ステキな思い出


「――――また、昔の夢、か。最近多いな」

 リビングの椅子でうたた寝をしていたエドワードは、頬杖が少し滑ったことで現実に引き戻された。
 ふう、と息をついて、寝る前に飲んでいた残りのコーヒーに口をつける。冷え切っていてまずい。
「…よく、ケンカもしたな。はは…」

「誰と〜?」
「!!…は…なんだ、サエナいたのか」
 台所からぱたぱたと戻ってきて、コーヒーのカップを取り替える。
「あ、悪ィ」
「…んで、誰と?」
 料理をしていたわけでもないのにエプロン姿。そのまま合い向かいに座り、両肘を付いてこちらを見ている。『話すまでここにいます』オーラが漂っている。
「う………だ、誰だっていいだろ。それより、何か作ってたのか?コーヒー淹れるだけでエプロンはねえだろ?」
「ああ、これ。……アルが帰ってくるまでにとりあえず茹でるものは茹でとこうかな〜って」
「茹で…?………まぁ、いいや、ちょっと出かけて来る」
「あ!エド!!――――んもう」

 ……エドワードが居なくなったリビング。先程まで寝ていたその椅子を眺める。
「寝言…『アル』だって…。そんなに……懐かしいのかな…」
 困ったように笑ったその表情、それから何かをこらえるかのように目を閉じ、また開ける。
「…私、昔の夢ってあまり見ないよ…」
 昔だって大事だった。でも、今だってとても大事。
「思い出すことはたくさんあるけど…。それとは違うのかな」




「ねえ、アル」

「?」
 あれから数時間後、いつものように「教会の鐘が鳴ったから」と言う理由で夕食の時間。エドワードがまだ戻らないがこういうときは「先に食べていてる」事になっていた。
 このルールはいつの間にか勝手に決まったことで――――…出先では連絡が出来ないことの方が多いから待たせてはいけない、という暗黙の了解。
「ケンカってさ、大きくなるとあまりしないもんかな」
「大きく、って…年齢が?」
「うん」
「ああ…どうだろうね。まぁ、つまらないことでケンカすることはなくなるかな。ほら、小さいときって『そっちが多いから』とかそういうことでケンカするだろ?」
「へー。アルもあったの?」
「いや、ぼくはあまり…なかった、かな。……なんで?」
「んー……、ケンカもさ、いい思い出だよね」
「?……エドワードさん?」
「え」
「サエナが話題にすることって言ったら、ぼくかエドワードさんでしょ?」
「……。友達が他にいないみたいに言わないでよ」
「あはは、ごめん」


「ただいまー」

「あ、エド!お帰り」
「お帰りなさい、ちょうどご飯にしていたんですよ。食べてないでしょ?」
「ああ、悪ィ、ちょっと遅くなったな。…サエナ、オレのも」
「はいはい――――………。ねえ、エド」
 ぱたぱたと台所にあるエドワードの分の食事を持ってきながら、向けた背をくるりと戻して。
「シア姉がね、郊外で牧場やってるって人から牛乳いっぱい貰ったんだ。んで、二人に飲ませてあげて〜ってくれた――――」
「いらん、アルフォンスにくれてやれ。全部」
 言い終わる前にぴしゃりと。
「!!え、なんですか、それ…。ぼくだってそんなにいらないですよ」
「いいから!お前が全部飲め、んで、グレイシアさんには「おいしかったです」って言っておけ」
「は!??」
「……。でもねえ、エド」
 ちょっと上を見て、考えるような仕草をアルフォンスは見逃さなかった。
「サエ…?」
「……。「牛乳もちゃんと飲まないと」って。…アルが」
「何ィ!??アールフォンス!!そんな、そんな…牛乳飲まないからちっさいとかお前ー!!」
 しかも昔、弟のアルにはそれをよく言われていた。
「そこまで言ってな…というか!違いますよ!ぼく、そんなこと言ってないですよ!!」
「お前、ドイツ人だからって背ェ高いとか…それはお前がすごいんじゃねえだろ!?」
「何子供みたいなこと言ってるんですか!」
「うがあああ!!オレが子供みたいに背が低いだってェ!?」
「だからなんでそういう風に飛躍…ちょ、サエナ!!何言うんだよ…!――――はっ!」


『ケンカだってさ、いい思い出だよね』

「そんな、サエナっ!!何も好きでケンカしなくてもッ!」
 しかもこんな次元の低い戦い。
「でも、エド。「カルシウムは取らないと」って、シア姉…ホンキで言ってたよ。怒りっぽい人ってカルシウムが〜って」
「…!!……オレ、怒りっぽい?」

「ええ…(身長の事では…特に)」
「あはは」


 そんなこんなで並んだ牛乳瓶(大)。
 汗だくでそれを睨むエドワード。

「………ホントに飲めないんですね」
「だ、誰だって苦手ってモンがあるんだよ!…?サエナは飲まねえのか」
「私、別にこれ以上身長いらないもん。…さーて、明日はこれでシチューかなぁー」
「オレ、それでもいいや…」
「ダーメ。とりあえずその分、今日のノルマね」
「ムリだっての!!!」

「そんなこと言ってさ。…実はサエナも飲めない…んだったりして」
 口さえつけないサエナをみて、アルフォンスがポツリと言葉を漏らしたから…。


「い、いい…い、一緒に、一気飲みでどうだ?」
「エド、汗だらだらだよ。ム、ムリしなくていいんだからね」
「へへ、お前だって顔引きつってんじゃねえか」

「…………」
 どうしよう。こんなことしてたら時間がいくらあっても足りないよ。アルフォンスはため息をついた。





思い出を「抱きしめて」オレ達は進んでいくんだ(笑)。

さて、ホントは違う方面の話でしたが(最初に子供の頃の話があったり)、なんかこんな風に…。
最近明るそうな話がなかったからねえ。

こういう軽口を叩けるのも、それが許される仲だから。
でも、あまり楽しそうにしてしまうと劇場に繋がらないエドになってしまうんだよね。

とある方の感想「エドが戻ってきた理由が分かりました」っていただきました。
「こういう楽しい思い出とか、そういうのがあったから、義務だけじゃなくて戻ってこられた」
そういうんだったらいいな。

2006.12.10


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