Ring


「誰の趣味で買ったのよ…エドじゃないでしょ、こんな、きれいなの…」
 すっと光に翳して目を細めた。


*


 「今日は市場、付き合ってもらうからね!」と半ば強引にアパートから引っ張り出された。

「うぉーい、まだ行くのかぁ…?」
 思わず声が漏れたエドワードにサエナは「全く!」と腰に手を当てて怒る。
 エドワードの両手には荷物。サエナの手には…やはり荷物があるのだが、エドワードのそれに比べれば重さはたいしたことはない。
 それはもちろんエドワードが自分が持つ、と申告して持っているのだが。
「もう、いっつもアルに来て貰ってんだから、たまにはいいでしょって話!シア姉のゴキゲン取っておかなきゃだもん」
「…グレイシアさんはそんな事でゴキゲンが変わるような人じゃないと思うけどな…」
 歩いた距離ではない、荷物の重さ、でもない。女の買い物の長さにうんざりしているエドワードであった。

 グレイシアが店を出られないから、生活に関る普通の買い物はサエナがやっている。アルフォンスやエドワードが家にいるときなら、荷物持ち+息抜きでこうして連れ回しているのだ。
 今日はアルフォンスが出かける用があり、エドワードと二人で出てきたわけだが。

「オレ、ちょっとここで休むわ」
 広場の真ん中、そこにある何かの像の台座にどっかりと腰を下ろして。
「んもう〜」
「ソレ、置いてけよ。見ててやるから」
 サエナから荷物を取り、自分の隣に適当に並べ始める。
「あ、そっか、アル…多分そろそろ来るんだ」
「はぁ?出かけたんだろ?」
「ココで待ち合わせしてんの、…あ、時計見せて」
 エドワードから懐中時計を貸してもらって。「ほら、そろそろだ」と笑う。
 それからまた店の方に駆けていく背を見ながら、エドワードはふわぁ、とあくびを一つついた。
 ――――天気がいい。空が青い、ふうっと目を細めて何かを思った。
「……アル、かぁ…」
 サエナが呼んだ名前とは違う人の名前を呼ぶ。こんな空だと思い出す。
「…ウィン…」



「エドワードさん」
「…ん、ぁ…サエ…終わったのか?」
 いつの間にか眠ってしまったのか、目を擦りながら開けるとそこにはアルフォンス。
「ああ、来たのか…アル、フォンス」
「一人ですか?」
「いや、サエナはあっち。迎えに行けよ。ったく、アイツ、買い物長いな。疲れちまった」
 荷物が盗まれないようにと、コートを上にかけていたのだが、そのコートを荷物から剥ぎながら。
「? 行かないのか?」
 こう言えば、普段なら「わかりました」と探しに行くのだが、今日のアルフォンスはそれを躊躇っているかのような表情。
「いえ…あ、あの、ぼくがここいますから、エドワードさんが行ってください」
「………は?」



 数分後、また市場の真ん中に放り出されているエドワードがいた。
「探すって言ったってなぁ…」
 既にやる気がないエドワードはぽりぽりと頭を掻いて息をつく。
「……」
 いくらかでも安いものを探している主婦。
 甘いものを嬉しそうにほおばる子供。
「ああ、骨董みたいなのもあるのか」
 何かめぼしいものはないかと商品を見ている人。
「……ふ」
 そういう喧騒になんだか自分だけ取り残されたような気分になる。
「ったく、早くサエナ探して――――どわ!」

「みぃつけた、エド」
「って」
「アル、来た?」
「ああ。って、探してたのはオレだっての。ハラ減ったから帰るぜ!って何処行くんだよ」
 その人ごみから腕を引っ張られ、その主を見るとやはりサエナ。エドワードの腕を掴んだまま、とある店の前へ。

「なんかキラキラしてんなぁ…宝石屋か?」
 きれいに見せるためだろう。全体的に黒い感じの屋台。
「そんなにすごいもんじゃないよ。まー、中には高いのもあるけど、こっちなんてそうでもないでしょ」
 確かに、並んだ金額を見ると、そうそう高いものではないらしい。デットストックのビーズなのか、少し不思議な色。
 こういうのを見ても、この石の色は何が化合されればこんな色になる〜や、それの構築式と、錬金術まがいの事が頭を駆け巡る。
 そんな事もつゆ知らず、サエナはエドワードの目の前に左手を出して。
「?」
「このくらいだから」
「はぁ?」
「ほらほら、買える金額でいいから選んで!」
「なんで」
「私はさー、こんなんがかわいいと思うんだけど」
 「おじさん、見せて!」と声をかけてから黒い台からそれを抜き出して光にすかせてからエドワードの手に。
「…。なんだよ、コレもグレイシアさんからの依頼か?」
「違う」
「欲しいなら欲しいってはっきり言えよ」
「……」
 サエナは少し目を伏せて。
「アルフォンスに頼め、アルフォンスに」
 くるりと背を向けたから、慌ててその手を引っ張って。

「身長、同じくらいなんでしょ!?」
「? 誰がだよ」
「私と、ウィンリィ」
「!!」
「エド、あっちに帰るにしたって…ウィンリィに何か買って行かなきゃ」
「! …なん、で、オレが」
 ウィンリィの名前を出されたからか、そこから帰ろうと言う気はなくなったようだった。サエナは掴んだ手を離し。
「きっとエドからのプレゼントなら喜ぶよ。ねえ、安くてもいいからさ。エドが選んで」

「じゃあそのドク―――」

「だめ!おじさん、きれいなビーズのやつ出して」
 ぴしゃりとエドワードの言葉をさえぎる。その漫才のようなやりとりに店主は「ガハハ」と豪快に笑うと安いビーズの指輪をいくつも出してきた。
「オレの趣味にケチつけるかー!!」
「つけるよ!!絶対かわいいのじゃなきゃだめ!」
「お前、言ってる事とやってる事が全く違…」
「ちゃんと監督するから!」

「そうだな、アイツ…機械鎧いじってるから…もしかしたら指は細くない方かも…?いや、でも前つかんだ時細かった…か。ううう〜ん…」
「だったらサイズが変えられるのとかどう?」
「そんなのあるのか?ああ、…つーか、少しならオレが変えても」
「あー!ヘンな所まで変えないでよ!?」

 「これ、実験」と、はめてみたりして。



「…うまくやってるのかな、まだ戻らないところを見ると」
 広場、忘れられていそうなアルフォンスはまだそこにいた。

『サエナ、欲しいの?』
 それは一週間くらい前のことだったか。やはり同じ店の前で。
『うーん……別に私はあとででいいんだけど』
『(あとで?)』
『…やっぱり、欲しいよねえ…?』

「って、サエナはいらないのかな…」


*


 ――――全て終わったあと、ジャケットのポケットに違和感を感じて出してみたら、きれいな指輪が入っていた。
「! エド…?」

 ―――Ich bete fuer dein Glueck.―――





ウィンリィへのプレゼントの話。
本当は指輪の文字「親愛なる君へ」みたいなのにしていたんですが、
「お前の幸運を願っている」にしました。
…だって、親愛なる君じゃ…なんかエドの場合、縛ってるみたいだから(会えなくなる訳だし…)。

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