止まった時間


「エドワードさん」
 名前を呼ばれてエドワードは図面から顔を上げた。
「そろそろですよ、ミュンヘン」
 のどかな田園地帯だった車窓。そこから流れる景色が変化を見せ始めた。都会に近づいてきた証拠だ。
「ああ」
「どうするんですか?これから」
「まずは親父のところに行って、コレ、何とかしてもらおうと思ってる。オレじゃどうにもできなくてさ」
 これ、と言って腕をちょっと上げる。シャツの下の義手だ。
「そうですか。また―――…一緒にロケットやれるといいですね」
「だな」
 笑顔で言うアルフォンスに苦笑しながらエドワードはまた車窓に目を移した。

 ―――Muenchen Hauptbahnfof

 駅に着いたことを知らせる看板が流れてくると、いろいろな方向から列車が来るのだろう、たくさんの線路が見える。

「アルフォンス!!」
 駅の構内で背を向けたアルフォンスに声をかけた。
「?」
「………アル……。…ま、またな…!」
「…!……。ええ、エドワードさんも元気で。ぼく、市内にアパート借りますからいつでも遊びに来てください」


 いくつかの基礎を学んでルーマニアから戻ってきた。
 その時、会いたかったけど、…会いたくなかったヤツに会ってしまった。自分の記憶の中の弟・アルフォンスは幼いままだけれど、きっと成長したらこんな顔だったんだろうと思わせる顔。
 少し控えめで、だけど研究になると何もかも忘れて没頭してしまう性格まで似ているような気がする。
「アイツといても…アルに会えるわけじゃないのにな。はっ、親父がロンドンでオレ似のヤツと一緒にいたのと同じか」
 確かにそれを他にしても、彼と行動を共にすることは心地よかった。気が合った。

「エドワード、暫く振りだな。なんだ、進展でもあったか?」
「…どうだろうな。……――――あのさ…」
 こちらに飛ばされてから短期間、父と暮らしたアパート。




 ――――あの人は、いい人だとは思う。
 気も合ったし、一緒にいて窮屈さを感じなかった。
 でも、時々「アル」と呼ぶときの声が目が、ぼくを呼んでいるようで、違う。いや、別にそれだって構わない。人にはそれぞれ事情があるんだ。
「アール〜!」
「!」
「いないの?…アルってばー!……あ、いるんじゃない〜。もう、返事くらいしてよー」
「ああ、ごめん」
「考え事してた?」
「…」
 サエナはぼくのことを『アル』と呼ぶ。…だけど、エドワードさんが『アル』と呼ぶ時に感じた違和感は全くない。それは『ぼく』を呼んでいるから。
「いや、いいよ。何、サエナ」
 一階から階段を駆け上がってきたサエナは何枚かの封筒を持っていた。それはアルフォンス宛のもの。
「手紙来てた」
「ありがと」
 『アルフォンス・ハイデリヒ』の名前で来ている手紙たち。
 そうだ、別に彼が呼ぶ『アル』がぼくじゃなくても構わない。それぞれの事情があるから。でも、ぼくの『中』に、その人を見るのはいやだ。
 ぼくは、その人じゃない。ぼくの目を見て、違う人に話しかけているのは…。
「…あれ、違うの混ざってた?」
 手が止まっていたからサエナがそう聞いた。
「あ、いや。いいんだ、全部ぼくのだよ」
「そう」
「……。もしかしたら人が増えるかもしれない」
「え?ここに?」
「うん、一緒にルーマニアでロケット工学やってた人なんだけど、『もしかしたら来るかも』って書いてある。……いい人だから大丈夫だよ。…あ、サエナはそうなってもいい?」
「ヘンな人じゃなきゃいいよ。ふふ、アルの友達なら平気でしょ。…あ!じゃあシア姉に部屋空けてもらう?」
「ああ、どうかな…。まだ来るってはっきり決まったわけじゃないよ。それにベッドならエキストラみたいなの置いたっていいだろうし…」
「じゃあ決まったらまた考えようか」




『兄さん、兄さんってば』
『なんだよ。…っと…』
『?』
『いや、悪ィ。鎧に見慣れてたからさ、…そうだよな、戻ったんだよな…』
『あはは!ヘンな兄さん、やっと戻ったのに鎧の方のボクに見慣れちゃった?』
 記憶の中のアルが成長している。『アルフォンス・ハイデリヒ』の姿を借りて。
 最後の日、自分を代価に弟を錬成した日。アルが、身体を取り戻してくれればいいとだけ思って術を使った。
 でも、オレはここで生きている。
 アルは元気なのか分からないまま時間だけ流れて、今、唯一縋りつけるロケット工学を一緒に学んだヤツがアルと同じ顔なんてイヤな冗談だ…。
「違う!…あいつは、アルじゃな…」

 手紙を送った日から数週間後、エドワードは町の中を歩いていた。
 いろいろな思考が廻り始めて、突然気分がおかしくなって、トランクを持ったまま、義手を額に当てて俯く。
「…じゃあ、なんで、オレは…あいつのところに向かってるんだ…?どうしてあいつと暮らそうとして…?」



『母さん、オレたち、やっと元の身体に戻れたんだ』
『ごめんね母さん。もう、あんなことしないから』


「…サ、エナ?……ああ、横に結っては…いないんだな」
「?」
「なんでもねえ、よろしくな。サエナ」




 夢のような地獄のような。
 弟のアル。優しかった母。オレの世界。
 この世界の彼らは別人の筈なのに、自分が求めていた彼らとどこかが一緒。

 でも、彼らと暮らした経った少しの時間だって、悪くなかったことは事実だ。他の事を抜きにして、友達だと思っていたのも事実だ。そんな簡単な事がやっと、分かった時には遅かったんだけれど…。

「忘れないで…」





エドワードにとっては、アルと同じ顔がいたら代わりとしてみてしまう時がある。
ハイデリヒにとってはそんな事情は関係ないから、代わりとして見られたら気分が悪い。
しかも、エドワードがいい人だったりするから全く嫌にはなれない、むしろ大事な友達で。
だからこそ、弟と重ねて欲しくない。

エドにとってはアルを錬成した日から時間が止まっていたのかもしれない。
「ここは夢なのかもしれない」の台詞はそんな感じじゃないのかなぁ。

「出てきて」は記憶の中のアル。
本当のアルは今、何をしているのか。

うわ、さっぱり意味不明(笑)。

20.05.2007



TOP