一本の大きな木
「! ねえ!コレなんてどうかな〜?」 自信満点、と言った顔でサエナは二人にとある絵を差し出した。 安い印刷の上、紙の質も悪そうだが――、とにかくどこにでもありそうな風景画。 「ね、キレイでしょ。大きさも大体いいし、印刷だから安いみたいだし!」 「「………」」 あまりにまくし立てるものだから、二人はどれどれ、とその絵を見た。 「風景画かぁ…いいんじゃない?ぼくは絵のこと分からないから、任せるよ」 「でしょー」 「タダの木と森じゃねえか」 「!」 そのエドワードの声にしらーっとした目を向けて。 「ん、もう!!エドって私の言う事には絶対反対意見だよね!多分さ、アルがコレ見つけてきたら「いいんじゃねえの」って言うんだよ!」 「いや、同じこと言うぜ」 「どーだか!」 「つうか、アルフォンスはタダの木だけなんて選んでこないからな」 「え」 そこで話を振るか!?と顔を引きつらせるアルフォンス。 「くぁ〜!!言ったなぁ!もう!!アル!さっきイイって言ったもんね!?」 「お前、少しオレの言う事も信じろよな!?なぁ!アルフォンス!」 ぐるりっ、二人で同時にこちらを見るから、 「は……はぁ」 アルフォンスはただただ、…苦笑するしかなかった。 その帰り、結局は例の「木」になったようで、サエナの腕にはそれが入った袋が抱かれていた。 「その」とはアンティークの市場。 「タダの風景画なんてさ、つまんね」 「む、まだ言ってる。…ココに天使とマリア様を加えれば受胎告知じゃない」 「(…それはどうだろう)」 「(お前が加えるんかよ)」 「だぁって、エドの好みに付き合ってたらシア姉怒るよ?」 新聞紙で作った袋から先程の「木」の絵を出して。 「だーかーら、風景画でいいの。木と空で十分!ドイツなんだもん。森っぽいのバンザーイ!」 「ワケわかんねえ」 言葉はあっさりしているが、その眉はひくひくとつり上がっていて、自分の趣味が通らなかった事に苛立ちを覚えているらしい。 「(…確かにエドワードさんはヘンな絵ばっかり選んでた)」 アルフォンスは絵の売場で「あれだこれだ」と言い争いをしながら選ぶ二人の姿を思い出し、思わず吹き出す。 この市場にはアンティークのお店や雑貨店、手作り小物の店がたくさん出ている。 お店の種類も豊富なら、出ている品物も豊富だった。動くのか分からない機械、古本、それこそ絵画まで。 エドワードもアルフォンスも機械とくれば例え自分達とは違う研究の物だとしても見たくなる。その間、サエナはたくさん絵を出してもらって選んでいる最中、エドワードの野次が飛んだ、という感じだった。 ――――さて、彼らが「絵」を探しに行った理由は簡単だった。 店の整理をしていたら額が出てきて、あまりに古ぼけていたので店に出せないということで…、「じゃあ、絵か何かを飾ろうか!…だから何か絵を買ってきて?」とグレイシア。 そう、本物の絵は値が張るが、印刷の物なら低額の物も存在する。 屋内から追い出した理由の一つはいつも根を詰めているエドワードとアルフォンスを少しでも外に出したいというグレイシアの優しさからでもあったのだが。 「設置完了!」 アパートの階段を下りたすぐの壁に絵は飾られた。毎日毎日通る場所だ。 ――――大きく木が1本。その近くにはぽつんぽつんと家があって、ネギ頭の屋根を頂く塔はその集落の教会だろうか。……それから遙か向こうまで繋がっている森。その上に雪を被った山裾が広がり、白から青へのグラデーションの空。 よくある田舎の風景、と言ってしまえばそれまでだ。 「どうしてコレにしたの?もっと風景の絵もあったのに」 「何、イヤ?」 「そうじゃないよ。強く勧めた理由があるのかなーって」 あまりにも嬉しそうだから、アルフォンスは理由を尋ねてみたが…。 「…べ〜つに、キレイだからでいいでしょ」 「ああ、いいよ」 「(アルにだって絶対言えない…!エドになんてもっと言えない!)」 ――――ここからはサエナのひみつ。 実は、一際大きく描かれた木の…カゲに人がいるのだ。木の下だからもちろん小さく描かれているのだが。サエナは「彼ら」を目ざとく見つけたようだった。 そして、「その彼ら」があまりにも幸せそうに見えた…。「彼ら」の言葉なんて聞こえてこないけど、こんな美しい自然の中に違和感なく溶け込こんで、一緒にいることが当たり前のような「彼ら」がとてもうらやましくなった。 「…私も、こんな風に〜…なんて」 絶対言えない! 「…でも、それを抜かしてもさ、…うん、きれいな絵でしょ?」 それはドイツの何処かの風景。 そしてきっと無名の画家。 |
絵です。 「旅行で何かネタを仕入れてきましたか?」と聞かれたので、うう〜ん、これかなぁと。 まずは絵。例のアンティーク市場で確かに売ってます。 もちろん、市場ですのでそのまま袋に入れられます。ぼん、と。 私が一目惚れして買ったのは1894年のミュンヘンの町の様子。ハイデリヒやエドが生まれる少し前ですな。 そういや写真だと白黒だけどさ、絵だと色付いてるよね。 あとは木。 現地の方に聞いたんですが、ドイツでは家を作る土地に木があった場合、 それを切り倒すか、移動するかで申請を出して…なかなか許可が降りないそうな。 流石森の国だ(何)。 風景画は電車乗ってて田舎の町を見て、写真見て、ありそうな風景から。 電車の中では殆ど寝てましたがちゃんと風景も見てました(笑)。 そして最後に、階段を下りたところに木が描かれた絵はホントにありますので、DVDでご確認下さい。 「ぼくにはもう、時間がないんです」のくだり…です。 …サエナの内緒話と上記をあわせるとやはり渋いのですが…。 TOP |