいたとか。いろいろあったよ」
「サエ」
「よかった、シア姉が引越ししてなくて、…いいでしょ、今が良けりゃ…って。ねえ、アル」



「あ。ゴメン!!」

「泡ついたままだった!」
「あ…」
 掴まれた腕、シャツはサエナの手の洗剤と一緒に濡れていた。





ハイデリヒが知らない時のエドとサエナ。
エドはアニメの通りの話のエド。
もちろんハイデリヒが知るわけも無いです。
エドの性格からして、暗い場面は話さないだろうし。

サエナは多分、ちいさい傷は多かったんじゃないかと。
グレイシアさんに手当てしてもらっている姿を見ているはず。
ハイデリヒとしては心配なんだけど、サエナが話さないからまた気になる?みたいな。

ちなみに猫に引っかかれて一生残る傷は…つきます(汗)。

2009.03.22


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