8. November 1923


「…約束だ」
 アルフォンスは苦笑しながら、花束を渡した。
「ちょっとだけ、違うかもしれないけど」

 晩秋。夕方はどんどん陽が短くなっているから。もちろん、朝日だってなかなか出てこない。未だ薄暗い。
「ちょっと、だけ…違う…?」
 自分達が造っているのはエンジン部分のみ。手をつけていない飛行機の部分なんて知らない、…筈だ。

 『ロケットの仕事は辞めろ。  奴等は戦争を企んでる…!』

「………」
 アルフォンスはふるふると首を横に振って。
「違うわけがないよ。…あと2.3年で科学の博物館だって出来る。ミラーさんのプラネタリウムだってそこに…。このロケットだってそれの関係なんだ。……エドワードさんが言う…戦争なんかのモノ、じゃない。あの人の言うことが間違ってるんだ…」
 アルフォンスは言いながら、俯いた。手はコブシを握っている。
「ぼくの、空への…」
 誰にも止められない。止められてなるものか。その為に今まで頑張ってきた。苦しくても咳をムリヤリ止めながら。近くで見ていた君は分かってくれるよね。

 目線を合わせて、すっと撫でる。
「きっと明るい空に打ち上げるから」

 合わせた目線は、何も言わない文字。
 優しい手つきで撫でたのは冷たく硬い石。

「見せたろ?空の向こうの遠い星の世界。あれは作り物だったけど、…今度は本物を見せてあげる」





「ノーアちゃん、おはよう。…あら、エドはまだ部屋?」
「ええ…」
「そう、ちょっと前までは一緒に行動していたのにね」
「………」
「変な話も多くなってるでしょう?…困った国よね。そのラジオだって聞けなくなっちゃったわ」
 店先に置いてあるラジオは普通の物のようだ。怪訝そうな顔で見るノーアに、
「それ、アルが改造したのよ。イタリア語聞けるようにって。ふふ」
「どうして…?……あ、栗色の髪の人…」
「あら、知ってるのね。…ノーアちゃんは旅をしていたんでしょう?じゃあ、イタリア語も少しは分かるのかしら、そうだ!少しだけ、聞いてみる?」
 特に興味もなかったが、何か言う前にグレイシアはラジオを合わせはじめた。聞かせたい、というより、グレイシア自身が聞きたかったように。

「―――――やっぱり、やめましょうね」
 二言三言聞いたくらいでグレイシアは苦笑しながらスイッチを切った。
「…全く、こんなこと、気にしないとならないなんて」
「今の―――」
「忘れて。ね、聞いていたこと、…アルにも言わないでね…」
「……」
 今のは、何かのニュースではなかった。戦争の話題でもなかった。今の治安にしては珍しいのだろう、音楽だった。
「あなたの所為で、引きずっている人が何人かいるのね。…どんなに思っても、戻って来る筈もないのに…」




 それから数日後、11月8日 早朝。
 ノーアはいつもより早く目が醒めてしまった。
「…今日、アルフォンスのロケットが打ち上げられて……エドワードの記憶を…」
 協会との話。今日の夜に行われる手筈を口の中で繰り返した。
「こんなこと……ッ。でも、私だって、引きずって欲しいのよ。誰かに…。エドの世界に行けば、きっと…、私を怖がったりする人なんて―――……いないでしょう…?」
 ――がちゃん。
「!?」
 突然の背後の扉が開く音にノーアはびくっと振り向いたが、姿を現したその人も驚いたようだ。
「!? あ、ノーア…か。早い、ね。…部屋、暗いから誰も起きてないと思った。…明かり点ければいいのに」
「え。ええ…アルフォンス…どうして、戻ってきて…」
 今の独り言を聞かれたのかと多少焦ったが、アルフォンスの表情からしてそれは違うようなので安堵する。ただ、病気からなのか、少し表情は重い。
「ちょっとね。グレイシアさんに、頼み事してた物があったから戻って来たんだ」
「私は預かってないけど…」
「うん、それはもう受け取ったから、いいんだ。部屋にはちょっと寄っただけ。もう行くよ」
「ええ」

「……今日、で、仕事が一区切りつくんだ」
 アルフォンスは突然聞いてもいないことを喋りだす。
「そしたら、…エドワードさんと、グレイシアさんとぼくの仲間とさ、みんなでビアホールにでも行こうか」
「…それは誰かの案?」
「!… そうじゃないけど。…そういうのが好きな人がいたんだ。きっとやりたいと思ってね」
「……。そう」
「絶対成功させるから」
 自信を起こさせるように、言う。
「……」




「今日、打ち上げなんだ。そうだ、君に見せた赤いヤツ、あれも…打ち上げるよ」
 また、花束を手向けて。
 グレイシアに頼んでおいたものとはコレだ。―――花束。
「ここからでも見えるかな――?…空に向かうんだから何処からでも見えるね」
 そのあたりの空を眺め、笑う。
「………」
 とても身体が痛い。この寒いのにさっきから汗が滲んでくる。…それでも、柔らかな笑顔を向ける。それは意識して作った笑顔ではなくて。

『いつ飛ぶ?…もう直ぐ…!?』
 そわそわしながら、今か今かと空を見上げる。
『音うるさいかな!?耳塞いでいた方がいい?あはは。…―――ね、アル!』
 ……そんな声を、姿を想像したから。

「……ああ――――…」
 じわ、と胸が熱くなるような気がした。
「こんな、久々かも……。よし、頑張れる!」

 一日が明ける。
 穏やかな…オレンジ色ともピンク色とも言える光が雲間から降りてくる。

「行って来るよ、サエナ」


 穏やかな陽が、二人を照らし始めた――――。





11月8日です。

なんかワケワカラン話ですが、「穏やかな夜明け」はサエナの墓の前で、ってのは…なんとなく決めていました。
ノーアとの会話がワケわかんないですが…というかノーアが出てくる理由もないような…(汗)。
きっと彼女の中にも葛藤があっただろうと。出してみたんだけど…ね。

想像。
真っ青な空に、打ち上げられることが、それが夢だった。

08.11.2007



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