思い始めると止まらなかった


 懐中時計の中はもちろん時計だ。
 ぱちん。
「……」
 アルフォンスはそのガラスを指でつぅ、と撫でて、苦笑した。





 ――――思い始めると止まらなかった。
 『なんで私はこれなんだろう』とか『もうちょっとこうだったら』とか…。
「う…」
 サエナはクシをおいて鏡をじぃっと凝視。
 緩やかなカーブを描いて胸の辺りまではらりと落ちる栗色の髪。
「む…うう…ん」
「何唸ってるんだよ。またヘンなモン食ったのか?」
「エド!ウィンリィって髪の毛何色!?」
「うがー!人の質問蹴るな! ……。金髪だよ。金髪碧眼って、前言わなかったか?」
「聞いたけど、確認」
「はぁ?…んで、ウィンリィが金髪だと何か不都合でもあるのか?」
 リビングのテーブルに新聞を置き、めんどくさそうに息と頬杖をつく。
「べーつーに……。だって、アルもエドも金髪で…男なのに生意気…! んもう、一階行ってくる、シア姉んとこ」
 ――がっちゃん。
 扉が閉まった後、暫くをそれを眺めて。
「…なんなのかね」


「ああ、リザは金髪ねー。…だからどうしたの?」
「シア姉、なんで茶色なの〜。目だって同じ色じゃない」
「さぁ、コレが地毛なんだから仕方ないでしょー…。なぁに、自分が栗毛だってこと、今更気にしてるの?」
 よいしょ、と箱を床に置いてから、グレイシアは息をつきながら笑った。
「べ、別に―――」
「写真に撮れば白黒で同じなのに」
「違うよ。私の方が濃く写るもん」
「そうかしら。そんなに気になるならアルにでも聞いてみれば」
「! 何でアル」
 明らかに、ムッ、と反応しながら。
「アルが金髪だから言ってるんでしょー、アルの金髪、エドよりちょっと色素薄くてキレイな色だもんね」
「別にいいよ。私、ハーフだけどドイツ人じゃないし」
「じゃあそんなにブスくってなくてもいいでしょ」
 グレイシアはからかうように自分の顔を手でふにーっと歪める。
「くぁ〜…そんな顔してないし!」
「どうかしら。ほらほら、手伝いに来たんでしょ、そっち持って!」
「……うう〜」
 すっかりグレイシアのペースに巻き込まれ、手伝いをする事になってしまった。


「で、アイツ帰ってこないな。直ぐに来るんじゃなかったのか…?」
「あれ、エドワードさん。一人ですか」
 一方、二階。
 先程の続きでテーブルに頬杖ついていたエドワード。そこに部屋から本を一冊二冊抱えながらアルフォンスが現れる。
「ああ。 …――そうだ、アルフォンス。ウィンリィが金髪かどうか気にしてるぞ。サエナ」
「…はぁ? で、なんでぼくに報告するんですか…?」
 それから、台所からマグを二つ持ってきて、テーブルに置き、椅子につく。
「いや〜…」
 へへ、と笑いながらマグを傾けて。





「前も言ったろ?…そんなのどうでもいいって」
 ――――懐中時計のガラスの中には。





「はぁ?…ぼくは、髪の色なんてどうでも…」
「本人に言ってやれよ。オレに言わないで。だいたいあの顔で金髪だったらおかしいだろ」
「いや、それはどうか分かりませんけど。……とすると…サエナ、また髪の色のことで気にしてるんですか…?」
 苦笑して、サエナが降りて行った階段の方を見やる。
「古代ローマ人、らしいからな」
「あはは、確かにみんなローマだったらしいですけど」





「…はは」
 ――――あの後、結局どうやって丸く収まったのかよく覚えていないが、多分アルフォンスの言葉一つ二つで機嫌が直ったのだろう。
 以前、図書館で機嫌が悪くなった時もそうだったから。
「………」
 アルフォンスは時計の細工を外してガラスの中からそれを取り出した。
 小さく三つ編みがしてある栗毛。グレイシアに頼んで編んでもらったものだった。
 サエナはその方が喜ぶだろうからと、結びと編み込みの部分はレースと金のリボンだ。
「色…なんて。…どうでもいいんだ…。『サエナの髪』だから、…ぼくは…」
 その三つ編みに触れても、あの時のような柔らかさはないような気がする。
 固く、冷たくなったその手に触れた時、「もう、あの温かさには届かないんだ」と現実を叩きつけられた苦しさと同じ痛みが戻ってきた。
「く…」
 それでも、コレを崩してしまうことが怖くて、またそれを懐中時計のガラスの中に仕舞った。

 柔らかさがなくても『コレ』が、今手に届くサエナだから。





「ね、私の髪って三つ編みしにくくない?」
 色で解決したら今度は髪質らしい。
「へえ。…そういうのあるんだ?」
 三つ編みなんてした事がなかったアルフォンスは、素直にそう聞いたが、
「………」
「エド?」

「……楽勝だろ」
 サエナの後ろに回り、髪をいじる。
 義手があまり動かなくても、ちょいちょいとゆるめの三つ編み作るエドワード。自分の髪は結えなくても人のなら少しは出来るらしい。
「髪の所為にすんな。オレの手が機械鎧だったらちゃんとできるぜ」
「……ム…」
「あは…は。…あのさ、いつものままで、いいと思うよ…?」
「! そう?ふふ〜」

「「(軽ッ!!)」」
「何その顔」
「…いや」
「なんでもねぇ」





髪の毛をブローチに入れて…と言う資料を見ました。
それ専用のブローチや、あと指輪みたいなのがあるわけです。
でも、ハイデリヒがやったのは、そうじゃなくて金の糸が巻き付いていてもいいんです。
彼の中では「喪の物」というわけじゃないから。

サエナのワガママ。
何度だって突然気になってくるものではないですかね。
で、単純なことに誰かの一言で解決してしまうのですよ(笑)。
この文頭だけかなり前に作ってあって話が続かなかったんです…まさかこんな話になるとは。
どうでもいいですが、グレイシアさんの台詞がグレイシア声で頭の中で再生されて笑ってました。

07.01.2008


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