古びた…


 どうしようかと思った。
 自分たちのことでさえ、なかなかうまくいかないオレたちが…さ。

 ――――でも、できなかった、じゃ…すまされないから、頑張るよ。


「おい、ウィンリィ。ソレ、やってやるから来いよ」
「……エドが好きでやってるんでしょ、あたしだって出来るのよ」
 あれから少し伸びた金髪はエドワードが結ってやっている。「出来るのよ!」と強がりを言うが…。
「お前、機械以外のことは不器用だよなぁ」
「うるさいわ!エドの義手見てあげてるの誰よ!」
「まぁ、うまく似たというかなんと言うか。…!……そういえば、義手のことなんて誰に教わったんだよ」
「おーしえーなーい!」
 結い終わった事に気がつくと、ウィンリィはぴょいっと椅子から飛び降りた。

「ねえ、エド。お昼には出発でしょ?あたし、近くのお店に行ってパン三つ買ってくるから」
「!……。ああ、アル、フロントの近くにいたから一緒に行けよ」
「うん!」
 こういうところも似てるんだな、とエドワードは苦笑して小さい背を見送った。

 旅の途中、数日前にミュンヘンに到着した。だが、ゆっくりする気はなかった。墓参りをして、直ぐに旅立つ予定だ。
 ――――エルリック兄弟の旅に少女が加わって数ヶ月。最初は人見知りをしていたが直ぐに打ち解けた。
 自分が知っている『ウィンリィ』に似ているようで似ていない。
 自分が知っている『あの二人』にはよく似ているかもしれない。

 ウィンリィがいることで、楽になったこともある。
 この少女、何故か義手の調整が出来たり――――…また、サエナが教えたのか、二ヶ国語だ。しかも、サエナのものより完全な。ドイツ語以外のこの世界の言葉がよく分からない兄弟にとってそれはとても幸運だった。

「兄さん、もう用はない?」
「ああ、別に…。あいつらの墓参りとグレイシアさんに会うことくらいだろ…」
「そっか」
「………!空、か。そうだ、アル、一つだけある。ちょっと寄っていいか?」
 宿の前、エドワードは空を見上げてぽつりと。
「?」


*


「エド、アル」

「なんであたしが…エドの義手の中身知っていると思う?」
 目の前には大きな機械。それを見つめながら。
「は?」
「?」
 このウィンリィの言葉は、今彼らがいる『この場所』とは全然関係なかった…ように思う。エドワードはもっと違う言葉を期待していたのに。
「おい、なんで今義手のこと…お前、他に言うことある――――」

「あたし、お父さんが嫌い。あたしのことを知らないお父さんが嫌いで…。でも、なんでこんなノートがあるんだろって、嫌だったの。でも、お母さんが大事にしてたし。…お母さん、いろんな人からあまりいい目で見られてなくて、絵本とか買えなかったから…」
「…?」
 言っている事がさっぱり分からないが、切る様な事はせずとりあえず言葉が途切れるまで口は挟まない。
「あたしのことは、全然知らないくせに、義手のこの人のことは考えてたわけ!?って」
「ノート?」
 そこでウィンリィはカバンからボロボロになった数冊のノートを取り出した。
 そのカバンの中身はエドワードたちさえも今まで見せてもらったことがなく、寝る時だって枕元に置いておく、という徹底振り。

「…!」
「わかるでしょ、意味」
「アル、フォンスの字…?」
「ハイデリヒさん?」
「これ、義手の…?それにこっちは…ロケットのか。…この内容…それこそアイツが大事にしていた本の…!…いや、それにしちゃ…」
「義手、分解したことがあったんだって。エド…いくつか持ってたでしょ。ダメになったヤツ分解してたんじゃない?ってお母さんが。…言葉の勉強代わりに使ってて、読んでたら覚えちゃった」
「でもなんで、こんなの」
「知らない。…でも」

 そこでウィンリィは、『この場所』に今、目の前にあるそれを再度見つめる。
「これ、宇宙を見る機械なんでしょ…」
 市内にある博物館。数年前に出来たばかりのもの。
「ああ、宇宙…というか、星空を投影する機械。…アルフォンスに見せてもらった〜って、サエナが上機嫌だったの思い出してさ」
「そっか………。あたし、…ホントの宇宙をお父さんとお母さんに見せてあげようと思う」
「!」
「ロケットの本の書き写しだってお母さん、ドイツ語の難しい言葉よく読めないのにいつもいつも眺めてたんだ。この、機械思い出してたのかな、ホントの空かな。…――――多分ね、お父さんが目指したものを見れば、あたし、好きになれると思う、…あ!別にこれを見たからってお父さんが好きになったわけじゃないのよ!」
 少し顔を赤らめながら、ムキになって言うその顔。
「…ウィンリィ…」
「…ありがと!ミュンヘン出る前にここ、連れてきてくれて」
「ああ」
 くしゃり、とその頭を撫でる。

 まだこんな幼い少女に、いくらエドワードがアルフォンスのことを言い聞かせても納得できないだろう。今までよく思っていなかったなら余計に。
 ならば、その人の足跡を見せればいい。見たものは自分の中で吸収される。そして、他の考えが見つかるかもしれない。

 アルフォンスが残したノート。それはただの本の丸写しではなかった。
 それは『誰か』に教えるように、丁寧に書かれていて――――…。
「…はは、アイツ、不器用だなぁ…」




「生きた、証か…」


 遠く遠く、青く光る空。
 何もない広い道に三つの影。
 少女は走って、止まってを繰り返しながら元気に歩く。

「エードー!アールー!!はーやくー!!」
「元気だね、ウィンリィ」
「ああ…」




*


「ごめん、…こんな時でも、気の利いたもの渡せなくて…。でも、ぼくの、っていうとこれしかなくてさ…」

「…ノート?」
 アルフォンスから手渡されたのは数冊のノート。めくってみるとぎっしりと文字が並んでいる。1ページ、1行でさえ無駄ないように。
「こっちがロケットの…、ああ、エドワードさんの義手のは、あまりない技術だから面白そうで、つい…。サエナ、研究のこと分からないけど…好きみたいだったから、…それに、今のぼくが教えられることっていったらこれしか浮かばなくて。…その、その子に」
「ふふ…『ロケットバカ』?…ありがと、アル」
「でも、こんな、ごめ………。…――サエ…っ?」
「…」
 言葉の代わりに抱きついて。

「うん、次に会うときは絶対全部読めるように。…難しい言葉、分かるようになっておくから!」
「…わからなくてもいいよ?」
「あ、私には出来ないって言いたいわけ!?」
「そうじゃないけど」





こちら側ウィンリィ。

またもや、いただいた感想ですが…(自分で立て、自分(汗))

「ハイデリヒがサエナに見せたプラネタリウムの機械を、とある時エドがウィンリィに見せて
「あたしもやりたい」って言ったら、それも生きた証になるかな」と…。

前の話「時間がなかっただけなんだ」だけで、ウィンリィ、納得できなかったと思うんですよね。


ウィンリィの夜明け前。
嫌いだと思っていた人が、希望になったとか。

2007.01.27

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