待ち合わせ場所


 ――――とある日の夕方近く。

「……ええと。ええ…とぉ…」
 サエナはうろうろふらふらとミュンヘン市内を歩いていた。何かを探すようにじっと見ながら、走っては止まり、走っては見回しを繰り返しながら。
「んもう、何処だかわかんないじゃない〜!」
 とうとう独り言で怒り出す。

「もう!エド、待ち合わせ場所、間違えたんじゃないの〜ッ!?」




「…エドワードさん」
「あ?…――ったく、サエナのヤツ「待ち合わせしようね!」なんて来ねえじゃねえかよ」
「そのサエナです。待ち合わせ場所、なんて言って決めました?」
 今朝、待ち合わせ場所を決めてきたのはエドワードだった。
 アルフォンスはポケットから懐中時計を出して――広げて、確認してぱちんと閉じた。どうやら約束の時間を過ぎているらしい。
「何ィ!すっぽかしかー!!」
「違いますよー!」
「………。なんで胸張って「違う」って言えるんだよ。お前、サエナじゃねえだろ」
「え、…いや。そぉ、ですけど…。――でも!違いますよ…」
 ノリのような勢いで二人で叫んだ後、エドワードのツッコミにしどろもどろに答えながらもアルフォンスははっきり違うと言った。
 それもその筈。『こういう待ち合わせ』に遅れたりしたことがなかったサエナだ。むしろいつも待っている方で「んもう、遅い!」と怒るくらいなのだから。
「―――待ち合わせ場所、言ったぞ。オレは」
「…何て、ですか」


「『あの広告の柱の前』…って、そんなにねえんだろ、これ」
 ぽん、と、手を付いたのはその柱。そこにはたくさんのチラシやポスターが貼ってあった。政治関係から、コンサートの告知まで…いろいろ。
「広…こ…。 は、…はぁああ!??」




「コレも違う…。はぁあああ…も〜…アルもエドも何処行っちゃったんだろぉ…。あのロケットバカ共!見つけたらタダじゃおかないから!!ケーキなんてホールで注文してやるから!…あ、でもそんなにいらないからシア姉とヒューズさんにもあげよ」
 柱を探して早、3つ目。アパートの近くからしらみつぶしに探したつもりで、…と言っても、宣伝の柱なんていつも気にかけないから探そうとすれば何処にあるのかよく分からない。
「あと、何処にあったかなぁ…」
 3つ目の柱に背を預け、辺りを見回すと、気の早い街灯から点き始めた。
 建物のトーンが落ちてくる。道を見回せば、あまり女の子一人で歩いている人なんていない。
「……。もう、帰ろう、かな…もしかしたら、家にいるかも…」
 今日は早く終わるから、と。…じゃあ、外食――とまで行かなくてもみんなで安価なものを探して買って、家で食べようと朝、約束していた。
 三人で町を歩くことが朝からの楽しみだった。
「……アル…エド」
 また見回すと、今度は買い物帰りらしい母と少女が目に入った。買い物袋は小さいからそんなに量は買っていないのだろう。
 だけど、そんな小さな買い物袋に似合わない明るい笑顔の少女。
「…あ」


『ママ、ねえ!パパ帰ってきたら「おぺら」っての、見せてくれるって?』
『まぁ、オペラなんてサエナ、まだ難しいと思うけれど…?』
『なーに、それ』
『ふふ、ロイが帰って来たらね…』

「……曲…」

『オペラ?…ああ――ぼくは見たことないから、そういうのよくわからないんだけど。 あ!コンサートの告知ならたまに見かけるよね。こんな景気だから数は少ないけど』
『…ああ、あったな。そんなん。……ええと、何処で見たかな…。そうだ―――』



「! そうだ!コンサート!」
 声を上げて弾かれたように背を柱から勢いよく離して何処かに向って走っていく。




「…来ないですね…」
 段々暗くなってくる町並み、遠くを見るようにアルフォンスは目を細め、辺りを注意する。
「おい、この柱ってどのくらいあるんだよ。分かれば走って全部見て来る!ヤバイだろ、このまま暗くなったら」
「いつも気にしないから何処に何本あるかなんて…。サエナだってそう遠くには行かないだろうから……ここで待ってましょう。―――もう少し、あと、…10分。そしたら、探しに…」
「わかった」
「………」
 目の前を過ぎるトラムを何本分数えただろう。
 サエナくらいの髪の長さの、身長の…、年齢の娘を見る度に「あっ!」と思ったのは何回目だろう。
 買い物しようと思っていた店は多分もう閉まっただろう。

「……悪、かったな。…地名とか近くの建物とか言えばよかったよな」
「いえ…。ぼくじゃなくてサエナに謝ってくださいよ」
「…ああ」
「でも、何で広告の柱なんですか」


「あ…いたー!!!」

「「!?」」
「いた……やっと分かった、もぉ…バカ…ぁ」
 栗色の髪の毛はいつもふわふわとハネていたが、いつもよりハネが多くなっていて。走ってきたから暑くなったのだろう、ブラウスの一番上のボタンは外れていた。
 二人の前に来ると、「はぁー」っと息を吐いて、しゃがみ込む。
「久々に迷子気分味わった〜…!もう、知ってる町でなんでこんなっ…!!」
「サエナ、ごめん…」
「なんだよ。やっと分かったのか」
 そう言うエドワードも安心したように笑って。

 同時に差し出された二人の手を両方掴んで立ち上がり、上目遣いで一度睨んでから、――笑う。
「バカ、お店閉まっちゃったじゃない」
「まだビアホールがあるから大丈夫だろ」
「あはは。…結局外食ですか」



「でも、なんで広告柱だったんですか」
 アルフォンスはもう一度口を開いて同じ質問をした。
 今度は、先程のハラハラ気分ではなく、ゆっくりとした気分で。

「「カラヤン」」
 同時に二人の声。まるでステレオ。
「?……あ。―――こないだ話してた?…あのコンサートの、…ええと、ぼくらと同じ歳くらいの指揮者…ですよね」

 ――――いつものように何処からか湧いた話題。
 サエナがたまたま思い出したオペラの話。その話から続きでコンサート、連想ゲームのように話題が二転三転していくうちにとある指揮者の名前が出てきた。
 普通の指揮者なら音楽に特別興味が無いエドワードやアルフォンスが知っている筈も無いのだが、たまたまこの指揮者は年齢が同じくらい、と言う事で耳に入っていたのだった。
 そして、そのコンサートの告知ポスターをここで見たという話をちらりとエドワードが話していた。

「ああ、「告知がなんとか〜」って言ってただろ。そのポスターを見たのがオレ、ここだったんだよ」
「…ヘンなこと覚えてますね、エドワードさん…」
「でも、そんな広告の柱がたくさんあるなんて知らないだろ。…今日の待ち合わせ場所もたまたま出てきたのが…この柱だったんだよな」
「適当過ぎ!!エドはっ!もうちょっと分かりやすいのにしてくれればいいのに」
「じゃあ承諾するなよ。…お前だって思い出せたなら最初にここに来いよな」
「うう〜…だって、「わかった」って言う前に出かけちゃったでしょ!…こーんなにたくさん柱あるのに、カラヤン覚えてろって方がバカじゃない!」
「記憶力無さ過ぎなんだよお前は!」
「ムッカ〜!!なにそれ!」

「…………まぁ、…別に元気なら…いいけどね…」
 ケンカ腰の二人を見て、息をついて。

「…コンサート、かぁ、…安く行けるのかな……天井のところなら安いんじゃなかったっけ…?あとでグレイシアさんに聞いてみるか…」
 ぶつぶつと考えていたら、
 ぐい。
「!」
「今度はアルが決めてよ、待ち合わせ場所」
「……ああ、こんなの、もうたくさんだよ」
 引っ張られた手を握り返して苦笑する。





指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンは、音楽は重要だと思っていたヒトラーと絡みがあるんですよね。
でも、1927年の時に19歳で指揮者になった、とあるので…ちょっとだけいろいろずれてます。
その辺はご愛嬌です。あまり深く考えないで下さい。「お話」ですから!(逃)
エッカルトさんだって女性になってるから問題ないです?

ともかく、「週刊100人」を読んでて、…あと広告の柱を見てて思いつきました。
ホントは第九辺りの話にしたかったんですが、そうするとまた難しそうなので…。

広告柱はつまり「これ」
こちら、1910年に既にミュンヘンに存在しているようですので出ていてもいいと思いますが、
おそらくコレを待ち合わせには使わないと思います。

オペラハウスで安くて音響がいいのは「ガレリア」
かく言う私はオペラを見たことがありませんけどね。
くあーローマの野外オペラ行っておけばよかった!

「ここにいて」というか「ここに行って」って感じだな。

19.12.2007



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