あなたに似ている人


「おはよ!」
「あ、おはようございます。エドワードさん」
「!……あ、ああ。はよ…」

「ね、アル。これさっきシア姉から貰って来たんだ〜」
「へえ」

「……」
 朝食の準備をする二人。サエナの言葉にアルフォンスは返事を返している。エドワードはそれをぼーっと眺めながら椅子についた。
「――ド。……エドワード!」
「!?…………ああ、悪ィ…。呼んで、たのか?」
 栗色の髪が目の前を掠める。気がつくとかなり近くに顔が来ていたので、思わずエドワードは椅子から転げるような格好になる。
「どうしたの?…ねえ!好き嫌いないでしょ?」
「ああ。……あ、牛乳…かな」
「牛乳〜?」
「嫌いなんですか」
「悪いかよ。聞き返すくらいなら聞くなって」
「ごめんごめん、ほら、これから一緒なのにあまり嫌いなものばかり出しても食べられないでしょ。…でも、ちょっと位は摂ったほうがいいよね」

 エドワードがアルフォンスのアパートに来て最初の朝。特に悪い雰囲気にもならず朝を迎えていた。
 ――――…いや。

「ねえ、エドワード。どうして…」
「?」

 ――もう、どうしてこんなに意地悪なのかしら、エドワード。
 アルをひっぱたいて、叱られた時。
「…」
 ――どうして、ちゃんと作ってくれなかったの?エドワード…。
 スロウスの言葉。

「ッ!!!」
 突然椅子から立ち上がって、目を見開いて、肩で息をする。
「エ…ド?」
「あ、いや……。で、なんだっ…け?」
「うんん、あ、どうして牛乳嫌いなのかなーって…」
「ああ…それか。別に理由はねえ。………――悪ィ…ちょっと義手の調子が悪いみたいだ、交換してくる…」
 エドワードはそのままよろりとリビングを後にする。


「……アル」
「うん?」
「エドワード、私のこと、嫌いなのかな…」
「え?会ったばかりで嫌いも何もないだろ?…でも、どうしたのかな…」
 アルフォンスは考え込むような表情の後、ふと眉をひそめた。
「…」
 ルーマニアで出会った日、懐かしさが混ざったような驚いた顔はされたが…。苦しそうな顔をされたことはなかった。しかし、エドワードがサエナにする表情は懐かしさと…苦しさが混ざっている。
「きっと、『誰か』に、似てるんじゃない、かな。……ほら、世の中には三人似た人がいるって言うから。なんにしたってサエナのことじゃないよ」
「うん…」



「しっかりしろ、…あいつは、母さんでもスロウスでも…ないだろ。…アルフォンスだって…、アルフォンス・エルリックじゃない」
 ベッドにどかっと腰掛け、前髪を掴んで俯く。
「じゃあ、なんで。こんなもやもやするんだ。顔が似てるってだけだろ」
 子供の頃見たことがある、母さんの昔の写真。まだオレたちが生まれる前の写真だ。
 オレが知っている母さんより子供っぽくて、ウィンリィみたいな元気そうな子だった。
「…見なきゃよかった…。写真…」
 この世界に来る直前、戦って、封印した。自分達が造った…母さんの記憶と顔を持った、ホムンクルス。オレたちの罪。
「っ…!」
 サエナに当たるのは間違っていることは分かっている。この世界のヤツには関係ないんだ――――。
「魂が…一緒…?何処かで、…ここの扉で繋がってる、から」
 胸辺りをぐっと掴む。



「エドワード、…ね、ごはんだよー」
 扉の向こうからの声。
 エドワードが返事をし損ねていると、また続く。
「ねえ!エドワード、って長いから…エドでいい?」

「………(何だ、いきなり)」

「エードー。せっかくアルがごはん作ったのに、このままだと牛乳も追加するよ!?」
「いらんわ」
 ぼそっと返事したのが聞こえたのか、今度は扉を開ける。
「じゃ早く」
「お前が作るんじゃねえのかよ」
「アルの方がうまいんだよね〜、私イタリア人だもん。ドイツ料理は作れません」
「……オイ…」
「そのうちそのうち。……ね、義手の調子、良くなった?」
「あ?…あ、ああ」
「じゃ行こ!ほら、片付かないでしょ〜!それともエドが後片付けしてくれるわけ?」
 ぐいっ。ベッドに腰掛けたままのエドワードの腕を引っ張る。
「あ」

 ――後片付けは、ちゃんとするのよ…。

「っ…!違う!」
 手を振り払って、目を見開いて俯く。
「エド…」
「あ、…悪かっ、た…な」
「ね、私の顔も声もそんなに嫌い?苦手?」
 振り払われた腕をまた掴んで、顔をぐいっと近づける。
 顔にはらりと落ちてくる長い前髪を指で掻き分けて。真っ直ぐに緑色の瞳を向ける。
「別に、そうじゃねえ…よ。会ったばかりでそれもないだろ」
 …ああ、怒ったときの母さんはこうだった。目を真っ直ぐに向けてあわせるんだ。
「だって、私と話す時だけ変な顔するでしょ?アルは私のことじゃないって言ってるけど、でも」
「え、いやー…」
「顔見る度に、何か言う度に「うお!」とか「どわ!」とか言われたら私もイヤだし、エドだって心臓に悪くない?」
「そんなことねえって。…べ、別に嫌ってなんて…」
「じゃ好き!?」
 ずい。
「…は?」


「………」


「あ、アル」
「アルフォンス…」
「ふ、二人で…な、何の、話してるの…?すきとか、きらいとか…」
 開けっ放しだった扉。そこにいたアルフォンス。顔は引きつっていた。
「私の顔の話」

 どーん。

「「………」」
「何、二人して固まってんの」

「エ…――――エドワードさん、何の話してたんですか!」
「知らねえよ!サエナが勝手に話をややこしくして…!……あーあー!メシ!メシにすんぞ!!」
 手をぶんぶん振って部屋を後にする。

 残された二人。
「顔、が、なんだって…?」
「エドに…寂しそうな顔されるの、イヤでしょ…?」
「……」
「ま、いいか。そのうち慣れるよね。似てる人を嫌ってたとしても、私はその人じゃないもん。……アル。ごはんにしよ!」
「う、うん」


「……」
 嫌いじゃないんだ。むしろ、大好きだった。
 怒った顔も、笑った顔も。
 ガキだったあの頃、禁忌がどんなものかってそんなことより!ただ、母さんの笑顔が見たかっただけ。
 もう届かない人を他人に重ねるモンじゃないのは、痛いくらい分かっている。

 同じようなことは誰でも言う。
 少し、面影を感じてしまうのは、知らずに思い出を追いかけているから。
「ちゃんと話してくれればいいのに。何も言わないで「ぎゃあ!」って言われても困るよねー」
「……だから、なんでもねえって。…おい、アルフォンス。そのマスタード取ってくれよ」
「どうぞ」
「んもう…」


 もう少し、時間がかかるかもしれない。





…エドが来て最初の朝っぽく。なんかちょっとしたことで反応しているかもしれない。
スロウスの事だって「考えないようにしていた。でも、アンタは似すぎている」って言ってたし。

スロウスと戦った時のエドがあまりにも痛々しくて。
トリシャさんのお墓をアルに内緒で掘り起こさなきゃいけなかったエドがかわいそうで。
そんな過去を持っていると、トリシャさんと似ているサエナに会った時は分かっていながらも、
似たようなことを言葉にされるだけで反応していたんだと思う。


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