Allerseelen


ぼくの心に帰ってきて、また、君を抱きしめられるように…。
あの、5月の時のように…。


「久しぶり、って言っても…この前も来た、か。…でも今日は君の日だから」

 ――――5月、ぼくらは何をしていただろう。今となっては思い出すのも難しい。

「そんなことないさ、想い出はたくさんここに……―――ッ、こほっ」


 もう、(生を受けていられる時間は)長くないだろうこの体は、いろいろなところが悲鳴を上げている。その所為か、アルフォンスの言葉は途中で途切れて、咳き込んだ。
「(難しいのは…さ、多分。…自分で自分を守ってるからなんだ…。まだ、思い出を笑える位、強くない)」
 少し滲み始めた視界でそれでもアルフォンスは笑った。思い出すのは苦しいけど、内容はとても幸せだから。


「さ、今日はグレイシアさんが用意してくれたんだ!」
 ホコリを手で払って、布で拭いてきれいにする。それから暗くなってしまった声のトーンを上げ、その『サエナ』にいろいろ飾り付ける。
「こういうの好き?でも嫌いでもそういうものだから。……うーん、難しいなぁ…」
 1週間前にサマータイムが終わった。よく出来ているものだ、あれだけ長いと思っていた陽もどんどん短くなる。
 さっきまでオレンジ色の陽はもう少し高かったのに、もう見えなくなってきて。アルフォンスはその陽が消えないうちに、と少し急いで手を動かした。
 蝋燭を並べ、モクセイの花で周りを飾るとふわりと香りが漂う。いつもは殺風景なここを、今日くらいは家の中と同じくらい暖かくしてあげようと、慣れない手つきで飾った。
「それから〜…ホントはないんだけど、こういうのとか!」
 グレイシアから持たされた鞄、そこから飾り物を出して並べる。
「コレは好きだろ、サエナ」

「…ロケット、進んでるよ。もう直ぐ見せられる。ちゃんと終わったら報告に来るから。じゃないとサエナ、怒るだろ」
 楽しい事を並べて、二人だけの万霊節。
 そして、その声のトーンもそのままに、アルフォンスはその勢いに乗って言葉を紡いだ。

「…ねえ、サエナ……。…今、ぼくがここで祈っても…多分、もう 直ぐ、君の 近くに――――だから、寂しく なんて…」



『バカ、何言ってんの!そんなの許さないって私、言わなかった?…っていうか!なんで二人で来てくれないの!』



「!! サエ…!」


 はっ!と後を振り向くと、遠くに誰か立っていて、それが近づいてくる。暫く見つめていると金髪を持つ彼の姿。
「何してんだよ。一人で」
 言いながら近寄ってくる。
「エ、エドワードさ…」
 今の、聞かれていた!?と焦ったが、もちろんそれが聞こえる距離でもなく。案の定、焦った顔のアルフォンスを「?」の顔で見つめるエドワード。
「ど、どうしたんですか」
「ああ、…グレイシアさんにまだ行ってないの?って呆れられた。んで、アルフォンスいないの気が付いてさ、ああ、ここかって」
 にやりと笑って。付け焼刃的知識なのだろう、蝋燭と花を持っている。
「………」
「5月、何してたっけな」
 そう言うエドワード。「何してたっけ」は忘れたわけではない、そんな笑顔を向けて。
「…ええ」

「(ぼくは、すごく……幸せだった…。5月以外も)」
 こんなことを今ここで言ったら、頭がいいエドワードは何か思いそうだから、言葉には出さないで、思うことにする。


「エドワードさん、今、怒られましたよ?」
 それで、つん、と怒ったような声にして。
「は?」
「何で二人で来ないんだ!って」
「! はぁ?アイツ、わがままだな〜」
「でも、これで三人です。多分…怒ってはいないでしょう」
 はは、とエドワードは苦笑して。

 久しぶりだ、とアルフォンスは思う。
 …ここ数日、エドワードと話す機会はそうなかった。カーニバルが終わってからまともに会話したのは何度だったか。
 こんなきっかけがないと喋れないほど、遠くなってしまったのか。

「…エドワードさん」
「?」

「いえ、なんでも…ありません…」
「なんだよ?ヘンなヤツだな」

 「来年も出来たら、…三人で会わないと」の言葉を飲み込む。



『最近あんなだもん。しょうがない人たちだよね。うん、二人っきりもいいんだけどさ、アルが暗い気持ちを持ちながらの二人っきりはイヤなの! だから、ちゃんと二人で来て』





1923年11月2日 万霊節。
ちなみにコレを書いたのは2008年11月2日。

この頃の彼ら、一番ぎしぎししていたかも。
もしかしたらもうハイデリヒは工場に泊まりっきりだったかも。
エドに「何も言う資格はない」と叫んだ後だったかも。
病気を知られた後だったかも。

だけど、それだとしても、せめて二人で来て欲しいなぁ。


ドイツの知人が書いているブログでこの万霊節のお話がありまして、
平たく言えばお盆みたいなのですが、死者の日。
なんか思いつきで書いてしまいましたが、こんな感じ。


作中の「5月」がなんとかと一番最初の言葉は以下の曲から。知人の訳をハイデリヒ口調にアレンジ。
リヒャルト・シュトラウス作曲
ヘルマン・フォン・ギルム作詩 「万霊節」


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